「上手いものね」 「師匠のところで手伝わされてますから」 でもじゃがいもの皮むきしか出来ないんです、と真剣な表情でナイフを動かしている少年に目を細め、リザは切り終わった野菜をボウルに移し椅子を引いた。組んだ腕をテーブルに乗せてじっと少年の所作を見守る。 「できた!」 「お疲れ様」 きらきらと目を輝かせて満足げに戦果を眺めたアルフォンスは、はっとしたようにリザを見上げ見られていたことに初めて気付いたのかかあっと頬を薔薇色に染める。その鮮やかで健康的な色は不純物の少ない透くような肌の子供特有のもので、リザは自然とほころぶ頬をそのままに、そっと立ちあがってテーブルを回った。丸椅子に座りこんだままのアルフォンスがぱちぱちと瞬きながら見上げる。 「アルフォンス君」 「………はい?」 「抱きしめてもいいかしら」 「え………ええっ!?」 少年は再び鮮やかに赤面するとわたわたと両手を泳がせ誰かに聞かれでもしなかったかと言うように慌てて辺りを見回した。大して広くもないキッチンには当然誰の姿もなく、その慌てる様にリザは笑う。 「嫌?」 「い……いやじゃ、ないですけど……」 「そう」 ひとつ肯きリザが腕を伸ばすと、アルフォンスは膝に両手を当て腕を突っ張らせてぎゅっと目を閉じた。リザは緩やかにその少年を胸に納める。 ひしと抱きしめた両腕は徐々に力を強めて行き、アルフォンスはぱちぱちと瞬いて横目でリザを窺った。 「リザさん……?」 「よかったわ、アルフォンス君」 「え」 「元の身体に戻れて、よかった」 「─────、」 「また会えて嬉しいわ。………准将を訪ねて来てくれて、ありがとう」 身を離し、けれど両の手でアルフォンスの肩を支えたまま微笑んだリザに、アルフォンスは唇を震わせた。何か言うべきだ、と思うのに、言葉が出ない。 ───ああ、このひとにとっては。 (鎧のボクと、今のボクは) ひと続き、なのだ。別の人間ではないのだ。 もちろん今のアルフォンスがリザを覚えていないことは承知しているのだろう。鎧であったこともなく、その点ではロイにとってと同様、リザにとってもかつてのアルフォンスとは異なる存在ではあるはずだ。 それでも尚、ごく自然に、彼女は言うのだ。 かつて鎧の姿だった少年に、その悲願の達成に、よかった、と。 ひとの姿のアルフォンスに、会えて嬉しい、と。 ふわ、と眼前が曇る。瞬きをするとはらはらと頬を産毛が触れていくような感覚があって一瞬だけ視界は晴れるが、すぐにすうと窓が曇るように滲む。 「アルフォンス君」 その顔はよく見えなかったけれど、とても優しく名を呼んだリザが再びアルフォンスを抱き締めた。先程のような強い抱擁ではないもののその温かな体温に、アルフォンスは知らず知らずにしがみつく。 「……………ッ、ザ、さ……」 「あなたに会えてとても嬉しい」 「リザさ………!」 「改めて、初めまして、アルフォンス君」 わたしはあなたが大好きよ、と、囁く言葉は優しさと喜びに満ちていて。 (ボクは、ボクだ) かつて鎧だった、今はその未来を持たない、以前とは違う、けれど確実に───父と母と兄の血に連なる。 アルフォンスは母にそうするようにリザに強くしがみつき、声を上げて泣いた。 涙に熱く火照る瞼の裏で決してアルフォンスを映そうとしない漆黒の双眸がちらつき、涙に溶けゆっくりと和らいでいく心にぽつりと染みを落とした。 どうして今、この安堵の時にその眼を思い出すのかと、アルフォンスは酷く静かに不思議に思った。 |
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■2006/3/9 初出:2004.12.04