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 酷く狭い体内へ侵入しながらエドワードは僅かに苦痛の息を洩らす。ぎり、と掴まれた肩が鳴り、視界の端で大人の血の気の引いた真っ白な手が小刻みに震えている。
 その苦悶の様に、いきている、と呟いて、エドワードはより強く腰を押し進めた。視線の先の腹に筋肉が浮く。抱えた足の、僅かに触れている膚が酷く冷たく湿っている。肩へ担いだ足の膝が歪に曲げられ時折痙攣のように跳ねエドワードの頬に触れた。
「……ッう、ぐ……」
 殺し損ねた苦痛の声が掌の下から洩れた。顎を仰け反らせ、強く眼を閉じ苦痛に歪む顔を見つめ、エドワードはひとつ熱い息を吐く。それを合図に唐突に律動を開始すると、短く声にならない声を上げたロイが瞠目した。
 その黒い眼には多分何も映ってはおらず、エドワードはそれに僅か安堵する。
「う、つ……ッア、…は……ッぐ…ぅ…」
 浅い息の下、抗議にもならない押し殺された呻きが雨風の音に混じり微かに響く。
 遠雷が徐々に近付くのを聞きながら、エドワードは強く腰を押し付け欲をねじ込んだ。潤いのない状態ではそれでも最奥を突くには至らずただ悪戯に苦痛を増すだけのようで、右肩を掴む手が強く震える。
 瞬きもなく瞠られた黒い眼から、細く筋を描いて涙がこめかみへと落ちた。
 エドワードはそれに酷く欲情し、まったく濡れていない結合部に痛みを感じながらもより強く抜き差しを繰り返す。
 身体が軋んでいる気がして、掴まれた肩と左腿の疼痛がじくじくと膿むような痛みに変わる。
 ロイの口元を覆った手が強張り、包帯を濡らしきった血が手首を滑り落ち軍服の袖の中へと消えた。開いた軍服から覗く包帯の、左肩から胸に掛けてが鮮やかな赤に彩られ、白いシャツを汚す。ただでさえ泥と血に汚れていた軍服のその肩が、深紅を交えて濃紺に色を変えた。
「う………ッ」
 黒い瞳が歪む。
 ふいに無機の肩を掴んでいた手が緩み、悲鳴が止んだ。揺さぶられるままに黒髪が乱れるが、その下の瞳は薄くしばたたくだけで僅かに伏せられ、半ば放心しているようにも見える。
 エドワードはふと律動を弛め、唐突に滑りがよくなったことに気付いた。腰を抱える生身の左手に、ぬるり、と生温く濡れた感触がある。
 金の眼を瞬き、エドワードはロイの足を肩へと掛けたまま左手を持ち上げた。べっとりと血に濡れた指にぎくりとして眼を瞠り、ロイを見下ろす。
 
