「座りたまえ」 「あ、はい」 目を丸くする司令部の面々に挨拶する間もなくあれよあれよという執務室に連れ込まれ(語弊がある気がするけどまさに『連れ込まれた』気分なんだから仕方がない)、呆然と扉の前に立っていたアルフォンスは勧められて慌ててソファへと腰を下ろした。向かいのソファへとロイが座る。いつもは執務机の大きな椅子へ座るロイとの、いつになく近い距離にアルフォンスは僅かに戸惑った。 なんの話だと思っているんだろう。 「話とは? 賢者の石についてなにか解ったのかね」 「え」 「鋼のにも言えないことなのだろう?」 身を乗り出すようにして膝の間に組んだ両手を置き、じっと見上げてくる黒い眼にアルフォンスは慌てた。 ああ、このひとってこういうところがとても真面目だ。 「ち、違うんです、そういう話ではなくって、あの、すみません」 「ふむ。では一体どうしたというんだね。鋼のと喧嘩でもしたか?」 「ボクがしたわけではなくて」 ロイが怪訝そうに片眉を上げた。 「では何かね? 鋼のの話でもないのか」 「いえ、兄さんの話なんですけど」 アルフォンスはがしゃん、と頭を下げた。 「ごめんなさい、大佐」 ロイは面食らったようにぱちぱちと瞬く。 「なんだね、急に。別に君に謝ってもらうようなことはなにもないが」 「その怪我」 「これ?」 きょとんとしたその顔を見ていると、本当に転んだだけなのではないかと思えてくるから不思議だ。ポーカーフェイスというわけでもなく割に喜怒哀楽がはっきりと顔に出るひとなのに、それはもしかしたら本当に表情を隠したいときのためのフェイクなのかもしれないとアルフォンスは思う。 アルフォンスは身を縮ませたままがしゃ、と僅かに首を傾げた。 「話は兄さんに聞きました」 「話……?」 訝しげなロイが僅かに頬を引き攣らせた。 「おい……まさかまた妙なことを」 「兄さん、大佐に会ったときのことは大抵話してくれるので」 「た、大抵って?」 「はあ、大抵です。大体全部」 「ってどこまで!?」 「どこまでと言われても」 ちょっと復唱するのは恥ずかしい。 ぴし、と固まったロイは、首を傾げて見ているアルフォンスの前でゆっくりと俯き額を抱えた。覗く額にうっすらと静脈の筋が浮いている。 「………君の兄は心底馬鹿だな……」 「はあ、ボクもそう思います」 「資料室にいるんだったかな?」 「はあ、多分。愚図愚図うるさいので押し込めてきましたから」 「ちょっと燃やしてくる」 「あ、た、大佐、まだ話が済んでいないので」 燃やすなら後にしてください。 「……君も結構厳しいね」 ソファに座り直したロイは、「で?」とアルフォンスを促した。 「あ、えっと、怪我のこと謝りたかったのと……」 「君が謝る必要はなかろう」 「兄さんにももちろん謝ってもらいますけど、ボクも謝りたかったんです。兄のしたことだから」 「………ふむ。他は?」 冷たくも温かくもない無表情で見上げるロイをアルフォンスはじっと見つめ返した。 「大佐が、兄さんをどう思っているのか聞きたくて」 ほんの僅かにロイの眉間に皺が寄る。 「鋼のはなにも言っていなかったのか? 話は聞いたのだろう」 「聞きましたけど、兄さんの話じゃ要領を得ないんです。あのひとあれで凄く落ち込んじゃってて、悪い方悪い方に考えてしまっているみたいなので」 「何故知りたいのかね。君には関係のないことだ」 ああもうどうしてボクが痴話喧嘩を諫めてあげなきゃならないんだろう。 僅かに不機嫌さを滲ませたロイに、アルフォンスは内心で溜息を吐く。 「もし大佐が兄さんをそれほど好きじゃないのなら、ちゃんと振ってあげて欲しいんです」 「………それほど、とは?」 「それほどはそれほどです。ずっと付き合ってあげるつもりじゃないなら振ってしまってください。ちゃんと慰めて、次に会うときは平気な顔出来るようにしますから」 「ひとの恋路に首を突っ込むのは、いくら兄弟でもいかがなものかと思うがね」 アルフォンスは肩を竦めた。 「兄さんに他に色々相談するひとがいたり、大佐とちょくちょく会えるなら黙っていますけど、兄さん、こんな話出来るひとってボクしかいないみたいだし、それにあのひと、ほんとに必要なときじゃないとこの街には寄らないんです。一時間足を伸ばせば来れるところに来てても寄らないんです。先月なんか、イーストシティで乗り換えた方が早いからってこの街まで来て、乗り換えの時間まで1時間も空きがあったのに、結局素通りしちゃったし」 ロイの眉間の皺が弛んだことに気付きながらアルフォンスは続けた。 「ボクのためなんです、それ、全部。ボクは、大佐。兄さんに好きなひとが出来たことはとてもいいことだと思っているんです。もちろんそれで旅をやめるとか言われちゃったらボクひとりでどうしたらいいか解らなくなっちゃうけど、でも時々、せめて近くに来たときくらい寄ればいいのにってそう思うんです。