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コルネーリアさーん、と放浪の魔術師を呼びながら、がしゃんがしゃんと遠ざかって行ったアルフォンスの足音はしばらく前から聞こえない。エドワードは口の中でぶつぶつとやる気のない文句を呟きながら、眼だけはぎらぎらと光らせて幾つ目かの部屋を覗き、光球がないのを確かめた。 エドワードの知る限り、放浪の錬金術師は三、四十年ほど前に活躍した錬金術師だ。彼(コルネーリアの言葉を信じるならば彼女だったわけだが)の著書は決して多くはないが、非常に高度な錬金術書であると多くの錬金術師に評価されている。実際父の書斎にも何冊か存在したし、国家錬金術師になってからも何度も目にする機会はあった。その著書は生体錬成という人体に限らない生体の錬成について記されたものがほとんどで、アグリッパは医学にも精通していたのではないかというのが定説だ。実際のところは不明だが。 アグリッパは放浪の錬金術師の名の示す通り定宿を持たない錬金術師であったから、彼(彼女)を詳しく知る者はほとんどいなかったらしい。 会ってはみたい、とは思っていたのだ。著書に記される当たり障りのない理論では足りなかった。アグリッパの研究の記録は、人体錬成理論を完成させるために有効である可能性が高かった。 ただ、もう何十年も前に著書が発表されることはなくなっていて、てっきりそれなりに年齢を重ねた人物だと考えていたから旅の先で没したか、人知れず隠遁しているのだろうと諦めていたのだ。 まさかこんなところで会えるとは。───否、死んでいるには違いないのだが。 「おい、コルネーリア! いないのかー?」 がつん、と蹴った扉は酷く軋んだが、外れかけているのかほとんど開かなかった。エドワードは舌打ちしながらランタンで中を照らして覗き込み、何もないのを確認して頭を引っ込めた。次の扉を見る。 鉄の扉だ。 地下か、と呟き、エドワードは拳を唇へと当てた。 アルフォンスがコルネーリアを初めて見たのはこの扉の向こうだ。 (地下から湧いて出てんのか?) ならば、地下にいるのかもしれない。 よし、と呟いて、エドワードは先程蹴り開けたときには気付かなかった意外に重い扉をゆっくりと押し開けた。 こつん、こつん、と自分の足音がよく響く。頭の上のほうで雷鳴が遠く轟いているが、未だ吹き荒れているはずの雨音までは届かない。 随分と防音がしっかりしてるんだな、と考えながら、エドワードはひやりとした空気が頬を撫でていくのに首を竦めた。 階段を降り切る。翳したランタンの明かりの向こうに照らされているのは暗色の飾り気のない扉だ。これも鉄だろうか。 『………ねえ、エドワード・エルリック』 扉を目指して進み掛けたエドワードはぎくりと足を止め、声を探して振仰いだ。階段の降り口にいた光球は、ゆっくりと揺らめきながら下って来る。 「な、なんだよ、やっぱここにいたのか」 コルネーリアは答えず、じれったくなるほどゆっくりとエドワードの元までやってくると鼻先を掠めるようにしてふうと頭上に上る。 馬鹿にしてんのか、と唇を曲げ、エドワードはおい、と声を掛けた。 「とにかく上戻ろうぜ。アルが待ってる」 『あんた、アルフォンスと二人でお母さんを造ろうとしたの?』 言葉を無視して螺旋を描くようにゆったりと昇り降りするコルネーリアを片目を細めて睨み、エドワードは嘆息した。 「それがどうした」 『アルフォンスが生きているうちに試したのよね…?』 「今も生きてるよ。変なこと言うな」 『変なこと言ってるのはあんただわ』 声が笑みを乗せた。顔は見えないが、その嘲るような調子にエドワードは苛付く。 「うるせえ! アルは生きてる!」 『もしかしてリバウンドで肉体と精神を持っていかれたの? あたしと同じように』 「あんたと同じじゃねぇよ!」 エドワードはがつ、と一段階段へと足を掛け、届かないのを承知で光球を掻くように払う。 「あいつは! あんたみたいにどこにも行かず何もせずに留まってなんかいない!」 『ああでもあの錬成陣、魂の構築式だわね。………そっか、全身、なにも残さず持って行かれたわけだ』 「聞けよひとの話をッ!!」 『馬鹿ね、エドワード・エルリック。こんな苦界へあんな姿で呼び戻すなんて。ここは生者の世界なのよ』 「う……るせぇッ!! 余計なお世話だッ!!」 血の気の引いた顔を歪め、喉で詰まったような声で怒鳴るエドワードの頭上をコルネーリアはゆっくりと回る。 『あの子は生きてはいないわ。生きている第一条件はまず、肉体があることよ。精神や魂が欠けていたとしても、肉体さえ生命活動を続けていればそれは生きていると言える。けれど肉体がなければ、どれだけあんたが頑張ったってそれは生きているとは言えない』 「うるせえ! 黙れ!!」 『あの子はあたしと同じだわ』 「う───」 怒鳴ろうとしたエドワードは、ふいに響いた呻き声に似た音に黙る。まるで地の底から響いてくるような音だ。 『そして、彼らと同じ』 諦観を漂わすコルネーリアの声からは嘲笑が消えている。 エドワードは思わずあたりを見回した。 ────闇。 ふいに、黴の臭いが鼻を突いた。 |
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■2004/5/3
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