+ 4 +

 
 
 
 
 
 
 ああ疲れたようやく寝れる、と枕に頭を落すと同時にぱたりと眼を閉じたロイは、隣に横になったエドワードがもぞもぞと寝返りを打ちこちらを向いたのに気付いた。無視してじっと眼を閉じておくが、なんだかもう視線が突き刺さってうるさいことこの上ない。
「………鋼の」
「なに」
「寝ろ」
 くす、と笑う息が首筋に掛かる。思ったより距離が近い。まあいくら大きめの寝台だと言ってもダブルベッドほど大きいわけではなのだし、必然的にぴったりと寄り添うことにはなるから当然と言えば当然なのだが。
「眠れないのならせめて向こうを向け」
「ヤだ」
 ひたり、と指が頬に触れた。思わず眼を開くと頭のすぐ横にエドワードの顔がある。ロイは思わず距離を取った。喋るだけで息が掛かる距離で男と話をする趣味はない(今日は趣味ではないことばかりだまったく)。
「逃げなくてもいいだろ、傷付くな」
「そう思うならむこうを向いてさっさと眼を閉じろ!」
「好きな相手が隣で寝てるのに平気で眠れるわけないだろ」
「何をバカを言ってるんだ、子供の分際で」
 しまった失言だ、と思ったときにはエドワードの眼がぎらりと輝いていた。
「………14ってそんなに子供かよ」
 腕を支えにエドワードが身を起こした。覗き込む眼がカーテンから薄く差す街灯の明かりを全て集めたかのようにぎらぎらと輝いている。
 野生動物のような金。
「アンタの初体験っていつだよ。15とか16じゃねェの」
「悪かった、鋼の。失言だ」
 君が小さいからつい、と続けそうになってロイは辛うじて口を閉じた。寝不足で思考が鈍っている。さっさと眠って脳を休ませなくてはまた失言を吐きそうだ。
 しかしエドワードは黙らずに言い募った。
「いつだよ」
「………猥談したいのなら別の日にしてくれ」
「そういうんじゃねぇよ」
 ロイは溜息を吐く。
「14だ。今の君と同じ年だな。当時の彼女が年上だったんでね」
「………へえ」
 さらに身を起こしたエドワードのその動きがあまりにゆったりとしていたものだから、ロイは反応し損ねた。
 生身と鋼の両腕がのしかかるように両肩を押さえ付けている。ぎりぎりと込められた力はこの小柄な身体のどこにあるのか不思議な程だが、かなりしっかりと鍛えているエドワードは単純な筋力だけなら恐らくロイよりも上だ。
 
 まずい。この状態では逆らえない。
 
 ロイはここに来て初めて痛烈に後悔した。
 無論これで拘束されたわけではないし両手は使えるのだから力比べでは勝てなくても、機械鎧の分重いとは言えまさか100キロもあるわけではないエドワードなど持ち上げて放り投げることはできる。体重差と体格差は筋力の差を埋めてまだ余る。
 が、そうやってこの少年を放り投げる前に小さな身体に似合わぬ筋力を駆使しその鋼の右腕で頭や顔や腹を殴り付けられでもしたら、まず間違いなく昏倒する(か、死ぬ)。その後のことなど考えたくもない。
「………大佐さ」
 いつ蹴り上げようかいや今はまだ駄目か機会を窺わなくては、と酷く緊張していたロイをじっと見下ろしていたエドワードが、ふと眉尻を下げた。
「オレのこと嫌い?」
「は?」
「オレのこと好きになれない?」
 
 いや泣くなよそんなことで。
 
 半泣きの子供にロイはぐったりと力を抜く。緊張して損した。
「好きか嫌いかの二択で言うならまあ、好きだ」
 途端きらきらと眼を輝かせて笑顔になり掛けたエドワードを遮るように、ロイは「だが」、と続ける。
「恋愛対象としてどうなのかと言えば、正直考えたこともない。まるっきりの対象外だったんでね」
「…………そ、か」
 男なんだから対象外で当たり前だろうなんでがっかりするんだ馬鹿か君は、とするすると口を突きそうになる罵倒を呑み、ロイはエドワードを見上げた。
 
 14歳というには子供っぽい丸顔と小さな身体に、柔らかく肉付きのいいまだ髭もない丸い顎。鍛えられている割に肉の柔らかなまだ細い骨しか詰まっていないだろうつるつるとした手足。ぴんと張りのある健康的な髪に、ボーイソプラノという程ではないがまだまだ男声と呼ぶには高い声。
 
