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「その……黄金律の肉体って、賢者の石とは違うんですか?」 『完全な物質という意味では同じね。そっち専門の研究者なら同様のものだと言う奴もいそうだし』 馬鹿とはなによー馬鹿は馬鹿だろ落ち着きなよ二人とも、とぎゃあぎゃあと一頻り揉めた後、再び話を始めたコルネーリアはゆっくりと旋回するように兄弟の頭上を回った。 『あたしはね、この家の持ち主に雇われていたのよ。その主人が、一度でいいから神を見たい、と言ったから、じゃあ神の器を造りましょうって』 「そ、そんな簡単に」 『簡単じゃないわよう』 コルネーリアはむう、とむくれた。 『古今東西の生体錬成の記録をゴシップやお伽話も含めて集められるだけ集めて整理して、自分の足でもあちこち旅して放浪のなんて呼ばれてさ。何度も何度も理論を組み直して、完璧に出来上がってからも万が一を想定していろいろ仕掛けて』 「………それなのになんで死んでんだよ」 いやー、とコルネーリアは頭を掻いた。 『ちょっと予想外に被害が大きくなっちゃってねえ。あたしも魂だけ残して全部持っていかれちゃったし』 「結局失敗したんじゃねぇか!」 『成功するなんて考えちゃいなかったわよ』 つん、と顎を逸らすコルネーリアにエドワードがへっ、と笑う。 「成功するつもりがなくてそんなもんに手ェ出したのかよ。生体錬成の記録を集めたってことは、失敗したらどうなるかってことも解っててやったんだろ?」 『もちろん。法則性はちょっと見出せなかったんだけど……陣の描き方に左右されるのかしらね。造る対象によってリバウンドの被害が決まるわけじゃないみたいだったから。東の賢者の話なんて、たったひとりの女を甦らせようとして国全てが廃虚だって言うからね。呆れるくらい犠牲が大きいわ。どんな陣を描いたんだか』 「あんなもんはお伽話だ」 『馬鹿ね、有り得ない話ではないわ。小さな陣でも描き方ひとつで巨大な城にもなるのよ。それに真に流れをその身に刻めば陣なんかなくていい』 アルフォンスが首を傾げる横で、腕を組んだエドワードは眉間の皺を深くした。 「……あんた、真理を見たんだろ?」 コルネーリアは唇で微笑んだ。 『ええ、もちろん。あんたより深く見たんじゃないかしらね、エドワード・エルリック』 「だったらあんたがどれだけ神ってやつに嫌われてるかは知ってるだろ? なんでそんなへらへら笑って十字架に凭れてられるんだ」 『もう、本当に馬鹿ね、エドワード』 コルネーリアの笑みが嘲笑に変わったことにアルフォンスは気付く。エドワードには見えていない。 『一であり全であり世界であり神である、あれは真理なのかもしれないわ。でも流れと世界に人格はない。流れは個を乗せるもの、個は一では有り得ても全では有り得ない。人格は個が有する物だし、人格を有すればそれはもはや全とは言えない。だからあれは、あたしの意識が反映した鏡像のようなものだと思うわ。世界を神だと言うのなら、あれはたしかに神でしょう』 でもね、とゆっくりと下ったコルネーリアが兄の頬に指を添え、その眼を覗き込むのをアルフォンスは黙って見つめた。 『神は世界を創りたもうた。神は世界より先に存在したの。あたしたちは世界の一部で、あれは世界よ。だから、あれは少なくともあたしの神ではない』 顔の前でゆらりゆらりと揺れる光球をエドワードはうるさげに払う。 「どっちにしたって命を造り出そうなんて奴はカミサマって奴には嫌われるだろうさ。その上あんたはそのカミサマを造ろうとしたんだろ? 滅茶苦茶不敬じゃねぇか」 コルネーリアは婉然と笑んだ。 『嫌ねえ。人間が神様を求めてなにが悪いのよ。大体神様は全知全能なのよ。人間が神の御座へと手を伸ばすことを不快に思うなら、そもそも人間なんか創らなかったに決まってる』 踊るように上昇し、稲妻に照らされる十字架に寄り添ってコルネーリアは嵐を貫く声で高らかに嗤笑した。 『神は全てを見ておられる! あたしのことも、あんたたちのことも!』 途端、ステンドグラス一面を白に染めた光に兄弟はびくんと身を竦めた。半瞬遅れてびりびりと身体を震わせた轟音。 殷々と響く空洞の身体をそっと撫で、アルフォンスは両手で耳を塞ぐ兄を見た。 「兄さん、耳大丈夫?」 「……おう、大丈夫大丈夫」 吃驚したー、と溜息を吐く兄に安堵し頷いて、アルフォンスは顔を上げた。 「コルネーリアさん、だいじょ………」 見上げ、アルフォンスはあれ、と呟いて立ち上がる。 「コルネーリアさん?」 おーい、と呼びながら部屋を見回す弟に倣い、エドワードもぐるりと首を巡らせる。 「………いなくなっちゃったよ。かみなり怖かったのかなあ」 エドワードはあー、と呟き吊り上がった金眼を半眼にして眉間を押さえた。 「訊きたいことまだ全然訊けてねぇってのに……」 「探しに行く?」 首を傾げて訊く弟に、うーん、と唸った兄はやがて仕方ねぇなあ、と呟き立ち上がった。 「手分けして探すぞ」 「うん」 「お前地下には寄るなよ」 「もう落ちないよー」 「ダメ。今度はお前があっち」 先程自分が見た方向を指差し、ふとエドワードはその手を引き寄せて顎を撫でた。 「………やっぱり一緒に見て回るか」 「ここ広いんだから時間かかるでしょ。大丈夫だってば」 それとも一人じゃ怖いの兄さん、と返したアルフォンスの足をバカタレと軽く蹴り、エドワードは強気な色を宿す眼に僅かに滲ませた不安を消した。 見終わったら階段下で待ち合わせて一緒に二階見ようぜ、と言う兄にうんと頷いて、アルフォンスは扉を開く。 長い廊下は暗く、コルネーリアの淡い光はどこにも見えない。 |
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■2004/4/30
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