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「ほら、今自分で肯定したじゃないか、鋼の」
「………ハメられた」
「何を言う。誘導してやっただけだ、感謝したまえ」
「でも」
「くどいな君は」
 苛々と言って、ロイは扉を指差した。
「今すぐ弟を捜して会ってこい。そして同じことを訊いてみろ」
「き、訊けるわけねーだろ!」
「いいからそうしろ! そして一発殴ってもらえ。目が醒めるぞ」
「そ……そんなこと訊いたらアルが傷付いて、」
「君の弟はそんなに柔じゃないだろう。バカな兄をぶん殴るくらいの気概はあるさ」
 大体、とロイは呆れたように嘆息してソファの背もたれにだらしなく片腕を回した。
「そんなに簡単に気が触れて堪るか」
「え、」
「大方今のこの状態は君の妄想で、本当は病院かどこかで毎日夢でも見てんじゃないかとかそういう生っちょろいことが言いたいんだろうが、アホか君は」
「アホって」
「アホで駄目ならバカだバカ。大体アルフォンスに失礼だとは思わんか。ったく、これだから思春期はナルシストでいかんな。そんな生温い妄想くらい自分で片を付けたまえよ、子供でもあるまいし」
「いやさっきアンタ子供だって」
「ああ子供だね、嫌になるくらいガキだよ君は。だが15歳は手放しで甘やかしてもらえるほどの子供なのかね、鋼の。大体君は私と同業者だろうが、国家錬金術師なんだから。仕事を持っている以上、年齢がどうあろうが君は大人でなくてはならないし、私は君を子供扱いする気はないよ」
「…………。……さっき子守がどうのって」
「揚げ足ばかり取るなクソチビ」
「クソチ……」
「バカは嫌いだよ」
 だらしなく背もたれに頬杖を突いてつまらなそうに明後日の方向を見ながらいつになくぺらぺらと知性のない罵倒を連ねる大人を、エドワードは恐る恐る窺った。
「あの……大佐?」
「なんだ」
「………もしかしてキレてる?」
「キレもするさ!」
 じろりと睨んだ黒眼が剣呑に座っている。思わず身を引いたエドワードの鼻先にロイは身を乗り出して蓋を開いた銀時計を突き付けた。
「睡眠時間はあと3時間しかないのに30分で起こされてくだらない話に付き合わされて6時からはまた仕事で話している間にもう20分も過ぎたんだぞ! しかも7時20分からの軍議は私は絶対に出なくてはならないんだサボったら中尉に殺されるんだ! その前の貴重な1日半ぶりの睡眠をだな、君の」
「わ、解った解った解った、ごめん悪かったッ! 全面的にオレが悪かったですごめんなさい! 寝てくださいッ!」
「いいや文句を言い終わるまでは寝ない! 大体君はだな、仕事を持つ大人の時間というものをどう考えているのかね。しかもここは職場なんだぞ。勤務時間外だとは言え自宅で休前日をのんびり過ごしているわけではないんだ、休憩中は仕事中と同じなんだぞ。きっちり時間通りに休憩を取ることも立派に仕事のうちなんだ。それをだなあ、」
 ああもうほんとごめんなさいアルを捜しに行かせてくださいお願いします、と平伏をしてエドワードが説教から解放されたのは実に30分後で、結局ロイはその間に埋まってしまったベッドを諦めざるを得ず執務室のソファで残りの僅かの時間睡眠を取り、リザに叩き起こされふらふらと夜勤をこなすことになった。
 
 
 
 
 