 眼が、合った。
 
 色のない青白い顔の中、黒髪の合間から覗く黒い眼は冴え冴えと正気を映していて、エドワードは冷水を浴びせられたかのように一気に熱が落ちていくのを感じた。堅く屹立していた自身が萎える。
「…………気が済んだか」
 浅い息の合間、噛まれた喉が回復しないままの割れた声が、静かに言葉を放つ。
 エドワードは狼狽えて、破れた唇からの血に口元を赤く染めた大人の顔を見つめた。ロイは両腕を床に落としたまま動かず、ただ視線で扉の方向を示した。
「鍵を、」
「………え?」
「鍵を掛けて、誰もいないか確認して来い」
「…………けど、」
「話はそれからだ。……早く、しろ」
 溜息のような息に消えかけた語尾と伏せられ掛けた瞼の蒼さに、エドワードは慌てて自身を引き抜いた。ロイが顔を歪めて僅かに呻く。
「あ、の、大佐」
「早く行け」
 囁くような命令にエドワードは後ろ髪を引かれながらも立ち上がり、逆らう術もなく書棚の合間を縫い無駄に広い資料室を横切り扉へと取り付いて鍵を掛けた。それでも足りずに掌を打ち鳴らし、即席の鍵をもう一つ取り付ける。
 それから慌てて書棚の間を覗いて回り、無人であることを確認して足早に奥へと戻ると、床に座り込み立てた片膝に額を付けていたロイが怠そうに顔を上げた。
 軍服は整えられ床へと散っていた血の跡もなく、口元や頬に残っていた血も唾液も涙の跡も綺麗にぬぐい取られていて、ただ右手の包帯の赤とその蒼白な顔だけが名残となってエドワードの足を止めた。
 近付いて来ないエドワードを見上げ、ロイがただでさえ不機嫌だった顔を更に顰める。
「……どうした、鋼の」
 雨音に負ける割れた声が切れ切れに届く。ロイは溜息を吐き、壁に背を預け両脚を伸ばし顎でエドワードを呼んだ。
「まだちゃんと声が出ない。もっとこちらへ来い」
「……………」
「そんなところにいられると話も出来ん」
「……………、………大佐」
「悪いと思っているのなら、」
 ふ、と顔を伏せて血塗れの右手で額を抱え、力のない吐息混じりにロイが呟く。
「もう少し気を遣え。……この距離で話をするのは、喉に負担だ」
 エドワードはゆらゆらと頭を揺らすようにして頷き、俯いたままゆっくりと足を進めた。ロイの伸ばした足の先で止まる。
 ロイは幾度目かの溜息を吐き、とん、と隣の床を叩いた。
「座れ」
「…………、でも」
「いいから座れ」
 エドワードは唇を噛みロイを見下ろし、それからそっと歩み寄り膝を突いた。
「座れと言って、」
 眉を顰めて繰り返し掛け、ふいに首に絡んだ子供の両腕にロイは言葉を収めた。頬に触れる乱れた金髪が小刻みに震えている。
 ロイは洩れそうになった溜息を堪え、両腕をだらりと落としたまま天井に視線を向けた。
 ちかちかと瞬く照明がひときわ大きく明滅し、壁の向こうで激しく雷鳴が轟くと同時にふっと掻き消える。数瞬を置いて床近くを照らした非常灯の薄い緑色の光に、子供の影が浮かび上がった。ロイは眼を閉じる。
 姿など見えなくても、この徐々に力を増す抱き締める腕と熱い体温が、子供の存在を主張する。
「………か、った」
「え?」
 震える声が言葉を紡ぐ。雨音と雷鳴に消えるその呟きに、ロイは耳を傾けた。
「鋼の」
「生き、てて、よかっ……」
 ロイは大きく瞬いた。酷く肩の痛む左腕はそのままに、右腕だけを持ち上げてそっとエドワードの背に添える。
「死んだと思っていたのか? 誰がそんなことを」
 肩口に押し付けられている金髪がゆるく振られた。
「じゃ、なくて、………大丈夫、だって」
「………大丈夫だ。大した怪我じゃない」
「嘘、吐くな」
「軽傷だからこうして入院もせずに仕事をしていられるんだが?」
 再び振られた金髪が頬をくすぐる。
「死ぬ、とこだったろ…! オレのせいで、」
「君のせいじゃない」
 がば、と上げられた顔が歪んでいる。強く寄せられた眉の下で、再び熔け始めた金の眼が燃え上がるように輝いた。
「────オレのせいだ! オレがミスったせいで五人も死んだんだぞ!? なのになんで、みんな、」
「自惚れるな」
 尻窄みに消える言葉に強い口調で被せ、ロイは僅かに噎せ込んだ。途端揺れた金の双眸にちらりと苦笑して、その額を軽く爪で弾く。
「ッつ、」
 ぴり、と傷に響いた衝撃に笑いながら呟くと、額を弾かれたエドワードが困ったような、呆れたような顔でその手をとった。