でも兄さんは絶対そうしてくれないんです。……ボクのために、一分でも一秒でも惜しいって思ってくれてるんです。だから」 「ああ、解った、アルフォンス君」 ロイは片手を上げてアルフォンスをとどめた。ふと苦笑のような優しい笑みで黒い瞳が細められる。 「言いたいことは解った。………君は兄思いだな」 「兄さんのほうが弟思いです」 言い切ったアルフォンスにもう一度苦笑して、ロイは軽く俯いた。見下ろすアルフォンスからは伏せたように睫が見えている。 「君は、私に嫉妬はしないのか?」 「え?」 「鋼のは君をとても大切にしている」 「はい、解っていますけど……ボクも兄さんが大切だし」 「あれを取られた気にはならないか? もちろん、鋼のは私などより君を選ぶだろうが」 ボク、バカなのは兄さんで大佐はまともなのかと思っていたんだけど。 アルフォンスは思わず吐きそうになった溜息を慌てて止めた。 (このひともちょっとズレてるよなあ……) 頭がいいひとというのはそういうものなのかなあ、と考えながら、アルフォンスはかぶりを振った。 「取られたとかそんな風に思ったことはないです。ていうか、選ぶとかそういうのも関係ないじゃないですか」 「………そうかね?」 「だって、家族と恋人のどっちをどれだけ好きかなんて意味がないことでしょう? 好きは好きだもの。兄さんが大佐を大好きなのは本当のことですから」 ロイがほんの少し困ったような顔をした。 「好きな女の子はいないのかね、あれは」 「ウィンリィくらいかなあ、と思いますけど」 「なんだ。あの幼馴染みが好きなのか」 「だと思います」 「なら彼女と付き合えばいいものを」 「でも、兄さんが付き合いたいのは大佐ですから」 ロイが深々と溜息を吐いた。 「………子供だからなあ」 「そうですね」 「直情に過ぎる」 「ですね」 「さっさと幼馴染みとくっついてしまえばいいのに」 「だからそれは無理なんですってば。大佐のことを好きなんだから」 「そのうちまともな恋をするだろうさ」 「まあ、兄さんの気持ちをまともだと言おうとは思わないんですけど」 アルフォンスは首を傾げた。 「別れたいならそう言ってあげてくださいってば。兄さんが他のひとを好きになって、大佐を振ることはないですから」 ロイは眉を顰めた。 「そんなことは解らないだろう」 「解りますよ。大佐がなにも言わなければ、兄さんは一生大佐のことが好きです」 「………は?」 うーん。やっぱり気付いていなかったのか。 「兄さんて結構多情ですけど、一度好きになったひとはずっと好きなんです。そのひとがどんなに酷いことしても、怒ったりすることはあっても嫌いにはなれないんです。それにすっごくしつこいから、多分一度や二度振っただけだと付きまとわれるとは思いますけど、それはボクがなんとか押さえますから」 「待て待て待て」 ロイが慌てて片手を上げて止めた。 「そ……そんなことは解らないだろう? あれはまだ子供だぞ?」 「………ボクも子供なんですけど」 「あ、ああうん、そうなんだが」 「情が深いんです」 アルフォンスは厳かに言った。 「多分兄さんは、一生大佐だけが好きだと思います、恋人という意味では」 「……………」 ぽかん、と見上げていたロイは頭痛を堪えるかのように俯き、ゆっくりと片手で額を覆って呻いた。 「………参ったな」 「すみません」 「君に謝ってもらうことじゃない」 「でも、すみません。兄さんが告白するって言った時、迷惑だからやめなよってちゃんと止めてあげればよかったです」 「………告白するときから君には話が筒抜けだったのか」 「まさか大佐が了承するとは思いませんでした」 「了承したと言うか、なし崩しと言うか……」 もう一度「参ったな」、と呟いたロイを、アルフォンスは首を傾げてじっと見下ろした。 ………よかったねえ、兄さん。 見下ろす先の、黒髪から僅かに覗いた耳が赤い。 このひと、やっぱり兄さんのことが好きなんだよ。 こうやってたくさん悩んでくれて、こうやって将来のことを考えてくれて、こうやって嬉しくて困ってしまうくらいに、とても。 アルフォンスは眼を細めるようにして僅かに視界を絞った。 ああ、そうですね、大佐。取られたとは思わないけどちょっと寂しいや。 アルフォンスは内心で微かに溜息を吐く。 (ああ、ボクも恋人が欲しいなあ) それはもちろん、可愛い女の子の。 見下ろした先の大人は、まだ顔を上げない。 コーヒーを淹れてあげればよかったなあ、と、アルフォンスは大人を見つめながらちょっと思った。 |
1<<
■2004/6/27 次に来るまでの数ヶ月の間ずっとぐだぐだになられるとボクが大変なのでどうにかして下さい大佐。
がアルフォンス君の正直な気持ち。(おい)
■NOVELTOP