雨の日ひよこ  


 

 
「ただいまー」
「あれ、兄さん帰ってきたの」
 ホテルのベッドに寄り掛かり床に足を投げ出して本を読んでいたアルフォンスの言葉に、エドワードは眉を寄せた。
「帰ってきちゃ悪ィのかよ」
「だって、大佐のとこに泊まるのかと思ったから」
「泊まるって言ってねーだろ」
「大佐寂しがらなかった?」
「別に。あいつのあれって単にポーズなんだから、お前が気にすることねえよ」
「ポーズって……」
「ふりしてるだけ。別に寂しくもなんともないの、オレがいてもいなくても」
 そんなことないと思うんだけど、と呟きながら、アルフォンスは抱えてきた包みをばりばりと破き始めた兄に首を傾げて四つん這いでがしゃがしゃと近付いた。
「なにそれ?」
「ん、ちょっと立て、アル」
 首を傾げながらもアルフォンスは言われた通り素直に立ち上がる。その弟を見上げ、両手を伸ばし片目をつぶってなにやらサイズを測っているらしい兄の表情は真剣だ。アルフォンスはローテーブルに広げられた中身を見た。
「カッパ?」
「ん、間に合うな」
「何が?」
 数着の雨具に首を傾げる弟にうんまあ見てろ、と言い置いて、兄はぱん、と両手を合わせた。ばりばりと錬成光が走り雨具が分解されていく。
 かと思えば再び構築された防水されたその布地は、一枚の大きな雨具に変わっていて。
「骨董屋とかなら甲冑保護用の外套とかあるかもとは思ったんだけどさー、さすがにそんな時代物羽織って歩くわけにも行かねえし、そんな古いもんでどこまで雨防げるかも解んなかったからさ」
 ほら着てみろ、と爪先立ちしても引き擦る、兄ならば三人くらいは詰め込んでしまえそうなその雨具にアルフォンスはぽかんとした。
「……え、なに、ボク用?」
「他に誰が着んだよこんなでっかいの。傘だとお前、頭しか被れねえしさ、こいつが一番だろ」
 言ってほら、と無理矢理肩に着せ掛けようとする兄から雨具を受け取り、アルフォンスは袖を通した。ぱちんぱちんとボタンを留めて、そういえば衣服状のものに袖を通すのなんてどれだけぶりだろう、と少しばかり感動する。
「………凄いや兄さん、ぴったりだ」
 最後の仕上げにぽふ、とフードを被り、アルフォンスはうきうきと既に陽の落ちた、鏡と化した黒い窓を覗き込んだ。暗い鏡の中にはまるで子供のように明るい黄色のレインコートを着た、巨大な鎧が立っている。その妙にアンバランスな様が愛嬌があって、アルフォンスは口元に両手を当ててくすくすと笑った。
「ねえねえ、似合う?」
「おう、似合う似合う」
「ほんと?」
「ほんとだって。嘘吐いてどうすんだ」
 えへへへ、と照れ笑いをし、アルフォンスはくるりと回ってみせる。
「凄いや兄さん!」
「大したこっちゃねえだろ」
「でも凄い! 凄い嬉しい」
 ありがとう、と笑う弟にこちらもに、と照れた笑いを見せ、エドワードは黄色いてるてる坊主を頭から爪先まで眺めた。
「……長靴も履ければいいんだけどなあ、おんなじ色のやつ」
「あは、面白いねえそれ。雨の日仕様の鎧」
「冬になったら雪の日仕様だ」
「え、なにそれどんなの?」
「もこもこのマフラーまいてだなー……」
 楽しげな兄弟には、まだ止まない雨の音も聞こえなかった。

 
 
 
 
 

■2006/3/5

その後。
まあやることはやって帰ってきてるわけですが。

初出:2005.07.16
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お題deエドロイ
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