「困ったひとたちですねえ」
 あはは、と小さく笑って埋まっているベッドの代わりに司令室の固いベンチに大の字になって今にも転げそうな兄の身体を押し遣り、その腹の上へと毛布を掛けたアルフォンスはかしゃんと小さく首を傾げた。
「せっかく眠れる時間があったんだから、ちゃんと眠ればいいのに」
「まったくよね」
 ふう、と嘆息したリザの頬にも苦笑が浮いている。その疲労に色の悪くなっている顔を見て、アルフォンスはそっと女性士官の手を取った。
「………なに?」
「あ、座ってください」
 ぐいぐいと兄を押し遣って作った隙間へリザを座らせ、アルフォンスはそっと取った手を揉む。
「疲れているときは手足をマッサージするといいって、ばっちゃんが」
「ああ、ロックベルさん?」
「はい。ボク、結構上手いんですよ。……あ、痛かったら言ってください」
 力加減が解らないから、と慎重に掌を大きな両手で揉みながら言う少年に、大丈夫よ、とリザは薄く笑む。ほとんど明かりの落ちた司令室に、部屋の隅でかしゃかしゃと誰かがタイプライターを打つ音だけが妙に高く響く。
「大佐は?」
「仮眠室がいっぱいだったからお帰り願ったわ。会議の間はなんとか眠らずにいて下さったけど、もう使い物にならなかったから。明日は早朝に出て来てくださることにはなっているし遅刻はなさらない方だけど、今日はほとんど寝てらっしゃらないから……」
「早朝って、何時くらいですか?」
「5時よ」
「じゃ、ボクが4時くらいに行って起こしてきます」
 リザはぱちぱちと瞬いた。
「そこまでしてもらうわけにはいかないわ」
「だって、中尉は朝方に帰るんでしょう?」
「………ええ、一度帰って着替えてからまた来るけれど……」
「じゃ、送って行きがてら大佐のとこにもついでに足を伸ばします」
「一人で大丈夫よ」
「でも、どうせ兄さん、ここが騒がしくなってくるまで起きないし、ボク、暇なんで」
 そう、と承服しかねる顔で頷いて、リザはふと足下に視線を落とす。かしゃかしゃと爪を鳴らしながらやって来た子犬は、リザとアルフォンスを見上げてはたはたとしっぽを振った。
「ブラックハヤテ号、爪が伸びてますね」
「ええ、最近きちんと散歩をしてあげる暇がなくてずっと司令部にいるから爪が減らなくて」
「そっか、室内犬になっちゃってるんだ」
「不本意ながらね。可哀想なことをしてしまっているわ」
「じゃ、今からボク、少し散歩してきてあげましょうか」
 リザは再び瞬いて、それから少し笑い、マッサージしている鉄の手をそっと握った。
「働き者ね、アルフォンス君」
「疲れませんから」
「そうね、便利だわ。でも、少しは休んでね、好きな本でも読んで。資料室か書庫にいても構わないわよ」
 少年は眼窩の光を瞬かせ、握られている手をどぎまぎと離した。
「え、でも、許可がないと……」
「いいわ、私が許可します」
「そ、そうですか? 嬉しいな」
 えへへ、と笑い、でも、と子犬を見下ろしてその背を優しく撫で、アルフォンスは肩を竦めた。
「この子の散歩を済ませてからにします」
「………でも」
「その間、中尉も少し休んでください。働き詰めでしょう? ほんとは大佐よりも兄さんよりも、中尉が眠ったほうがいいと思うんですけど」
「私は隙を見てきちんと休んでいるわ。要領がいいだけよ、大丈夫」
「はい。でも、休んで。休むこともお仕事でしょう? 大佐がそう言ってました」
「………あのひとは休み過ぎなのよ」
 ふう、と呆れた息を吐いたリザにあは、と笑い、アルフォンスはブラックハヤテ号を抱いて立ち上がった。
「ごめんなさいね、アルフォンス君。少し休むわ。戻って来たら声を掛けて頂戴、資料室の鍵を開けてあげるから」
「はい、ありがとうございます。行ってきます」
「あ、リードは」
「持ってるんで大丈夫でーす」
 がしょんがしょんと彼にしては控えめな足音で去る鎧の少年を見送って、リザはふと背の力を抜き壁へと寄り掛かる。
「アルにとっては」
 唐突に響いた声に、リザははっと視線を落とした。大の字になっていびきを掻いていたはずの少年は、金の眼をぽかりと開いて天井を眺めている。
「散歩も息抜きなんだ、中尉」
「………起きていたの、エドワード君」
「本読んだりするのもひとと話をするのも誰かの役に立って喜んでもらうのも全部、息抜きで休憩なんだ。なんつーの、命の洗濯っつーか」
「お年寄りみたいな言い回しをするのね」
「あー、ばっちゃんと付き合い長ェからなー。でもまあ、真面目な話」
 むくり、と身を起こし、腰の後ろへ手を突いたままエドワードはにやりと笑った。
「あいつにとって仕事っつーか、しなくちゃいけなくてずっと続けているとストレスになって疲れていくことっていうのは、仕事することでも起きて動くことでもなくて、ただ黙って座って夜が明けるのをじっと待ってることなんだよ」
 息もせず、瞬きもせず、時折その両の眼窩を掌で塞いで弟が眠りの闇を思い起こそうとしているのをエドワードは知っている。
「だから、遠慮しなくていいよ。あいつ、ひとの世話焼くの好きなんだ」
「………さすがお兄さんね、彼のことをよく解ってる」
「ん、まあね」
 時々不安に負けて忘れてしまうけれど、と胸の裡で呟いて、エドワードは再びごろりと横になった。
「あ、中尉ここ使う?」
「いいえ、女性用の仮眠室のベッドはまだ空いているはずだから」
「そっか。んじゃ、オレもうちょっと寝るわ」
 アルが戻ったら起こして、と言い置いて、ぱたりと眼を閉じた少年は一瞬の後には再びいびきを掻き始めた。
 リザは僅かに瞬き、それからふと頬を崩して少年の身体に毛布を引き上げ立ち上がり、働き者の無機の少年のために資料室と書庫の鍵を入手するため事務室へと足を向けた。

 
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■2004/11/17

エドロイとかロイエドとかアイアルとかっぽいですがエドアル。と、大人というより年上の友人たち。
兄弟と軍部は大人と子供もいいけど、年の離れた友人という関係も捨て難い。道徳を説くだけでなく悪くて楽しいこともたくさんたくさん教えてあげて欲しいなあ。そういう話も書きたいです。

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