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ヒューズは宥めるようにゆっくりと子供の背をさする。 「何があったんだか知らねえし、お前が何を思ってあいつを突き放さなきゃならないと感じたのかも解らねえけどな、あいつ大人なんだぞ、エド」 「……………、」 「お前がまだあいつを好きなら、別れたくないんなら、あいつに遠慮して別れてやる必要はねえよ。手前の世話くらい手前で見させろ、甘やかさなくていい」 「…………でもアイツ、オレといると駄目になってくんだ」 微かに金眼が揺らぐ。 「オレ、……大佐が駄目になってくのは嫌なんだ」 「なんで」 「なんでって……普通そうだろ? 好きなヤツが駄目になってくのなんか見たくない」 「駄目になりそうだったらぶん殴って止めてやりゃいいだろう」 「………そんなにずっと一緒にいてやれないし、」 「お前といるときに駄目になるならいいじゃねえの。普段は大丈夫なんだろ? そう思ったから別れたんじゃないのか、お前」 言葉に詰まった子供を眺め、ヒューズは身を起こした。 「お前の言ってることは矛盾してるぞ、エド。ちゃんとロイと話したのか? 自己完結で言いたいことだけ言って振ったんじゃねえだろうな?」 「…………、」 やれやれ、と肩を竦め、ヒューズはぐしゃぐしゃと金髪を掻き混ぜた。 「っにすんだコラ!」 「紹介状はやれねえな」 「は!? なにそれ仕返し!?」 「なんだ仕返しって」 「オレが大佐に酷いことしたから、」 「いや意味が解らん。なんであいつのことで俺がお前に仕返ししなきゃならねえの」 「だって、」 「お前おかしな奴だなあ、エド」 べちべち、と額を叩いて一頻り嫌な顔を引き出して、ヒューズはくつくつと笑って懐から煙草を取り出し咥えた。 「ロイはどーでもいいの、お前の話でしょ」 「ど、どうでもいいって……」 「紹介状口実にロイんとこ行って、ちゃんと話して来い、ん?」 ぐ、と言葉を詰めて視線を逸らし、エドワードはぼそり何かを呟いた。 「ん?」 「……………ヤだ」 「やだってお前」 「嫌だ! そんな、すげえ……カッコ悪ィし、今更」 「なんだお前、自分が格好いいとでも思ってたか? 格好いいからあいつが付き合ってくれてたとでも言いてぇの?」 「そ、そういうんじゃねーけど」 「あのなー、エド。俺はあんまりお前らの付き合いのことは知らねえけど、お前あいつのこと好きなんだろう」 反論もなく黙り込んだ子供に、かちりと控えめに音を立てて煙草に火を付け、ヒューズはふうっと煙を空へと吐いた。 「ロイがどう思ってんのかは知らねえよ、そういう話はしてねえからな? けど、あいつもなんとも思ってねえガキんちょに付き合ってやるほど酔狂じゃねえと思うぞ」 「ガキで悪かったな……」 「ガキだと思ってたら付き合ってなんかくれてねえって話よ、馬鹿だねえ」 ぐしぐしと大分乱れている金髪を更に乱し、ヒューズはぷかぷかと煙草をふかした。 「未成年で男で、何ヶ月かにいっぺんちょろっと顔出すだけの奴と、あの女好きがだぞ? お前があいつに惚れてるからって、なんの因果で付き合ってやんなきゃねえの? 殴り飛ばされて終わりだろう、普通」 「……………。……大佐がオレを好きなのは、知ってる」 「お、凄い自信だ」 「凄い大事にされてるのも知ってる。………惚れてはくれてないし、ガキ扱いだと思うけど」 ふん、と鼻を鳴らして促すと、エドワードはごしごしと口元を拭って顔を上げた。ぼんやりと眠たげな視線が誰もいない中庭に投げられる。 「オレ、別に、アイツに保護者になってほしいとか、そういうの……思ってないし」 「ふん?」 「ちゃんと好きになっては欲しかったけど、でも、……負担になりたいわけじゃなくて」 「うん」 「………だけど、アルにはさ、大佐がオレのことをどんな風に好きだってそれをオレがどうこう言うのは間違いだって怒られた」 「合間がよく解らん。なんだつまり、アイツがお前を可愛がるのが気に食わないのか、エド」 「じゃ、なくて、……オレは、………大人になりたかったんだちゃんと。対等に見て欲しかった」 微かに震える指が口元を覆った。長い前髪がゆらゆらと揺れる。 「全然ガキだけど、でもガキだって突き付けられるのが我慢できなかった。なに大人面してんだって思ったし、オレがいくらそう言ってもアイツは絶対本気にとってくれないんだ、ガキの戯言だから。心配だって言っても大丈夫だとか言うし、そのくせに全然大丈夫じゃないし……」 「どの辺が大丈夫じゃないんだ」 「………無理しちゃうんだ。我慢するし。オレ、……いつかアイツ殺しそうで、怖、」 べしり、と後頭部を掌が強く打った。思わずよろけてベンチから落ち掛け、エドワードは慌ててヒューズを見上げる。 「な、何、」 「エドお前、馬鹿だろう」 「馬鹿って、」 「あのなあ」 はあ、と盛大に呆れた息を吐き、ヒューズは落とした煙草をぐしぐしと踵で踏んで再び子供に向き合った。 