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 朝靄の中をあまり手入れの行き届いていない石畳を踏み、ロイはゆっくりと歩を進めた。目指す家の裏庭へ通じるアーチがぼんやりと見え始め、こんな早朝ではまだ眠っているだろうか、と考えながら急ぐこともなく道を辿る。
 やがてそのアーチの下に小さな人影を見つけ僅かに眉を顰めて歩を緩め、それが訪問先の家主だと気付きロイは慌てて足を速めた。
「アルフォンス!」
「あれ、神父さま」
 きょとん、とロイを見上げた黄みの強い茶の瞳が、人懐こく笑んだ。
「おはようございます、神父さま」
「おはようじゃないだろう、身体が冷えているじゃないか! ああ……こんなに湿って」
 にこにこと笑顔でいる少年の、白く血の気を失った唇が僅かに震えている。
 ロイは湿り気を帯びる金髪を掻き上げ、せめて熱を移そうとひんやりと冷たい頬を両手で包んだ。
「一体いつからここにいたんだ」
「あ……えーと、兄さん遅いなって思って……その」
「………昨夜からじゃないだろうな?」
 ええと、と誤魔化すように笑った少年に溜息を吐き、ロイはその小さな身体を抱き寄せた。
「昨夜も霧だったろう……まったく、こんなに濡れてしまうまで……風邪を引いたらどうする」
 体温に安堵するのかほっと息を吐きながら、アルフォンスはいえあの、ともごもごと呟いた。
「……すみません、兄さん、長話でもしたんじゃ」
「いや、こちらこそすまなかった。帰すつもりだったんだが、気が付いたら空が白んでいて」
「いえ! 神父さまのせいじゃないです!」
 ふるふると頭を振って少し黙り込み、アルフォンスはふとロイを呼ぶ。
「………あの、神父さま。兄さんから話を……」
「ああ、聞いたよ。……君たちと行くことにした」
 少年ははっとロイを見上げた。喜色に輝き掛けた笑顔は、しかしすぐさま気遣わしげに曇る。
「あの………ご迷惑じゃ」
「考えて決めたことだ。……君が気に病むことではないよ、アルフォンス」
「…………。……そうですか……」
 呟いて、アルフォンスは再びぽす、とロイへと抱き付く。
「アルフォンス?」
 心細げな仕草に優しく囁いて抱き寄せた背を撫でると、少年は静かに静かに、深い息を吐いた。小さな心臓が脈打つ音が、抱き寄せた背から、触れた胸から伝わる。
「神父さま、………血の臭いがします」
 ぎくり、と思わず強張った手にふっと眼を閉じて、アルフォンスはもう一度深い息を吐く。
「首のとこの傷も。……すみません、昨日神父さまが眠ってるときに、見えちゃったんです」
 答えに迷うロイに更に強く抱き付き、知ってるんです、とアルフォンスは囁いた。
「兄さんのこと」
「………兄が、どうしたと」
「一昨日から霧が凄いですよね。この時季にこんなに立て続けに霧が出るのなんて凄く珍しいって雑貨屋のミナさんが言ってたんですけど、でも、兄さんが帰ってくるときって大抵霧なんです、……どこの街でも」
 すり、と胸に付けられた金髪が動く。少年の頬の下に、ロザリオが挟まっている。
 その銀の冷たさを求めるようにもう一度頬を擦り付けて、アルフォンスは瞼を上げた。
「兄さんは引っ越すたびにボクの記憶を消していくんです。そうじゃないと、ボクが不審に思ってしまうから。……だって何年もずっと子供のままなんて、凄くおかしいでしょ?」
「………アルフォンス、君は」
「憶えていることはほとんどないんです。でも全部忘れてるわけでもない。……兄さんは、ボクが憶えていないものと思っていますけど」
 少年が僅かに身を離し、ロイを眩しげに見上げた。次第に高くなる太陽に、朝靄が無音のまま薄くなって行く。
「……ねえ、いいんですか、神父さま。ボクたち、神様に嫌われてる……化け物なんだ」
「………君は人間だ。だからこそ、私は」
「今は、そうです。人間に似てる。……でも、いつ化け物になってしまうかなんて解らない」
 真摯な瞳は揺れず、年に似合わぬ聡明さを乗せていた。兄の金の瞳にもなかった叡智をその茶の双眸に見出し、ロイは少年の額を撫でる。
「……君は、エドワードを化け物だと思うのか」
「はい」
 言って、ふと瞬きアルフォンスは苦く綻ぶように微笑した。
「けれどボクは、兄さんを愛してます。あのひとがどれだけ浅ましい汚らわしい存在でも……どれだけのひとを殺して来たのだとしても、それでも愛してる。兄さんが、ボクを棄てずにいてくれる限り───ボクは、あのひとの可愛い、無邪気で何も知らない弟でいたいんです」
 人間はあのひとの憧れだから、と少年は囁く。
「決して認めてはくれないだろうけれど……あのひとは夜の世界を何よりも愛しているけれど、それでも、昼と夜とに生きることのできる、神様に愛されてる人間に、とても……憧れてる」
「………その象徴でいようと、そういうのか」
 少年はこくりと頷いた。ロイは僅かに口を噤み、金髪を幾度も梳く。
「兄を慰めるためだけに存在しようと、そう言うのか?」
「それがボクの歓びです。永久に……子供のままで、ずっと、あのひとの愛しいアルフォンスでいることが」
 巣立ちなど訪れなければいい、と呟く少年を抱き寄せて、ロイはふっと門に絡ませた頭上の薔薇を見た。靄に濡れた朝咲きの一輪が、ひっそりと寂しげなアーチを飾る。
「……神父さま」
「ん……?」
 小さく小さく、少年が囁いた。
「秘密に、してくださいね、……兄さんには」
 ロイはうっすらと微笑み、身を屈めて少年の耳許で密談のように息を吹き込む。
「……薔薇の下だ、アルフォンス。………勿論だよ」
 笑みを込めた声でくすぐったそうに肩を竦めはい、と囁いた少年の、僅かに血の気の戻った頬に神父は微笑みをかたどる唇をそっと落とした。

 
 
 
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■2005/8/2

なんだかんだで大佐なので神父さん大変丈夫なようです元気なひとだ。吸血鬼えどわどさんが携帯ごはんに選んだだけあります(どんなだ)。

神父さんはSS大佐ベースですが兄さんは全然違うひとでした。アルはアルですがSSエドロイのアルではないかもしれない。
神父さんはきっと吸血鬼にはならないだろうなあ。ちゃんとじいさんになって死ぬんだろうなあ。でもいつでも貧血なのであんまり長生きしない気もする。
なんにしても心置きなくエドロイアル。

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