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 いつもの通りだ、と思った。
 足を持ち上げ身体を折り曲げた酷く苦しい姿勢なためかしれっとした口調で軽口を叩くことこそないが、時折息を詰め吐息を洩らす他は快感の欠片のようなものはその喉から洩れることはない。
 エドワードは義手を伸ばし、指の関節に癖のない黒髪を挟まないよう注意しながらそっと掻き上げた。ロイは薄く開いていた瞳を閉ざし、僅かに顔を背け眉根を寄せた。汗で張り付いた髪がぱらぱらと落ちる。
「…………大佐?」
 酷く角度を変えたわけでもないのにほんの僅かに見せられたその苦痛に似た表情に、エドワードは鋼の義手を頬に添える。微かに詰められた息。
「どうしたんだよ…なんか、嫌だった?」
 ゆるり、と持ち上げられた腕が義手を掴む。は、と短く息が洩れた。
「………温度が、」
「え?」
「これの温度と臭いが」
「………ああ」
 エドワードは義手の手首を掴まれたままゆっくりと頬を撫で下ろし、首に指を掛けた。暗闇色の眼が批難するように睨む。エドワードは薄く嗤った。
「これもオレの手なんだけど」
「……知って、る」
「じゃあ我慢して」
 一瞬困惑したような、探るような眼がエドワードを見上げた。しかしすぐに疑惑の色を消し、ロイは両腕を伸ばしてエドワードの首に絡め口付けを求めて引き寄せる。求めに応じて身を屈めると、体勢が変わったためかロイはほんの微かに呻いた。
 エドワードはその呻きごと呑み込むように口付ける。長くしなやかな腕が僅かに背に降りた。
 と、思った瞬間。
「イテッ!?」
 強く肩を掴まれ上体が固定された。意外なほど柔軟な身体がバネのように縮み、片足で胸を蹴り飛ばされて強制的に体内から排除されたエドワードはシーツの上へと仰向けに転がる。
「ッにすんだ………て、え?」
 にんまり、と嗤った顔が頭上にある。仰向けに寝転がったエドワードを跨いで見下ろしたロイは、乱れた息を整えながら笑顔のまま前髪を掻き上げた。前髪を上げたその顔はいつもの童顔とはどことなく違って、エドワードは口の端を引き攣らせた。
「え、ちょ、な、なに?」
「私はね、どちらかと言えば被虐よりは嗜虐のほうが好みでね」
「いや、それは知ってるけど」
 ほう、とロイは皮肉げに唇を歪めた。ゆっくりとエドワードの両の掌に自らの掌を重ね、体重を掛ける。
「その割には随分と私の嫌がる顔が見たいようじゃないか。君もいい加減サディストだな」
「オレは変態じゃねェ!」
「解っているよ。まあ男を組み敷いているんだ、征服感もひとしおだろうしそれが悪いとは言わないさ。私は御免だが」
 上体が伏せられ胸が触れ合う。顎の付く位置に置かれた顔はまだ怖いような笑顔で、エドワードは不吉なものを感じると同時にぞくぞくと快感が駆け上るのを感じた。
 