「さっきも言ったけどな、あいつは大人なんだぞ、エド」 「…………」 「お前がそこまで気にしてやる必要はねーの。お前に殺されるくらい弱っちい生きモンに見えてんのは、お前があいつを大事にしてるからで、あいつもお前を大事にしてるからだろう。あいつがお前の前では凶悪な顔して見せねえからだろう? いっぺんでも仕事中のロイを見りゃ、お前んなこと言えなくなるぞ」 「………仕事中にときどき顔は出してるけど」 「たらたらとデスクワークしてるときの話じゃねえの、ちゃんと軍人の顔してるとき。怖えぞー、外に出てるときのロイは。あいつ軍人になったときから佐官だからな、命令慣れしてるし、アホなことすりゃすぐに怒鳴り声が飛んでくる」 ふ、と、何か思い当たる節でもあったのか微かに視線を泳がせた子供に口の端で微かに笑い、ヒューズはすぐさまその唇をぐっと気難しく引いた。 「だからな、エド。お前があいつのお守りしてやる必要はねえんだよ。どんだけのらりくらりとしててもあいつはお前の倍近く長く生きてんだぞ。それだけの人生経験の差があるんだ。お前は大人になりてえって言うけどな、お前、15にしてはもう大分大人だよ。けどそれでも、30に手が届く俺らから見りゃ、まだまだケツの青いひよっこなんだよ。懐に入れたらそりゃかわいがっちまうのも無理はないだろ」 「………でも、」 「でもじゃないの、いいからロイと話してこい。それでアルと喧嘩するくらいなら、さっさと片付けて気が晴れたほうがいいだろう」 エドワードは迷うように沈黙し、ぎゅ、と眼を閉じ膝の上で拳を握った。 「────オレのことはいいから、中佐、大佐の様子気にしてやってよ」 「だからなあ、」 「いいんだ、オレは! ………また酷いことしそうだし、そんなの嫌だ、オレ」 大きく吸った息が、微かに引き攣れるように喉を鳴らした。 「───好きなんだ。好きなのに、傷付けるのは嫌だ」 己の方が傷付いているようなどこかが酷く痛むような顔をして呻いた子供に、ヒューズは片眉を吊り上げて顎を掻いた。 「なんだ、殴ったりでもしたのか?」 「…………殴ったこともあるけど」 「ものの見事に青春だ」 「茶化すなよ……」 「茶化してねえよ。いいんだよ、殴って来い」 鋭い金眼が素早く睨む。その眼をじっと笑みなく見返して、いいんだよ、とヒューズは繰り返した。 「大人はそんなに柔じゃないぞ、エド。ついでにあいつは男だ。お前がどれだけ凶暴でもな、それを受け止めきれないほど弱々しい生き物じゃねえぞ。あいつも俺もな、お前みたいに凶暴だった時代はある」 滾る情動を、その暴力的な反動をぶつける対象に違いはあれど。 「俺たちはお前の先にいる。だからな、逃げなくていいんだ、エド」 「逃げる……」 そう、と頷いて、ヒューズはぼさぼさになってしまった金髪に眼を細めた。 「髪、ぐちゃぐちゃだぞ」 「───アンタがやったんだろ!!」 まったく、とぶつぶつと文句を言いながら手早く髪を編み直し、エドワードは立ち上がった。憮然としたまま見下ろす眼に、いくらか光が戻る。 「サンキュー、中佐。悪かったな、仕事中に」 「いんや、構わねえよ。イーストシティに行くんだな? なんならアルはうちで預かるか?」 「………いや、連れてく。ありがとな」 軽く手を上げ踵を返し大股で一度も振り向かずに去ったコートの裾が視界から消えて煙草一本分の時間を過ごし、ヒューズはさて、と首を鳴らして立ち上がった。 「酷いことねえ」 小さく呟き、裏庭を横切って軍法司令部に戻りそのまま事務室へと顔を出す。 「ディジーちゃーん」 「あ、中佐! さっきのエルリックってもしかして、国家錬金術師の」 「そうそ、鋼のちゃんね。それはともかくあのさー、俺の明後日の休みなんだけど」 「はい、取り消しますか?」 「いや、明日に入れ直してくれないかなーなんて」 「………は!?」 「ついでに今日のイーストシティ行き最終の切符も取っておいてくれると嬉しいなあなんてー」 「え、ちょっ……今から!?」 「大丈夫、最終ならがらがらだって」 「いやそうじゃなくて、……明日!?」 「俺どうせ明日はなんにも約束入ってないし。よろしくね、今度奢るからっ」 語尾にハートマークでも飛びそうな口調で言ってちゅっとキスを投げて退室すると、背後から若い受付嬢の悲鳴のような声が響いた。それを背中で聞きながら、本日の業務を駆け足でこなすべくヒューズは大股で廊下を横切った。 |
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■2005/9/24 フォローするひとはアルがダメならヒューしかいないSSエドロイ。しかし問題は、ヒューは大人だけど親なので、「こどものしたいこと」ではなく「こどものためになる」ことに意識持ってかれてしまうということです。
あーだいじょうぶかなーまた見切り発車っぽい…。
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