+ 3 +

 
 
 
 
 
 
 思い出したかあれは夢じゃなかったのか夢だと思ってたのかよ! というやり取りを経て、取り合えず考えるだけの時間を確保させてくれと頼むと半年待ったのに、とぶつぶつと文句を言っていたエドワードはそれでも素直に話を切り上げて今は入浴の最中だ。
 ロイは引っぱり出して来た毛布を巻き付けソファに寝そべる。
 
 好きとか言われても。
 
 ロイは女性に好かれる分男には好かれない。それはもう目一杯妬まれる。
 まあ地位も金もそこそこ整った容姿も女好きする話術も持っているわけだから(ない時間を絞り出しまめに会い流行をチェックしてプレゼントを贈り甘い言葉を囁く努力をしているわけだが努力していると知られてしまうのはスマートではない)同性に好かれようというのがまず間違いだし、好かれなくてもまったく問題は感じない。だからこんな事態に直面したことなど初めてだ。
 子供とはいえ、男に愛の告白をされるなど。
(なんで俺だ?)
 これが例えばエドワードの『可愛いアルフォンス(肉体を失う前は大層可愛かったのだそうだ。ああそうですか)』とか彼本人のようなそこそこ見目のいいまだ小さな男の子だと言うのなら解らないでもない。そうでなくても役者のように非の打ち所なく容姿の整った細身の男なら女性の代わりに惚れたのだと思うこともできる。もしくはフュリーあたりならまだ納得したかもしれない。
 万が一(あまり考えたくもないが)エドワードが著しく性的に倒錯していて男しか好きになれない少年なのだとしても、その手の輩はむしろ非常に男らしい、巨漢だとか髭面だとかを好むと聞いたことがある(ブレダあたりが適任か)。
 比較的容姿は整っているとはいえ役者などと並べばただの兄ちゃんで、後2年もすれば三十路の、それなりに鍛えているとは言え軍にいれば小柄にしか見えない上いまいち髭も薄い(童顔と並んで密かにコンプレックスだ畜生いつまで経っても若僧ヅラだ)、しかししっかりすね毛は生えている男のどこがあの少年の心を捉えたのかさっぱり解らない。
(………それともあれか)
 異性装などに走る男のように、心は女性でいるのだとか。
 それなら女性と同じような嗜好を持つのだろうから解らないでもない。
 が。
(それはないか)
 どこから見ても間違いなく少年だ。少女のようにはにかむ姿など見たこともない(し、見たくもない)。
 
 しかし何にしても。
 どこでどう道を過ったのか。
 
 ロックベルさんに申し訳が立たないぞどうしてくれるんだ鋼の、と自棄気味に心中で八つ当たりをして、ロイは大きく溜息を吐いた。
 エルリック兄弟の保護者を自認するほど熱心に彼らに心を傾けているわけでもないが(そんな暇もない)、ピナコ・ロックベルを説き伏せてその道を提示したのは自分なのだ。いくらエドワードが自分で選んだ道だとは言え、それを良いことに知らん顔で放置するなどさすがに出来ない。まだプライマリに通う年齢で国家錬金術師になってしまったあの少年とその弟にそれなりの倫理を仕込んでやるのは周囲の大人の役目なのだし、旅から旅へと飛び回る兄弟を見ていてやれる人間は数少ないのだから、やはり自分には彼らを監督する義務がある。
 だというのに。
 
 ああ、面倒臭い。
 
 毎日真面目に仕事をして生きているというのに何故こんなことで貴重な睡眠時間を裂かれなければならないのか。
 もういい寝る、とロイは毛布を引き上げごろりと横を向いて眼を閉じた。
 程なくしてかしゃ、かしゃ、と機械鎧の左足だけ足音を立ててエドワードが戻って来た気配がした。うつらうつらと既に眠り始めていたロイは夢現つにそれを聞いたが、眼を開くことはせずに眠気に身を委ねる。
「おいこら、何寝てんだアンタ」
 ぽつ、水滴が頬に落ちた。覗き込んだエドワードの髪から落ちたのだろう。
 ロイは眉を顰め、大儀そうに腕を上げて奥の扉を指差した。
「………寝室は向こう」
「あァ?」
「眠くなったらベッドを使え」
「って、アンタここで寝る気か?」
「……ベッドはひとつしかない」
「風邪引くだろ!」
「大丈夫………」
「何が大丈夫だよ、寝惚けてんだろ今。髪も濡れてるし冬だぞ冬。絶対風邪引く。仕事忙しいんだろ? 休めないんじゃないのかよ」
「一般人とは鍛え方が違う」
「デスクワークばっかりしてる癖に何言ってんだバカ」
 
 上官に言うセリフか?
 