 なんでこいつの顔ってこんなにやらしいんだ。
 
 ロイはくっく、と喉を鳴らして笑い、左手を機械鎧の右手と指を組み合わせて握り込んだ。
「さあ、これでこの右手で無茶をしようとすれば私の指が折れる」
 エドワードはぎょっとして思わず上体を起こし掛けたが、どう体重を掛けられているのか撥ね除けることが出来ない。
「自分を人質にするなんて狡ィぞ!!」
「君が悪戯をしようと考えなければいいだけの話だ。大人しくしていたまえ」
 ゆっくりと上体を起こし、エドワードの腹の上に座り込んだ男のその湿った体温に煽られる。仰ぎ見る婉然とした微笑に眼が眩みそうだ。
「くっそ、……アンタの顔ってぜってーやらしい」
「君くらいだな、そんな馬鹿なことを言うのは」
 言いながら、後ろ手にエドワードの下肢へと指を這わせたロイは苦笑のような笑みを浮かべた。エドワードは顔に血が昇るのを意識しながらむくれる。
「君……」
「しょーがねーだろ! ついさっきまで挿れてたし! アンタの顔見てたらすげードキドキしちゃったんだから!」
「はは、それは光栄だ、と言っておくべきなのかな」
 後ろ手にくすぐるように下肢を撫で、ロイはふと首を傾げた。
「充分か」
「………なにが?」
「まあ、見ていろ」
 そりゃアンタの指を人質に捕られちゃ見てるしかないですが、と見上げたエドワードの視界でロイが膝で立ち身体を浮かせ、僅かに退る。エドワードは眼を瞬かせ、俯いたままふう、と小さく深く息を吐いたロイの意図を察して思わず飛び起きようとした。
「ちょっと、待っ……!」
「───ッつ、」
 ぎしり、と握り込んでいたロイの左手が軋む。その苦痛の表情に、エドワードの意識が完全に手に向けられた。その隙を突き、下肢を握り込んだロイが腰を落す。
「────ッて、ちょっ……と、大佐………!」
「………ッ、」
 ふ、と短く息が洩れた。俯いた顔は落ちた前髪に隠れてほとんど見えてはいないが、強く眉根を寄せ固く眼を瞑った苦痛に似た表情がちらりと覗く。
 ぱらぱらと汗がエドワードの腹へと散った。
「………は、…ァ………」
 息を吸うその音に、ほんの僅かに引き攣るような声が混じる。それだけでもう目眩がしそうだ。エドワードは首まで真っ赤に染めたままロイの所作を見守った。
「…………ッ、は」
 ばさり、と前髪を振り払うように顔を上向け、喉を晒してロイは大きく息を吐いた。
「つ……かれる、な、これ」
 答えず、ただ口許を左手で押さえて赤面したままじっと見つめているエドワードに、ロイは首を傾げた。黒い眼が濡れたように光り、汗の浮くきょとんとした顔のその目許と唇が鮮やかに朱を乗せる。
「どうした、鋼の………変な顔、して」
「…………鼻血出そう」
 ロイはくっく、と身体を揺らして笑い掛け、その振動が響いたのか眉を顰めて息を吐き、唇を笑みの形に歪めた。
「馬鹿」
「しょうがねェだろ……アンタがそんな真似するから」
 ヤられるかと思ったのに。
 ロイは艶めかしい眼をしたまま、どことなく勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「して欲しかったのか? 生憎子供を犯す趣味はないがね」
「子供の上に乗っかる趣味はあるわけ」
「君も楽しい、私も屈辱を感じずに済む、で、まあいい考えだと思ったん、だ、が」
 僅かに腰を揺らし、ロイは苦しげに眼を閉じ短い息を繰り返す。
「ちょ、っと、キツイ、かな」
「慣れねェこと、するから」
 馬鹿だなあ、と柔らかく笑って、エドワードはロイの左手を傷めないよう気遣いながら身を起こした。ロイは息を詰めて体勢が変わるのを堪え、生身の左手が背に回されるとほっと身体を弛緩させてエドワードの肩口へと額を落す。
 
 畜生、可愛い。
 
 三十路直前の男に思うことではないのだろうが、恋は盲目とは言ったものだとエドワードは思わず笑う。その震えに問うように向けられた黒い眼に口付けて、深く穿たれた体内へと突き上げた。驚いたように息を呑んだその呼吸に、ほんの僅かに悲鳴じみた声が混じることに煽られる。
 
