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 受話器を置き、ロイは小さく嘆息した。夜勤のために仮眠をとっていたのにすっかり眠気が醒めてしまった。
 
 ────酷い声をしていた。
 
 あれほどひび割れた声をあの鎧の子供が発するのを聞くのは初めてだった。
 助けて、と震える小さな声で悲鳴のように喉を絞るように囁いた言葉が、耳の奥底に残る。
(………何故俺に言うんだ)
 他に誰かもっと適役がいるだろう、とロイは再び重い息を吐く。たとえば故郷のロックベル技師や、その孫娘が。
 それでは駄目なのだろうか。彼女たちには縋れないのか。
 そんな重荷を負わせたくはないと、そう言うのだろうか、あの子供は。
(俺ならなんとか出来ると言うのか)
 買い被りだ、と呟いてロイはソファへとどさりと身を沈めた。窓硝子に夕陽がきらきらと反射して眩しい。エドワードがここを去って行ったあのとき、この窓から覗けばきっとその赤いコートの翻る様を見送ることは出来ただろう。
 
 あの魂ばかりの無機の子供の病理の根は、深い。
 
 兄は気付いているのだろうか、彼の闇に。彼の寂しさに。彼の恐れに。
 身体が無い、と、その不安はロイにも勿論解らない。けれど想像することは出来る。
 眠りを、感じることのない様々な欲を、ひとを愛することすら容易くはないその生き方に、恐怖を感じないわけはない。
 けれどそれをいつでも明るく笑ってひた隠す強さに、ロイは僅かに憐れみを覚えた。そんな軽々しい憐憫などあの子供は欲してはいないのだろうから言ってはやらないが、それでもその鉄の手を、握ってやれたらと思うこともなくはない。
(気付いてやれ、鋼の)
 お前は兄だろう、誰よりもあの子供を愛しているのだろう、と胸中で呟いて、ロイは瞳を細めた。
 もうそれを、言ってやることは出来ないのだ。
 助けて、と悲鳴を上げたあの子供に、そんな些細な救いを向けることすら、出来ない。
 
 弟の苦しみに気付いていなかったことにずっとずっと後になって、取り返しのつかないほど後になってから気付くようなことにでもなれば、エドワードは酷く苦しむのだろう。
 
 掌が冷たい。
 
 愛していますか、と子供は訊いた。
 あのひとを愛していますか、と。
 
 ボクの大切なあのひとを、愛してくれているんですか、と。
 
 ゆっくりと眼を閉じる。指の先に細く細く血が通っていて、その血が酷く冷たいような気がした。けれどこんな冷たい血でも、無機の子供は強く欲しているのだろう。
 
 肯定、してしまった。
 そのことであの子はまた酷く苦しむのだろうか。
 
 兄の代わりに、苦しむのだろうか。
 
 もっと嘘が上手ければよかった、と思う。
 誠実さなどただ残酷なだけなのだと、そう諦めてしまえればよかった。
 そうすれば子供たちに余計な重荷を背負わせることはなかった。まだ人生経験の浅いあの子供たちにはその荷は酷く重くて、痛いほどに背に食い込んで行くだろう。
 
 感情、というものの、重さが。
 形のないその重さが、彼らの足枷になるのかもしれないと。
 
 そう頭の隅で感じていたのに、どうして。
(────嘘が吐けないんだ)
 ロイは体温の落ちた掌で額を抱えた。
 眩しい夕陽が瞼の裏を透かし、網膜を赤く灼いていた。

 
 
 
 
 
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■2005/2/10
うちのSS大佐は青年ではあるし兄より14も年上だけど、大人ではないと思います。29歳ってそんなに大人か? という話。

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