 第二次性徴も迎えていなそうなこの子供を、恋愛対象として考えろと言われても。
 
「なあ、ダメ?」
「何が」
「何がって」
 エドワードがもごもごと口籠るものだから察してしまった。
 勘弁してくれ、と口の中で呟いて、ロイはまだ肩を押さえ付けていたエドワードの手首を握る。
「取り合えずどいてくれ」
 エドワードは引き攣るように眉を寄せた。
「嫌だ」
「肩が痛いんだが」
「どいたらアンタ寝るだろ」
「………頼むから眠らせてくれ」
「寝たら襲うぞ」
 
 ああもう泣きたい。何が悲しくて子供に(しかも男に)こんなセリフを吐かれなくてはならないのだ。
 
 ロイは両手で顔を押さえ、はあ、と大きく溜息を吐いた。
「申し訳ないがやり方がよく解らないんでね、無理だ」
「………知らないわけねぇだろ?」
「知らないよ、詳しいことは。私は性行為に関してはノーマルなんだ。後ろには興味がないし今まで付き合った女性の中にも興味があるひとはいなかったんでね」
「そ、そうなの?」
「そうだ」
「でも軍隊とか刑務所とかってそういうヤツ多いって聞くんだけど」
 
 どこから得たんだそんな偏った知識。
 
「女性のいない部隊に長い期間いることになって周囲に娼館もなくて、なんてことになれば中には新兵相手にそういう行為に及ぶヤツもいるらしい、とは士官学校の先輩に脅されたことはあるが、私の周囲にはいないな。みんなノーマルだ。男を犯すくらいならその辺の民間人の娘を強姦するほうがまだ有り得るヤツばかりだ」
「それって犯罪だろ!」
「男を犯しても犯罪だ」
 だから今君がやろうとしていることは犯罪だ、とまでは言わずにおく。
 エドワードは難しい顔をしてしばらく考え込んでいたが、やがて何事か決心したようできっとロイを見つめた。
「じゃあオレが頑張るから!」
 
 頑張らなくていい。
 
「………君だって知らないだろう。それどころか女性も知らないんじゃないか? 童貞だろう」
「そ、そりゃ童貞だけど! でもオレいろいろ調べて来たから」
 
 何を馬鹿なことを調べてるんだ未成年。
 
 目眩がする。もう寝たい。こいつを追い出してひとりでゆっくり睡眠を貪りたい。
「あのな、鋼の」
「うん?」
「私は男に抱かれる趣味はない」
「え、っと、じゃ………、アンタがオレを抱く?」
「…………は!?」
 
 いや無理絶対無理男相手じゃ勃たないから!
 
 それ以前に子供を犯すなど色男のプライドが許さない。
「君は男のプライドはないのか!?」
「いや、そりゃオレだって抱かれるよりは抱くほうがいいけど、アンタがどうしても嫌だって言うなら」
 小さな声で囁く語尾が僅かに震えた。見ると酷く緊張した面持ちで、それでもエドワードはじっとロイを見下ろしている。
 それは当然嫌だろう。男なのだから組み敷かれるのは屈辱だろうし、そうでなくても怖いはずだ。
 それほど嫌なのに、自分と関係を持つためなら我慢をしようというのか。
 いじらしいとは思えないが(だって嫌だどっちも)、それでも少し可哀相になってしまった。
「………次の機会ということでは駄目か? それまでには今度こそ返事も用意しておくし」
「次いつ来れるか解んねぇから」
 自分に会うためだけにこちらへ来ることはしないらしい。
 ロイはほっとした。色恋のために目的をないがしろにするような少年でなくてよかった。ロイの基準で言えば、そんなところはとても好ましい。
 その安堵が顔に出たのか、エドワードがふと表情を緩め肩から手を離してぼす、と胸の上に倒れ込んだ。子供の高い体温が夜着を通してじわりと広がる。
 ロイはそっとまだ湿り気を残している金の髪を撫でた。エドワードがぴくりと震える。
 溜息が洩れた。ロイは眼を閉ざす。闇にちかちかと星が瞬いている。やはり酷く眠いのだ。
 
 ああもう、どうして今日はこんなにこの子供に甘いのだろう、俺は。
 
「………鋼の」
「ん……?」
「勢いで突っ込んだりしたら燃やすからな」
 むくり、と犬のような動作で顔を上げたエドワードが眼を真ん丸にしてロイを見つめた。見つめ返してやるとじわじわと笑顔を広げたエドワードは、こくこくと何度も頷きごそごそとズボンのポケットを探る。
 何だ一体、と瞬きをしながら見ていると、女性向けの香水か何かのような綺麗な小瓶を取り出したエドワードが満面の笑みを浮かべた。小瓶の中身が緩く波打つ。油質の何かだ。
「優しくするからな!」
 
 ヤる気満々じゃねーかこのガキ。

 
3<<   >>5

 
 
 
 

■2004/6/3

NOVELTOP