 喘ぐのなんか嫌だとか言ってた癖に。
 
 逆効果だろ馬鹿大佐、と口の中で呟いて、エドワードは力を失っていた左手からするりと機械鎧を抜いた。既に背に回されていた右手に加わり、左手が掻くようにエドワードの膚へと滑る。
 突き上げるたびに微かな悲鳴と共に息を呑み、強く眼を閉じたまま肩へと額を預けるロイの、それでもその爪はエドワードの背を傷付けることはない。指が背を彷徨い力を込めて肩を掴むことはあっても、ロイは決して爪を立てることはしない。
 どれだけ大切にされているのかが解ると同時に、それだけ子供扱いされているのだと思うと少し寂しい気持ちにもなる。
 エドワードの気持ちは恋だが、ロイの気持ちはきっと庇護欲でしかないのだ。
 
「………な、大佐」
 猫か犬が頭を擦り付けるように動き、ロイは開いた瞳でエドワードを見た。表情の抜けた、疲れたような眠いような弛緩した顔はわずかに紅潮している。薄く開かれた唇から洩れる息が熱い。
 エドワードは微かに笑った。
「ヒデェ顔」
「………君こそ」
「アンタくらいやらしー顔してる?」
「発情期の、動物の顔、かな」
「どんなだよ」
 はは、と声を上げて笑い、エドワードはロイを抱き締めた。
「な、大佐。……アンタさ、オレのこと、好き?」
 長く溜息が洩らされた。ロイはゆるりと眼を閉じる。
「好きでもない男に、普通こんなことはさせないと思うんだが」
「そういうのをはぐらかしてるって言うんだよ」
「………それは失礼」
 汗で湿った背をゆっくりと生身の左手で辿る。機械鎧の右手はそっと首筋に添えたままだが、ロイが嫌がらないのでエドワードはそのまま温度を感じないその指の先でゆるゆると髪を撫でた。
「………愛しては、いない」
「うん、知ってる。オレもアンタを愛しちゃいない」
「知ってる………」
 だろうね、と呟いて、エドワードは自身を呑むそこを左の指でぬるりと撫でた。びくりとロイは肩を揺らす。
「なあ、好き?」
 年上の恋人は言葉を紡ぐ時間を稼ぐように、ゆっくりと息を吐いた。
「言って欲しいのか……?」
「嘘なら言わなくていい」
 ふ、と唇が笑みの形を刻む。
「なら、言わない」
「好きじゃないんだ」
「………二択で言うなら、好きだ」
 以前聞いたようなことを言うロイに、エドワードはちぇ、と舌打ちをした。
「オレが告白したときから全然変わってないわけだ、アンタの気持ち」
「いや」
 驚くほどクリアな声がきっぱりと否定する。思わず顔を見ようとしたエドワードは、強く抱き締めた長い腕に固定されて熱い肩に顔を押し付けた。
 心臓の音がする。
「身体を合わせれば情は湧くよ、勿論。………だが、鋼の。私は君を縛り付けるつもりは毛頭ないんだ」
「縛り付けるって」
「君は去りたくなったときに去ればいい。以前通り、元通りの距離まで」
「その件については何度も言ったけど」
 エドワードは低く声を落す。
「オレは本気で、アンタのことが好きなんだ、けど」
「解っている。けれど心変わりというものは今この時には解らないものだ」
 エドワードは僅かに黙る。
「………もし何年かして、オレが別の誰かを好きになるとしても、今はアンタのことが好きなんだ。だったら聞かせてくれてもいいだろ」
 ふ、と笑みが鼓膜をくすぐる。
「私が君を好きで、君を離したくないのだと言えば、君はそれに縛られるだろう」
「そんなことねェよ」
「言霊という概念を知っているか」
「……………。……言葉にある呪力」
 エドワードは呆れた息を吐く。
「大佐。それじゃ言ってるのと同じだぜ?」
「そうかね?」
「そうだよ。アンタ、オレのことが好きなんだな」
 くっく、と僅かに肩が震える。
「自惚れたければ自惚れたまえ」
「自惚れじゃねェよ。アンタはオレが好きなんだ」
「それを自惚れ、と……ッ」
 唐突に突き上げた衝撃にがくん、と揺れた肩を支え、エドワードは繰り返し突き上げながらロイの下肢へと義手を伸ばした。僅かに顔を歪めたロイは、止めることはせずにエドワードの首へと両腕を巻き付ける。
「………好きだよ、ロイ」
「調子に乗る、なよ……鋼の」
「名前で呼べよ」
「………本当に君、は、笑わせてくれるよ、な」
 ふっ、と呼吸の合間に本当に笑って、ロイは高揚した笑みのままエドワードの額へと己の額を付けた。金の瞳を覗く暗闇色の眼。
「どこの夢見る乙女、だ、……君は」
「ッさいな。好きな相手の前では、バカなモンなんだよ!」
「…………ッ、…ははっ」
 強く突き上げてやるのにロイは乱れた呼吸の合間に楽しそうに笑った。いつもいつもこうやって笑われて、結局まだ一度も名を呼んでもらったことがない。
 
