「……………つまりケンカしちゃったと」 「そう言われると身も蓋もない」 いつものように逢瀬の様子を一部始終聞かされて(話したいなら聞いてあげるけどほんっとお願いだからベッドの中のことは省いてほしいんだけど兄さん)、アルフォンスはベッドに突っ伏し落ち込みモードから回復しない兄にかしゃん、と小さく音を立てて首を傾げて見せた。 「でも、大佐って兄さんの恋人じゃなかったの?」 「………恋人なんだけど」 「でも恋人ごっこなんだよね」 「………そうなんだけど」 「今までもごっこだったってこと?」 「………多分今まではごっこですらなかったってことなんだけど」 「不思議なんだけど」 アルフォンスは脱ぎ散らかされていたエドワードのコートを拾い、膝の上でたたみながら続けた。 「好きでもないのに、男のひとが兄さんの酔狂に付き合うものなのかなあ?」 「酔狂って言うな」 「あ、ごめんね。でもそうでしょう? だってさ、もし兄さんが男のひとに好きだって告白されて、そのひとが好きなひとじゃなかったら、兄さん付き合ったりしないでしょう」 「するか! 誰が男なんかと」 あなたの想い人は女のひとじゃないんですけど。 胸のうちの突っ込みは話を混ぜ返すだけなので胸の内だけで入れることにして、アルフォンスは「だよね」、と頷いた。 「なら、どうして大佐は兄さんに付き合ってくれてたんだろうね。もう……えっと、1年以上になるよね。……兄さんが大佐が好きって言い始めてからだと2年くらい?」 「………知らねーよ。子供だと思ってバカにしてたんだろ」 「もう、ちゃんと考えて!」 乗りたくもない相談に乗ってあげてるんだから、とはさすがに言わず、アルフォンスは兄が懐いている枕を取り上げた。不満げな視線がついてくる。 「……甘やかされてたんだと思う」 渋々、と言った調子でごろりと仰向けに転がり、天井を見上げてエドワードは唇を曲げた。 「凄い子供扱いされてたし」 「普段は全然そんなことないのにね」 「嫌みったらしいよな」 アルフォンスはもう、と肩を落とした。 「二人っきりのときは甘やかしてくれるんでしょう? それは嫌みじゃないよ、兄さん」 「じゃあなんなんだよ」 どうして解んないんだろうなあ、このひと。 「好きだからに決まってるじゃない。兄さんを好きだから、甘やかしてくれるんだよ。優しくしたいと思わなければ優しくしてはくれないよ。大佐は優しいところもあるひとだとボクは思うけど、でも意味もなく優しくしてくれるひとじゃないと思うよ」 「………でも好きって言ってくれない………」 ああもうバカ兄。 こちらに背を向けて愚図愚図といじけているその頭を張り飛ばしたい衝動に駆られながら、アルフォンスは忍耐強く続けた。 「どっちかと言えば好きだって言ってくれたんでしょ」 「それは好きじゃねーだろ。愛してるとか嘘吐かれるより好きだって言ってくれたほうが嬉しいのに」 「それって嘘なわけ?」 「嘘に決まってんだろ」 「嘘だって言ったから?」 「そうじゃなくても嘘だ」 ごろり、と寝返りを打ち、エドワードはアルフォンスを見上げた。 「それに、ほんとに愛してるとか言われても困るし」 「……どうして?」 「オレが愛してるのはお前だから」 「なに言ってんの。バカじゃないの」 「バカじゃねーよ。信じてねーのか」 「そういう意味じゃないよ。ほんとバカだよね」 アルフォンスは深々と溜息のような声を出した。馬鹿な兄を持つと辛い。 「どうしておんなじ気持ちを求めるのかなあ、兄さん。兄さんは大佐が好きなんでしょう? ならそれでいいじゃない。大佐がどんな風に兄さんを好きだって関係ないよ。兄さんを好きでいてくれて、大事にしてくれるんだからそれで構わないでしょ」 「………でもオレは言って欲しかったんだ!」 我が儘だなあ、とアルフォンスは再び溜息のような声を出す。 「そんなだから大佐を怒らせちゃうんだよ。悲しかったのかもしれないけど」 エドワードは眉を顰めた。 「悲しい?」 「好きなひとに気持ちを疑われたら悲しいでしょ」 エドワードが黙った。アルフォンスはかしゃん、と首を傾げる。 「………そう思わない?」 「……でもアイツ、意地悪だ。なにもあんな風に言わなくても」 「兄さんってほんとに大佐に甘えてるよね」 甘やかしてる大佐にも責任はあるとは思うけどさ。 「ね、兄さん」 「……………」 「悪かったなって、ちょっとでも思ってる?」 