「まあ、アルフォンス君が元気だと言うことは解った」 「随分人間らしくなって来たろ?」 「ああ。この間会ったときはまるきり赤ん坊だったからな」 「で、どうなのよ」 ロイは提出された書類を引き出しにしまう。 「私の一存で決めることは出来ないが、許可が取れるよう尽力はしよう」 「へー、尽力」 意外そうに呟いたエドワードに、ロイはふん、と皮肉げな笑みを浮かべた。 「君のためではないぞ、鋼の。アルフォンス君のためだ。今の彼には空気のいい田舎でのびのび暮らせたほうがいいだろう。まあ、許可が降りたとして、月に一度は検査に通ってもらうことにはなるだろうから忙しいことには変わりないだろうが」 「ああ、それはこっちからも頼みたいくらいだよ。定期的な精密検査のデータは欲しいから」 ロイは片眉を上げた。 「人体錬成理論は完成したのだろう。まだ研究は続けているのか?」 「そりゃ続けるさ」 エドワードは肩を竦め、ぬるくなったミルクを持つ、疲れたのかふらふらと危うくなり始めた弟の手に自らの手を添えながら続けた。 「人体錬成の成功例はアルが初めてだ。これから何があるか解らないし、完成したと確信したからこそ踏み切ったわけだけど、それでも本当に完璧だったのかどうかは解らない。なんせ何百年も昔から幾度となく大勢の錬金術師が挑んで破れ続けて来た命題だ、そう簡単に事が済むとは思えない。だから今後何かあっても対処出来るように、研究を続けてあらゆるトラブルを予想して未然に防ぐ努力はしねーと。これで一安心ってわけにゃ行かねーんだ」 「………ならば国家錬金術師の資格は持っておいた方が得策なのではないかね?」 「あー、俺はそう言ったんだけどさ」 国家錬金術師の資格を返上するための処理を待っている最中の、今はまだ軍の狗である青年は苦笑を浮かべた。 「アルはまだまだ目が離せねぇからオレまともに金稼げねーしって。でもウィンリィやばっちゃんがさ、住むのはうちに住めばいいし同居人にメシくらい食わしてやるしアルの世話だってオレより上手いんだからそんなもんさっさと辞めろってさ」 「そんなもん呼ばわりか。……嫌われたものだ」 「別に軍の狗だとか当て付けてんじゃなくてさ」 エドワードはアルフォンスの頭にぽす、と手を乗せた。 「いつ徴兵されるか解んないような仕事続けて、こいつ残してオレが死ぬようなことがあったら困るだろってさ」 きょと、と見つめたアルフォンスがふとその大きく開いた眼に影を落した。 「兄ちゃん、死ぬの?」 「死なねーよ。兄ちゃんはお前より長生きすっから安心しろ」 「軍人さんは怪我したり死んじゃったりするってウィンリィが言ってたよ」 あの馬鹿女、とリゼンブールから週に二度はやって来る幼馴染みを口の中で罵って、エドワードは死なない、ともう一度繰り返した。 「死なないの?」 「ああ」 「たい……しょーぐんも?」 「うん」 「リザさんも?」 「リザさんもだ」 「………ちょっと待て鋼の」 なによ、と視線も向けずに弟の頭に手を置いたままなおざりに返したエドワードに、ロイは眉根を寄せる。 「君はいつからホークアイ大尉をファーストネームで呼ぶような仲になったのだね」 「ああ? ウィンリィやこいつがリザさんって呼ぶからオレも移っただけだけど……大尉、結構アルの様子見に来てくれるし」 ロイの険悪な視線に気付き、エドワードはあー、と唸ってがしがしと頭を掻いた。自堕落に伸ばされている髪が絡まる。 「あんたさ、馬鹿なんじゃねぇの」 「上官に向かって馬鹿呼ばわりとはいい根性だな、鋼の」 「馬鹿は馬鹿だろ。ガキに嫉妬する暇があるならプロポーズのひとつでもして見せろっつーの」 むす、とあからさまに不機嫌な顔でロイは組んだ両手に鼻の頭を付けた。剣呑な黒い眼がどんよりと暗い。 「………何年も前にした」 「なにを」 「……………求婚」 エドワードはぽかんと上官を見つめた。 「って、あんたフラれたのかよ!」 「声がでかい」 エドワードは笑っていいのか困っていいのかと言った曖昧な表情であー、えー、と言葉を探している。それにむかつくな、と呟きロイはくるりと兄弟に背を向けた。 「あー、いや、悪ィ、そうとは知らず……そ、そっか、ふうん」 「………白々しい声を出すな。笑いたければ笑え」 「なんか笑ったらあんた泣きそうだ」 真剣か冗談かも解らない声で言い、エドワードはそうかー、と続けた。 「でもなー、オレの見立てじゃリザさんて絶対あんたに惚れてんだけどな。ネーミングセンスだけじゃなく男の趣味も悪ィなと思ってたんだけど」 「色々とつっこむところの多い発言だが、君に女心が解るとも思えないね」 「ウィンリィも同意見だったぞ」 「………趣味の悪さがか」 「揚げ足取んなよ」 ロイはふ、と息をつく。 「まあ実際、惚れているとかいないとかは関係がないんだ、この場合」 「え?」 