 ほんとにこいつオレのこと好きなのかな。
 
「は………あ、わ!」
 押されてぐらりと傾いた背に、ロイが間の抜けた声を上げた。そのまま仰向けに押し倒した瞬間僅かに洩れた甘い呻きを確かに聞き、エドワードはにやりと笑う。
「何、気持ちイイ?」
「いい、と、言ったろう、さっき」
「今言って」
「馬鹿か」
「オジサンと違って若いんでー」
 くすくすと笑って胸へと唇を寄せ、舌を這わせる。
「むしろオヤジの発想だ、それは」
 伝わってくる震えでまだロイが笑っているのが解る。
 
 なんとも色気のないことではあるけれど。
 
 まあこんなのもいいのかな、と考えて、エドワードはひひ、と笑い投げ出されていた恋人の掌へと己の掌を合わせた。
 
 無茶をすれば折れてしまう恋人の生身の指。
 決して爪を立てない恋人。
 
 エドワードは鼻先の鎖骨へと噛み付いた。途端伸びて来た指が金髪を掴む。
 怒られるのかと思っていたら、金髪を梳く指はそのままに、耳に心地いい低い声が鋼の、と呼んだ。
「……名前が無い感情でもいいじゃないか」
 エドワードは顔を上げてまだ微笑んでいるロイの眼を覗く。
「え?」
「恋とか愛とか、そんな分類が重要か?」
 僅かに息を詰めて片腕を支えに上体を持ち上げ、ロイは子供へ軽く口付けた。額を突き合わせた大人がにやりと嗤う。
「こうやって抱き合ってキスをして、それでも解らないなんて、本当、子供だよなあ、鋼の」
「───悪かったな子供で! 好きじゃねェヤツとだって出来んだろ、こんなの!」
 くっく、と喉を鳴らしてロイは笑う。首に腕が絡み付く。小さな身体にしがみつくようなその姿は多分端から見れば相当に滑稽なのだろうけれど。
「愛してるも好きだよも、ムードを盛り上げるための睦言にしたいのなら、幾らでも言ってやるが」
「演技ならいらねぇ」
「じゃあ、仕方がない」
「………なんかムカつくんだよな」
「まだ解らないのか」
「何がだよ」
 くく、と小さく笑う声が聞こえる。
「そのうち解る、んじゃないかな、多分」
 
 ああもう、腹が立つ。
 ちっとも解らない。
 
 あんまり腹が立ったので、エドワードは嫌がられることを承知の上で汗で濡れ体温を移して温まった機械鎧でロイの耳元を撫で上げた。
 ロイは僅かに首を竦め、またくく、と喉を鳴らして笑うと口許に寄った鋼の右腕に恭しくキスをした。
 
 ああ、もう。
 
 腹が立つ。

 
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■2004/6/11
甘露と睡眠不足と勝利のそれぞれとリンクしてるっぽい話。話の前半と甘露を組み合わせて考えると大佐が最後何言ってんのか解ったり解んなかったりしますがエド15歳には解りません。甘露のアルはものすごやる気なく思い付いたことを適当に言っているだけなので実はアルにも解ってません。しかし挿れっぱなしで長話なんかしてたら凄い疲れると思うんですけど大丈夫なのかこの人たち。

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