「………ごめん、オレ、…なんかわけ解んなくなって」
「謝って済む問題か?」
「……………。……ごめん」
 低く囁き、エドワードは擦れた血と埃に汚れた指に口付けた。ロイは目を細め、僅かに張っていた背を完全に弛緩させて壁へと寄り掛かる。ずるずると滑り落ちた身体に、エドワードは慌てて大人の背と壁の隙間に腕を差し込み支えた。
「ちょ、大丈夫かよ?」
「大丈夫に見えるなら君は相当目がおかしい」
 支えられるままにだらりと弛緩し、ロイは眼を閉じた。非常灯の暗い光の中、より一層瞼の蒼さが目立つような気がして、エドワードは喉元に迫り上がる不安にぐっと歯を食い縛る。
「医務室に」
「なんて説明する気だ」
「……………、……それは、やっぱその……」
「正直に、なんて言うなよ。私はそんなのはごめんだ」
 息に混ぜるように呟いて、ロイはゆっくりと身体を倒した。慌てて支えたエドワードはそのまま大人が床に伏せるのを手伝い、戸惑ったまま床に散らばる黒髪を見つめた。
「………少し寝る」
「でも、傷が」
「動けるようになったら仮眠室へ行く」
「……………」
「鋼の」
 エドワードはゆっくりと瞬き、指で呼ばれるままに顔を近付けた。ロイは傷の付いた唇を歪め、薄く嗤う。
「次は殺すぞ」
「─────、」
「返事」
「……わ…解った、……ごめん」
 よし、と幼児か動物を褒めるように目を細めて笑い、ロイはぱたりと瞼を閉じた。すぐに呼吸を収めた大人に、エドワードはふと不安になって口元へと掌を翳す。僅かに息が掛かる。
 エドワードはほっと安堵して、コートを脱ぎ大人の肩へと掛け壁に寄り掛かった。ロイの頭を見下ろし、停電したままの天井を見上げ、壁越しに響く雨音に耳を澄まして眼を閉じる。
「………葬儀は」
 びく、とエドワードは肩を震わせ目を開き、ロイを見下ろした。
「葬儀は明日だが」
「………オレも行っていいの?」
「いや、駄目だ」
「…………。……そっか」
「だが、しばらく東部に滞在するのなら、墓参りには連れて行ってやってもいい。……事故処理がある程度済んでからになるだろうが」
 エドワードはそっと鋼の手を伸ばし、黒髪に触れた。僅かにロイの身体が強張るのを視覚で感じ、黙って髪の流れに添うように無機の指で撫でる。
 静かに、羽が落ちるように、ロイの肩から力が抜けた。
「………しばらくいるよ」
「そうか」
「だから眠れよ。誰も来ないよ。……オレは、もう、何もしないから」
「……どうだか」
「誓うよ。もし何か気に食わなかったら、アルに告げ口していいよ」
 ロイが微かに笑った気配がした。
「本当に告げ口されたら困るくせに」
「だから意味があるんだろ」
 それもそうか、と吐息のように笑い、ふ、と呼吸が途絶えたかと思うとロイはもう何も言わなかった。
 その恋人の黒髪を鋼の掌でそっと包み、エドワードはゆっくりと瞑目する。
 雨音は止まず、鳴り響く雷は壁を震わせエドワードの背に響いた。
 
 嵐は一晩中続いた。

 
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■2004/10/27

後で改訂すると思いますがとりあえず。
タイトル意味は…な、なんかフィーリングで…(おい)。

斎賀千剣ちゃんの残留熱保管庫にてslow spoil sinkerがUPされています。
えー。このスポイルは実はちはやちゃんの「なりきり100質Q83をSSにしないか」という唆しにより形となった作品でして、その際苦し紛れに「じゃあ君も同シチュで書いてくれ」と等価交換を持ち掛けてみたところ快く(?)承諾を頂き、競作が実現したと。別名「首絞め企画」。お互いにコレ書いているときのメル履歴を見ると弱音吐きまくりで虚ろな笑いが洩れます(笑)。
ちはやちゃんの職場強姦エドロイは上記のタイトルからどうぞー(別窓)。

 
>>> 残留熱保管庫からいらっしゃったお客さまへ
ロイエドなどほとんど存在せずそれどころか実はエドロイサイトですらないサイトですみません…。「へびが囁く」はアル至上主義アル受エド攻サイトです。メインは一応エドアルですがエドロイその他の無節操サイトでもあります。もしお気に召されましたら、どうぞごゆるりとご覧下さいませv

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