「……………」 「可愛がってた猫が死んじゃって寂しいなあって思ってるひとに、バカなこと言っちゃったなって思ってる?」 「………ちょっと」 「慰めてあげなきゃいけなかったのに試すようなこと言っちゃって、怒らせても当然だなって思ってる?」 「いや、お前に会いたかったのは本当だから」 だからって口に出すなよ。 アルフォンスは「兄さんてバカ正直だよね」とだけ言って、兄の腕を掴んで引いた。 「じゃ、行こっか」 「どこに」 「東方司令部。資料室見せてもらわなくちゃいけないでしょう? ボク、今日は兄さんは大佐のとこの書斎見せてもらってくるんだと思ってたから図書館に行こうと思ってたんだけど、せっかく帰って来たんなら司令部に行こうよ」 思い切り嫌な顔をしたエドワードに兄の弱い角度で首を傾げて、アルフォンスは「ほら早く」と急かした。 「ついでに大佐に会って、ちゃんと謝るんだよ、兄さん」 「………それはヤだ」 「我が儘言わない。今謝らなかったら次会えるのはいつになるか解らないでしょ」 「でもなんか気まず……」 「ケンカしたんだから気まずいのは当たり前だよ」 ていうか気まずいひとと同じベッドで寝てこないで欲しいんだけど。 「ほら、さっさと起きて」 「……えー」 「えーじゃないよもー」 「けど」 「しつこい」 「でも」 「兄さん」 アルフォンスは再び首を傾げる。 「怒るよ」 「すみません今顔洗います……」 ああもう世話が焼ける。 ベッドから飛び降り慌てて洗面所へ向かった兄を見送って、アルフォンスははー、と溜息を吐いた。 「あ、マスタング大佐!」 ハボックを従えて廊下の向こうを歩いている目指すひとを見付け、アルフォンスは慌てて呼んでがしゃんがしゃんと駆け寄った。 「こんにちは、お久し振りです。ハボック少尉も」 「や、アルフォンス君。元気だったかね」 「よ、アル。大将はどうした?」 「兄さんは資料室に。……あの、大佐」 仰ぎ見た顔の、黒髪に半ば隠れた左のこめかみから頬骨に掛けて白く清潔なガーゼが貼られている。笑みに細められた左目の白いはずの部分は凝固した血で褐色に汚れていて、アルフォンスは自分のことでもないのに痛いような気がして肩を竦めた。 「その、怪我なんですけど」 「ああ、ちょっと転んだんだ。大したことはないよ」 ちらり、とこちらを見上げたハボックが、「らしくないよな」とでも言うように肩を竦めたのにかしゃ、と小さく首を傾げて、アルフォンスはロイへと向き直る。 「あの…大佐。ちょっとお話があるんですけど」 「うん?」 「お仕事が済むまで、ボク、待ってますから」 「いや、構わんよ。今日は中尉もいないし、急ぎの仕事もないし」 分厚い書類を抱えたハボックを従えながら言うロイに、アルフォンスは慌てて両手を振った。 「いえ、ほんとに待ってますから! お仕事先にしてください」 「いいからいいから。鋼の抜きということは内緒の話かね?」 妙にうきうきとアルフォンスの腕を掴んでずるずると引っ張って行くロイに、呆れた顔をしたハボックが慌てて追い掛けて来た。 「ちょっと大佐、仕事どーすんです! 明日中尉が出て来たら叱られますよ」 「大事を取って2、3日休めと言ってある」 「……んなこと言っても、あのひとが2日も3日も休むわけないでしょう」 「大丈夫大丈夫」 根拠のない保証に、ハボックはアルフォンスに顔を寄せて「このひとサボりたいだけなんだぜ」と囁いた。 アルフォンスはあはは、と困った声で笑う。 「ホークアイ中尉はどうされたんですか?」 「うん、ちょっと風邪をこじらせたようでね。今日も熱が下がらないようなんだ」 「あ、そうなんですか……心配ですね」 「まあ、中尉はちょっと働き過ぎだからね。ちょうどいい休暇だよ」 誰のせいで働き過ぎてるんですか。 ぎい、と大きく扉を軋らせて開き、アルフォンスをずるずると引っ張ったまま執務室へ向かったロイはハボックを指差した。 「ああ、少尉。話が済むまで誰も近寄らせないように」 「コーヒーはどうします?」 「飲みたくなったら勝手に淹れる」 「イエッサ。済んだらさっさと仕事してくださいよ。あんたが終わらんと俺ら帰れんのですから」 「解った解った」 いい加減に手を振って、ロイは執務室の扉を開く。こちらは軋みもなく開き、アルフォンスの背後でやはり軋みもなく閉じた。 |
>>2
■2004/6/27
■NOVELTOP