「大総統に相応しい花嫁は軍人ではない、自分は飽く迄副官だからと」 「………そう言われたの?」 「君に言われるまでもなく惚れられているものだと自惚れていたんだがね、どうも彼女の方が視野が広くて視点が高いようだ。ぐうの音もでなかったよ」 「それで諦めたんだ」 「どうしようもあるまい?」 「馬ッ鹿じゃねぇの」 へ、と鼻で笑ったエドワードをロイは横目で睨む。エドワードはにやりと不敵な笑みを見せた。その爛々とした金の眼は久方ぶりに見る、とロイは片眉を上げた。強気な鋼の錬金術師が、ろくでもない発言をする前触れのその顔。 「二兎を追って二兎を得る。基本だろ」 「………錬金術師とは思えない発言だな」 「錬金術は等価交換でも、世の中は等価交換なんて解りやすくて簡単なものじゃ成り立ってねーんだよ。そんなにキレイに割り切れないからこそ面白いんだろ」 ロイはわずかに黙った。その眼差しにエドワードは再び飽き始めたアルフォンスに片手を遊ばせながらなんだよ、と眉を顰める。 「…………君が人生を楽しむような発言をするのは初めて聞いた気がしたものでね」 にや、とエドワードは根性の悪い笑みを見せた。こんなところは昔とちっとも変わってはいないというのに。 「人生薔薇色なもんでね。───まあそりゃあ、オレたちのしたことが帳消しになったわけじゃねぇし今でもオレはあの日のことを忘れられないし、アルだってまともに仕事に就いて結婚して家族持つまでにいくつになってるかも解んねぇし、普通の人生をやり直せるつもりはさらさらねぇけどさ」 エドワードは愛しそうに左手で遊ぶアルフォンスの白い骨張った指を握った。 「………それでもオレが前向きになってねぇと、こいつが全ての記憶を理解してもしも押し潰されそうになったとき、誰が支えてやるのかって話でさ」 かつて魂のみの存在でいたアルフォンスは悪夢にうなされることもその罪に精神を削ぐこともなく、時折崩れそうになる兄を支えて凛と立っていた。その子供特有の無垢さと健全さに、ロイは眩しいものを感じたものだ。 しかしそれはアルフォンスが兄よりも強かったからでも鈍かったからでもなく、単にときに病む肉体と精神を持ち得なかったと、ただそれだけのことだったのだ。 今ここにある新たな肉体のやわらかな心に、いつか過去の悪夢と生涯あがない尽くせることのない罪とが牙を剥く。 その時、かつて弟がそうだったように、いつでも傍らに在り支えてやるのは自分だと、そうエドワードは決めたのだ。 その決心がこの青年からひよこの尻に付いていた殻を剥いだのか、とロイは僅かに眼を細め唇に笑みを掃いた。 「…………鋼の」 「ん?」 「できるだけ早くリゼンブールへの移住の許可を取ろう。中央へ来た時にはまた顔を見せろ。アルフォンス君も連れて」 ロイはに、と少々下品に笑んで見せた。 「頑張れよ、兄」 「ひとのこと気にしてねェであんたが頑張れよ。色々期待してるぜ、未来の大総統」 「相変わらず口が減らないな、鋼の」 くっくっと笑うロイに鼻を鳴らしたエドワードの袖をアルフォンスが引く。 「ボクもう帰るー」 「ああ、悪ィ、アル。帰ろうな」 ぽす、と頭に手を乗せ、エドワードは立ち上がった。 「『リザさん』に会っていったらどうかね、アルフォンス君」 コートを手に取り扉へと向かった兄に付いてとことこと歩き掛けたアルフォンスは、くり、と顔を向けて期待に満ちた表情を浮かべる。 「リザさんいるの?」 「いるよ、職場だからね」 「おい、オレらは仕事の邪魔しに来たわけじゃねーぞ」 「何、大尉が少しくらい休憩しても誰も文句は言わないさ。彼女はオーバーワーク気味なんだ」 「あんたがサボってばっかいるからだろ」 辛辣な言葉に失敬な、と笑い、ロイは兄弟を眺めた。こうして見ると色だけでなく、その表情や顔のパーツの配置など良く似ている部分が眼に付く。 「ではまたな、エルリック兄弟」 「ああ、じゃあな」 ぱたぱたと機械鎧の右手を振りさっさと出て行った兄を慌てて追ったアルフォンスは、閉まり掛けた扉からひょいと顔を覗かせた。 「じゃあ、また」 にっこりと微笑んだ、その痩せた顔に満ちる叡智の光。 「失礼します、マスタング少将」 呆気に取られたロイの視界で、手入れの行き届いた扉は軋みもせずに閉じた。 |
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■2004/5/10
かわいいからっぽちゃんBy Sex Pistols。しかし元ネタの歌詞とは全然関係ありません(あってたまるか)。まんまなタイトルですがもう他に思い浮かばなくて。からっぽちゃん……。みんながアルを愛せばいいと思います(そうですか)。
そしてロイアイロイは推奨カプのひとつです(どうでもいいです)。
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