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 小さく熱い身体に少々不釣り合いな大きめの手と、それとそっくり同じ大きさの生温いオイルの臭いを立ち上らせる義手が膚の上を這い回る。
 その子供の癖に肉の薄い硬い高熱でもあるかのような熱い掌と、鋼のどれだけ体温を移しても移した先から冷めて行く感触にぞくりと怖気が立ったので、身を捩らせて喘いで見せた。
 吸い付くよりも噛み付くほうが好きな少年が嬉々として首筋へと歯を立てる。痛い。そんなに力を込めたら跡が付く。首は何かの拍子に見えてしまからやめろと言っているのに理性が追い立てられると少年はすぐに約束を忘れてしまうので、それも甘く呻いておく。
「ん……、…あっ…ァ……ッ」
 せわしなく浅く呼吸。どうしたって低い自分の声に嫌気が差しながら喘ぎ声を上げ続ければ面白いほど呑み込んでいる少年の熱が上がる。なるほど女性の気持ちが少し解った。これは楽しい。『あいしている』相手であるなら尚更だ。これだけ悦んでもらえれば嬉しいだろう。
 内臓に酷い圧迫感。吐き気がする。ので、また喘いだ。
 眉を寄せ目を閉じ、開き、浅く速く不規則な呼吸を意識して少年の動きに翻弄されるふりをしながら自らの心拍数が上昇して行く様を感じる。心臓が速く打てば血が速く巡り、酸素が欠乏すればそれは強く打ち、結果的に身体の熱は上がり、爛々と光る眼で恐ろしく真直ぐに見つめて来る少年の、耳元で名を囁く声に感じるふりをしていれば次第にふりなのかそうではないのかが解らなくなって行く。
 いちいち悲鳴のように上げる声も続けていれば習い性のようなものになる。上げていて普通。熱を醒ますのは得策ではない。相手にバレる。
 
 ───バレてもいいのか。
 
 いつもより熱く余裕のない快感に酔う少年は、それでも少し訝しげだ。既に疑っている。
 疑られているのだからバレてもいいのだ。隠し通せない嘘は意味がない。
 しかし少年は何も言わない。尋ねてくるのは行為を終えてからになるだろう。
 当然だ。
 彼にしてみればおいしいシチュエーションなのだから、水を差すのは充分に味わった後でいい。
 少年が深く角度を変えのしかかるように顔を近付けて来たので軽く口付けを受け、のろりと肩を抱き、生身の左肩に歯を立てた。痛みに震えた少年はそれでも熱を失わず、困ったようなたしなめるような笑みを滲ませた声で名を呼んだ。噛み跡に舌を這わせる。汗の味がするはずなのに何の味も感じない。味覚が壊れている。
 体勢が苦しくて喉から僅かに嗚咽のように声が漏れた。少年には喘ぐ声に聞こえている。
 
 いとしい、と自らを騙すのは容易い。
 情欲に溺れた顔を見つめて自らを追い立ててみる。この子供がいとしい。抱き締めたい。抱き締められたい。
 それだけで大分違う。恋愛もセックスも自己暗示が肝心だ。
 金色の眼はほとんど色が違ったかのように真摯で今にも獲物に喰らい付きそうな顏をしている。この少年の欲は性欲よりも狩りを伴う食欲が上にくることを随分と前から気付いていた。
 行為に溺れると、彼は必ず喰いたがる。
 では自分の欲は何が上だ。
 彼をどうすることが望みであればいいのか。
 あいしている少年をどうしてやるのが。
 
 抱いてやるのか。
 喰ってやるのか。
 
 ────焼き尽くしてしまうのか。
 
『殺したいほど愛している』。
 それでいいのか。
 それがいいのか。
 
 愛し求めることが嗜虐的な行為であるのは少年も自分も同じだ。その部分では彼と自分はよく似ている。相手を貪り尽くしてしまいたくなる。
 唯一無二、の、存在を。
 幸せにしたいひとを。
 幸せになって欲しいひとを。
 永遠に共に歩みたい者達を。
 この手の中に押し潰すほど強く握り込んで、いつか本当に押し潰してしまうかもしれないと恐怖しながら、けれど隙間から零れ出て行ってしまうのが怖くて手を開けない。
 
 少年の手の中には弟がいる。
 自分の手の中には幾人もの笑顔がある。
 
 その中に、少年の笑顔はない。
 
(………はずだ。)
 
