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メゾネットタイプのアパートの本来一戸に二契約分入ることになっているロイの住処は、シェアなど面倒だ、というロイが借り上げているため一人住まいには贅沢なほど広々としていた。とはいえ地位や国家錬金術師へ与えられる研究費を考えれば質素に過ぎる。 「………家建てて家政婦さんでも置けばいいのに」 「いつ転勤になるかもしれんのに家など建ててどうする。それに他人に家を引っ掻き回されるのもごめんだ、危ない」 「なにが」 「君も錬金術師なら解るだろう。一般人には毒とも薬とも解らない劇薬が山程置いてあるんだぞ。私のところは爆薬も多いし」 「そんなもん置いてあるならアパートなんかに住むなよ! 危ねェだろ! 郊外とか人里離れたとこに家買えよ!」 「帰り難くて嫌だ」 「………爆発させたら死刑台行きだぞコラ」 ぶちぶちと呟きながら物珍しげに居間を見回している少年に座るよう告げ、スチームで暑いほどに暖まっていた部屋に辟易して窓を開き、ロイはキッチンへと移動した。濃い目の紅茶を淹れてエドワードの分には湯を注す。見れば子供扱いをするなと文句を言うのだろうが、身体が小さいことを差し引いたとしても14歳の子供なのだから夜に濃いお茶はよろしくない。 トレイにカップとミルクとシュガーポットを乗せて戻ると、子供はテーブルに広げっぱなしにしていたレポートを熱心に見つめているところだった。 「こら。ひとの研究を見るものじゃない」 「そう思うならこんなとこに放り出しておくなよ。………それ何? 発火布の錬成陣の構築式とは違うよね」 走り書きのような計算式からそう読み取ったらしい少年に、ロイは椅子へ座ると無言で転がっていた万年筆を取りレポート用紙の合間にさらさらと錬成陣を描いた。 ばし、と小さく稲妻が散り火花がエドワードの鼻先へ走る。 「…………ッにすんだ!! 危ねェだろ!?」 一瞬竦んだエドワードは鼻先2センチのところでばしんと弾けて不発した火花にほっと肩を落し、ロイを睨むと喰って掛かった。ロイは無表情に子供を見下ろし、万年筆を置く。 「以上」 「不発弾?」 「それはわざとだ。別に君を丸焦げにするつもりもこのアパートを吹き飛ばすつもりもないんでね。……温度が35.5度から37度の間の0.8メートルから2メートル程度の高さのものを目指して火花が走り、着火し次第燃え上がるようにしてある。金属や木材には着火しづらいが、タンパク質の直径50センチ高さ2メートル程度の円柱なら0.4秒で表皮に火が回るし大人なら屈んでいても対象にとれる。ただ今のような近距離ならいいんだがまだちょっと距離の設定が甘いし、上限温度が37度だと運動をしている最中の人間では反応しないこともあるんだ。でも38度だと犬でも反応するんでね、まあ今後の課題だ」 大きな眼で見上げていたエドワードがちらりと不快そうに眉をひそめた。 「………対人間用?」 「そうだ」 ロイは笑みを消したままだ。 「建物の中などにいる相手で私の視界にない者でも大体の位置が解れば燃やせる。大きな火力で建物ごと崩す必要がないから、市街戦で有効かな。対テロ兵器というところか。ただ錬成陣を発動させることで火花が散るようにしてあるから錬成陣を刻印しただけの発火布では使えない。天候に左右はされなくなるが、今のところいちいち錬成陣を描く必要があるから実戦でどこまで実用可能かは怪しいな。しかしこれを完成させることができれば他にも応用は効くだろうから」 「解った、もういい」 「そうか」 ロイは用紙をまとめ、裏返して空いていた椅子へと置いた。エドワードが溜息を吐く。 「アンタの研究ってそんなのばっかり?」 「他に裂く時間がない」 「そっか」 頷くエドワードを見ながらロイはどっと疲れが増した気がして結局自分のカップには手を付けずに立ち上がった。 「どこ行くんだ?」 「風呂」 「………なんだ。話憶えてたんじゃ」 「は?」 怪訝な顔で見るとぱく、と口を噤んだエドワードは赤面して慌ててかぶりを振った。 「なななな、何でもない!」 「……………」 変なヤツ、と思いつつも追及はせず、ロイはバスルームへ向かった。ひとり残されたエドワードはふー、と息を吐いて頬を擦る。 「あー……もう、ほんと忘れてんだもんなあ」 あのクソ大佐、と呟いて思わずにんまりと緩む口許を押さえて慌てて笑みを消し、エドワードは薄められた紅茶を飲んだ。 風呂に入ったら余計に疲れた。 目覚めてからにすれば良かった、と考えながら濡れ髪にタオルを被って居間へ戻ると、床へ座り込んで勝手に本を取り読んでいたらしいエドワードが顔を上げた。途端笑いたいのか怒鳴りたいのか解らない微妙な表情で凍り付いてしまった子供にロイは眉を顰める。 「なんだ、変な顔をして」 「いいい、いや、別に」 上擦った声で答えて首を振ったエドワードにふーん、と大して興味なく返し、ロイはその少年の前を横切って窓を閉め、ソファへとどさりと座り込んだ。 「で?」 「へ?」 「話があるんだろう。手短に済ませてくれ。寝たい」 「う、うん」 本を置き、立ち上がったエドワードが緊張した面持ちで近付いて来る。 少年はロイの隣に何故か正座して、膝に両手を置き肩を怒らせたままやけに真剣な眼で見つめた。 「大佐」 「……なんだ」 「アンタが好きです」 「………………」 意味が脳味噌に到達しない。 俺は物凄く眠いんだな、と思いながら、ロイはソファの背に回していた片腕を持ち上げ頬杖を突いた。 「………それは有難う」 「いや有難うじゃなくて」 「なにが」 「返事」 子供に好意を告げられてどんな返事が必要だと言うのだ。私も君が好きだよとでも言って頭を撫でてやればいいのか。 「………アンタもしかして意味解ってないのか?」 「いや、解っているよ。好かれているのだから嬉しいよ、有難う」 「……………。………やっぱり解ってねェな?」 何の話だ。 というかこんな話のためにわざわざ家までついて来たのかこいつは。 追い返せば良かった。 そんなことをつらつらと考えているとふいにエドワードが腕を伸ばした。 何事だ、と見ていると生身の左手が濡れ髪の掛けられた耳と頬に触れる。 「アンタが好きなんだ。………その、付き合って欲しいって意味で」 付き合うってどこに? と間抜けなことを考えて、一拍遅れて思考回路が繋がった。 ロイは頬杖を突いていた腕をぱたりとソファの背へと落す。 「…………あ。」 思い出した。 |
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■2004/6/2 あんまり長くなったので切りました。
残りは後日UP。
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