 ロイは渋々と眼を開く。途端予想よりもずっと近くにあったエドワードの顔に驚き思わず身を引いた。エドワードがにやりと笑う。
「なに照れてんの」
「照れてない! なんでそんなに近くにいるんだ」
「寝顔見たかったから」
「気持ちの悪いことを言うな」
「気持ち悪いとか言うな」
 まったく、とぶつぶつと呟いて起き上がるとエドワードは隣にどかりと座った。
「静かに座りたまえ。ソファが痛む」
「壊れたら直してやるよ。でも大佐だってあんまり大事に使ってるとは思えねーけど? ベッド代わりにしてるくらいだし」
「いつもはちゃんとベッドで寝ている」
「んじゃ今日もベッドで寝ろよ」
「君こそ風邪でも引いたら困るだろうに」
「誰がソファで寝るって言ったよ」
 は? と眉を顰めたロイに、エドワードはにーっと悪戯小僧の笑みを浮かべた。
「一緒に寝ればいいじゃん」
 
 ちょっと待て。
 
 ロイは眩む額を押さえた。
「勘弁してくれ……男と同衾する趣味はない。床で寝たほうがまだマシだ」
「酷ェ言い種。男じゃなくて子供だと思えよ」
「はあ?」
「さっきアンタが風呂に入ってる間に寝室覗いたけど、ベッド結構でかいじゃん。そりゃ大人の男二人じゃ狭いだろうけど、オレはほら、小型だから」
 あははは、と笑った口許が僅かに引き攣っている。自分で言っていてもダメージを受けるくせになんともいじらしいことだ。それほど体調を気遣ってくれているのか。
 などと好意的に考えてみるが、この浮かれた笑顔からはどうもそんな殊勝さは感じられない。
 それはつまり、あれだ。
 なめていた。子供の好意を。
「………まあ、好きな相手と触れ合って寝たいという気持ちは解らないでもないが」
 どうも自分が考えていたよりも何段階か上の(下の?)大人の好意らしい、と思い至り、ロイは仕方なしに現実と向き合うことにした。
「べべ、別に変なことは考えてねェぞ!?」
 
 考えてんのかよ。
 
 更に好意を大人側へとシフトアップさせて、ロイは隣に座る子供を見た。
「あのなあ、鋼の」
「う、うん」
 エドワードは視線に気付いたのか僅かに不安げな眼をした。ロイは溜息を吐き、続ける。
「私は男なんだがね」
「いくらなんでも女にしちゃあごっついよな」
「………君は男が好きなのか」
 エドワードがむっと眉を寄せた。
「ひとを変態みたいに言うな!」
 
 さっき告白した相手がなんなのか解っていないのかこいつ。
 
「君が好きだという私は男だと言っているんだが?」
「男が好きなんじゃなくてアンタが好きだっつってんだろ!」
「どこがいいんだ」
「どこって」
 エドワードはまじまじとロイを見つめ、ふいに視線を泳がせるとかあっと鮮やかに赤面してしきりに照れた。
 やたらに髪を掻き混ぜ身を縮めているエドワードに、いや可愛くないから、と内心で突っ込んで、ロイは半眼で呻く。
「…………全部とか言うんじゃないだろうな」
「え、や、その………全部、だけど」
 女性に言われたら嬉しいセリフだというのに相手が男だというだけでどうしてこんなにテンションが下がるのだ。
 好きだと言われているだからうん有難う私も君が好きだよこれからもいい友達でいよう、とか言っておけばいいのだ(今まで友達だったのかというのは置いておくとして)。別にどこが好きだとか問い詰める必要などなかった。墓穴だ。墓穴を掘った。
「解った」
 ロイは深々と溜息を吐いた。
「とにかく寝よう。疲れた」
「って、一緒に寝ていいの?」
「押し問答している体力がもうない。私は眠いんだ」
 
 そこで嬉しそうな顔をするな。
 怖いから。

 
2<<   >>4

 
 
 
 

■2004/6/3

NOVELTOP