サンタ
きい、とかぎい、とか、同じ「きい」でも高いとか低いとか、ロイの家は古くてドアがみんな軋む。直してやろうか、と言った兄にロイはいつもの「そんなことに錬金術を使ってはいけないんだぞ」というセリフの代わりに、「天然のドアベルだ」と言って丁重にお断りをしたけれど、その意味はアルフォンスにはちゃんと解った(兄は怪訝な顔をしていたけれど)。
きい、と小さくちょっと高く鳴くのが兄弟の寝室で、ぎ、と短く低くバイオリンのように響くのが、ロイの研究室のドア。
そして今、ぎい、と軋んだその音程は玄関のドアの軋みだ。
お客さんだ、と瞼が開かないまま夢心地にアルフォンスは思う。ぽそぽそと小さく声がする。隣でひっついて寝ている兄の寝息よりも小さなその声が、何故だかはっきり言葉を成す(多分半分夢で補完していたのだろう、と数年後、少しばかり大人になったアルフォンスはそのときの記憶を思い返しては思う)。
「………飛行機が、」
「ああ、向こうは吹雪でね。大分遅れたが、こちらは晴れていて良かった」
「いや、朝方からまた吹雪くらしいですよ」
「それは参ったな。午前中の便に乗らなければならんのに」
「いつもながら忙しないですね、教授」
「いずれあちらへ行く機会はあるだろうから憶えておくといい。あちらのクリスマス休暇が長いというのは嘘だぞ、君。騙されるんじゃないぞ」
くつくつと笑う声に、きしきしと大人が歩くときだけ軋む廊下が、ロイが歩くそのときよりも重く響いた。ヒューズよりもまだ重い。
この音で廊下を軋ます人物を、アルフォンスはひとりしか知らない。
きい、と、小さくちょっと高く音が響いて、瞼の裏に薄く光が透けた。
「………よく眠っているな」
「もう3時ですからね。でも今日はたっぷり眠ったはずだから、あと2時間もすれば起き出してきますよ」
「残念だ、すぐに車を走らせて朝一で研究所に顔を出さねばならない」
「起こしますか」
「いや、」
僅かに、苦笑のような息と、大きくかさついた指の感触が額に。
「エドワードが怒りそうだ。また今度ゆっくりと時間がとれるときにしよう」
囁く声と、大きな温かな掌が頬を撫で、瞼に触れた唇と───髭、の感触。
「───サンタが来たと言っておきましょうか」
くっく、と苦笑のように低い声が笑った。通りのいい、耳障りのいい、なのに不思議と胸を騒がす、そんな声だ。
「俺がサンタか」
「サンタでしょう?」
靴下に入り切りませんよ、それ、と笑みを込めたロイの声が囁きながら遠のいて、低い声が何かを答えたようだったけれど。
きい、と再びドアが軋んでぱたんと乾いた音を立てて閉じ、再び真っ暗になった瞼の裏に引きずられてアルフォンスはゆっくりと眠りの世界へと戻った。
翌朝夢現で聞いたロイの言葉通りに朝5時にぱっちり起きた兄弟は、枕元においてあった『暖炉の前に』と書かれたメッセージカードを握り締めて居間へと飛び込み、火の入っていない暖炉の前に置かれた大きな包みに目を丸くした。
ツリーないもんね、と顔を見合わせばりばりと包みを解くと熊のぬいぐるみと新しいコートと角が金属で補強された最新の錬金術書がそれぞれに箱に収められていて、そのいまいち一貫性のないプレゼントに首を傾げながら寒い居間で真新しいコートを羽織りぬいぐるみを放り出して錬金術書を開いた兄弟は、朝も遅くなってから起き出して来たロイにすっかりと冷えた頬をつままれ叱られ、結局くしゃみが止まらなくなって、その日一日をベッドで過ごす羽目となったのだった。
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