 少年にきつく抱き締められる。肩口に顔を埋める形になってしまったので顎を上げ喉を逸らし、激しく突き上げる動きに合わせて声を上げ肩に置いた指に力を込めてやると、歯を食いしばるような少年の呻きが耳元で聞こえた。
 体内にぞっと広がる熱。
 
 この、馬鹿。
 中で出しやがった。
 
 
 
 
 
 
「………アンタさー、何考えてんの」
 ロイは頬杖を突いて覗き込んだエドワードの顔を酷く気怠げに見上げた。
「何って、何が」
「なんか積極的だっただろ。オレそんなに巧くなった?」
 ロイはくす、と笑い目を閉じた。
「そうかもな」
「バーカ、冗談だよ。練習してねーのに巧くなるわけねーよ」
「練習していないのか?」
「してねーよ。他のヤツとする気にならねー」
「そりゃあいかんな」
 何でだよ、とむくれながら黒髪を梳いてやると微かに香水の残滓が匂う。そういえばやたらと誘ってくるような目で見るこの男にまんまとハマり、シャワーを浴びる余裕もなくベッドに転がり込んだのだった、と気付いてエドワードは今更ながらに反省した。
 ただでさえあまりこういう行為を歓迎していない相手なのだから、出来るだけ彼が不快にならないよう気を遣うべきなのに。
「………君は早く女性を覚えたほうがいいと思うが」
「いいよ、別に。オレまだ15だし、娼館通いは早いよ」
「こんなことをしている癖に何を馬鹿を言ってるんだ」
 渋面を作って見せるその顔はいつもと同じなのだが。
 エドワードは汗の引き始めた首筋へ鼻先を埋めてみた。アルコールのにおいはない。酔っているわけではなさそうだ。
「……ッかしーなー」
「なにが」
「アンタが」
「なんで」
「喘いでたし喋んなかった」
「………それが普通だと君は以前言っていなかったか」
「そりゃあそれが普通だとは思ってたけど、アンタは違うだろ」
 エドワードは左手でゆるゆると薄い唇を辿りながらふと片眉を上げた。
「………え、もしかして、だから?」
「だからって?」
「オレが喜ぶから?」
 ロイは薄く笑ってエドワードの鼻を摘んだ。
「自意識過剰だな」
「んだよ、違うのか? じゃあ何なんだよ」
「………さあね」
 払われた鼻を摘んでいた手がぱたりと落ちる。ロイは目を瞑り、ふう、と眠り込みそうな深い息を吐いた。
「………このまま寝たい」
「うわ、駄目だって、風呂! 中に出しちゃったから!」
 目を閉じたまま、ロイは眉間に深く皺を刻んで舌打ちをした。
「ッたく、面倒だな」
「ごめん、つい」
 言って、エドワードは枕に押し付けられていた頬に指を添えて上向かせる。
「一緒入ろーぜ。処理してやっから」
 ロイが呆れたように半眼で見上げた。
「ろくでもないことを考えている顔だ」
「アンタ、イってねーだろ。イかせてやるから」
「いい。疲れた」
「オッサンめ。……まあそれはともかく、身体洗ってやるから一緒に入ろ。アンタんちの風呂でかいしさ、一緒に入ったほうが早いしお湯も節約出来るだろ。アンタ寝てていいから」
「……………」
 ロイは変わらず口をへの字に曲げたまま半眼で見ていたが、そう逡巡せずに溜息を吐いた。多分押し問答する時間も惜しいほど眠いのだ。この男は本当に睡眠欲に弱い。最中に寝られるんじゃないかとひやひやするほどだ。
「ほら、さっさと入って来ようって。そしたら寝ていいから」
 うー、と呻いて枕に懐くロイの肩を揺すって促すと、恋人は酷く大儀そうに身体を持ち上げた。
「クソ、本当に面倒だな」
「悪かったって」
「じゃなくて、男の身体がだよ」
「うん?」
 ロイは深々と溜息を吐いた。
「私が女性ならこんな面倒なことはせずにそのまま眠れたのに」
「……………。……大佐、今凄いこと言ってるって自分で解ってる?」
 え、と呟いたロイは視線を固まらせ、げんなりと肩を落した。
「失言だ、忘れろ」
「………アンタほんとに眠いとダメだよな」
「煩い」
 渋面に笑い、足取りの怪しいロイに肩を貸してエドワードはベッドから降りた。

 
 
 
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■2004/6/18

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