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「うわ、1等コンパートメント!?」
 しかも特急、と思わず尻込みしてしまった僕に、アルフォンスがくすくすと笑った。
「マスタング少佐がいるからねえ」
「あ、そっか……」
 偉い軍人さんが2等以下に乗るわけにもいかないのだろう、と納得はしたけれど、僕はまだちょっと尻込みしつつアルフォンスに顔を寄せてひそひそと囁いた。
「僕、そんなにお小遣い持ってないんだけど……」
「気にしないで」
「……レオさんのおごり?」
「ボクのおごり。ボクがいいよって言ったんだから」
 僕は瞬いた。
「え? だってアルフォンス、お金って……」
「ボクもちょっと働いているからね」
「…………あ、軍の仕事?」
「それもあるけど、他にもいろいろ」
 その色々の内訳は教えてくれる気はないらしく、アルフォンスはほらほら乗って、と僕を急かしてレオさんを追い掛けた。
 初めて乗る1等車個室は清潔で2等個室と比べるとやっぱり広くて、座席も座り心地がよかった。しかも扉が厚くて鍵が壊れていない。
「なんだか偉いひとになった気分」
「コンパートメントは初めてか?」
「2等以下なら空いてれば乗るけど、1等はないです」
 物珍しげにきょろきょろとしている僕に笑って、レオさんはアルフォンスを見上げる。
「そのうち飛行機も乗せてやってはどうですか」
「そうですねえ……でもボクは乗れないから、ロックベル夫妻に伝えておきます」
「軍用でよければ乗せて差し上げますよ」
「あはは、じゃあ、そのうちお願いしようかな。ボクも空を飛ぶ経験ってしたことがなくて」
「了解しました。楽しみにしていてください」
 背後で話している二人の声を聞きながら、僕は窓枠へと腕を乗せて発車寸前のホームを眺めた。いつも見ているリゼンブール駅のホームなのに、列車の中から見るとなんだか不思議な感じがする。
 これから遠くに行くのだと、心がわくわくと、少しだけ不安な気持ちを混ぜて揺れた。
 
 イーストシティまで特急で1時間40分。
 長くはない旅だけど、僕はレオさんの話をたくさん聞いた。
 レオさんは軍人さんという割にどちらかと言うと学者さんみたいなひとのようで、僕が本を読むのも好きだという話をすると近頃読んだ本の中でお勧めのものをたくさん教えてくれた。それがあからさまな子供向けではなく大人向けの少し難しい小説やノンフィクション、実用書に専門書なんてものまで混じっていて、僕は少し嬉しかった。子供向けの冒険小説なんかも読みはするけれど(だって学校の図書館にあるのは大抵子供向けか古典だ)、僕は実はもう少し大人向けの本のほうが好きなのだ。
「血筋だな」
 うちは父さんも本が好きで書斎にはいろんな本がぎっしり揃っていて、それを小さな頃から引っ張り出しては読み耽っていたせいなのかもしれない、とそう言うと、レオさんは首を横に振ってそう言った。
「エルリックの血だろう」
「へ?」
「エドワード・エルリックという君の五代前のお祖父さんは、とても優秀な科学者だったんだ。天才だったんだよ。まあ、極度に理系に偏った頭脳を持っていて物語のようなものは理解できなかったと聞くから、どちらかというと……」
「エドワード・エルリックの、お母さん方の血なんだろうね、ホーエンハイムではなくて」
 レオさんの言葉を引き継いだアルフォンスがそう言った。
「ホーエンハイム?」
「エドワード・エルリックのお父さんだよ。科学者だったんだ。エルリック家の科学者の資質はこのひとから続くものだね」
 僕は腕を組んでうーん、と唸る。
「科学より機械工学が向いてると嬉しいんだけどなあ」
「なんだ、ロボットでも作るのか」
 茶化したように言ったレオさんに、僕は大真面目に頷いた。
「機械鎧って、もう何十年も前からほとんど進化してないんですよ」
「……見た目は美しいが?」
「そりゃ人工皮膚被せればね。でも中身は変わりません。軋むから夜ひとりで静かにしてたりすると凄くうるさいと感じるひともいるし、感触は解らないし、接続部の肉体は加齢でかなり傷むからお年寄りだと結局外してしまうひとも多いし。だから、機械工学と人体工学を勉強して、僕、もっと進化させたくて」
「………と、言うと?」
 僕はレオさんににっと笑った。
「生身と変わらない手足を造りたくて。熱いとか冷たいとかも解って、握手すると柔らかくて、お年寄りでも外す必要がなくて、ほとんど肉体の一部みたいな」
「人工臓器のようなものか…?」
「そうですね、そっちが近いかな。だから医学も勉強しなくちゃ」
 驚いたように茶色の眼を瞠ったレオさんは、僕の隣のアルフォンスを見上げた。アルフォンスはふふ、と笑う。
「凄い子でしょう?」
「ええ……、驚きました」
「まだ13だけど、来年ハイスクールなんですよ」
「ハイスクールは2年で出るつもりです」
 レオさんはぱちぱちと眼を瞬かせて、もう一度「驚いたな」と呟いた。
「ロックベルの血ですかね……」
「ウィンリィも天才でしたからね、『エドワード』とは別の意味で。この子の中には二人分の天才の血が入っているし、ちょっと先祖返りな部分があるのかな」
 そういえば、と僕はアルフォンスを見上げる。
「ウィンリィばあちゃんとエドワードじいちゃんって、アルフォンスと仲良かったの?」
「うん、………凄くよかったよ」
「だから『エルリック』って名乗ってるの?」
 僅かに首を傾げて僕を見下ろしていたアルフォンスの赤い眼が、ちかり、と小さく瞬いた。
「………うん。そうだよ」
 アルフォンスの硬い手が僕の髪を撫でる。
「エドワード・エルリックが僕を弟と呼んでくれたから、今でも僕はアルフォンス・エルリックと名乗るんだ」
「ふうん……弟分だったんだ」
 ふふ、とアルフォンスは小さく密やかに笑う。その吐けない息を吐くような笑い声はほんの少し僕の神経に障る。
「好きだったんだ?」
「うん。今でもね、大好きだよ」
 アルフォンスが動くたびにきい、かしゃ、と軋む音が聞こえる。機械鎧の軋みよりもずっと大きなその音に、アルフォンスは苛まれることはないのだろうかと僕は思う。機械鎧のあの微かな呻りにも神経を苛まれて僕のうちを訪れるひとはいるというのに、こんな大きな軋みを年中聞いていて、アルフォンスは苛立つことはないのだろうか。
 それとも僕らが自分の呼吸や鼓動の音にすっかり慣れっこになっていて普段は全く聞こえていないように、アルフォンスにもこの軋みは届いていないのだろうか。
 そんなことを考えている間にアルフォンスとレオさんは少し難しい話しを始め、間もなく列車はイーストシティのホームへと滑り込んでいた。

 
 
 
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■2004/7/2

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