師匠に仰せつかった買い出しから汗だくで帰ってくると、家の中が妙によそよそしい空気に満たされていて、いつもの騒々しい熱気がなかった。 なにかおかしい、と首を傾げてアルフォンスはいつもは開け放たれている師匠の寝室や、店への扉が閉じられていることに気付く。窓は全開のままだが、お使いに出る前には開けられていたレースのカーテンが引かれていて、温い風にゆらりゆらりと揺れていた。 ああ来客なんだな、とひとり頷いて、アルフォンスは幾分か足音を落としてキッチンへと向かう。 「アール? 帰ったのかい?」 「はい!」 ダイニングテーブルへと戦利品を並べながら反射的に姿勢を正して小気味よい返事を返し、アルフォンスは慌てて師匠の声の掛かった居間へと足を向けた。 「ただいま帰りました」 「おかえり。ちょっとこっちにおいで」 ちょいちょいと手招く師匠の向かいのソファの背もたれから、頭がひとつ覗いている。師匠の旦那に合わせて造られているソファにほとんど埋もれてしまっているその頭は客人のものだろう。 客に紹介されるのか、とアルフォンスは内心で首を捻りつつ、手招かれるままにソファの背後を抜けて師匠の側へと寄った。師匠は眼で正面の客人を示す。 アルフォンスは真っ直ぐに、その黒髪の人物を見つめた。黒い眼帯が左目をすっかりと覆い、痩せた身体に暑い盛りの南部だというのに長袖のシャツと暗色のジャケットをきちんと着込んでいる。ソファに立てかけてある質素ながらも洒落た杖が飾りでないのなら、足も悪いということだろう。 事故にでも遭ったのかな、とアルフォンスは瞬いて客人を見つめた。 薄く、ひとつしかない黒い瞳に笑みが浮く。 「アルフォンス・エルリック?」 「はい」 アルフォンスは頷き、まじまじとその人物を見つめた。 年齢はよく解らない。十代後半から精々二十代半ばにしか見えない顔立ちだが、その眼や表情に浮くどこか疲れた笑みは見た目よりも十も二十も上の人間のものにも思えた。 南部ではそう珍しくもない黒髪に黒い瞳だが膚は顔色を青白く見せてしまうほどに体色が薄い。ただその細い眼は師匠であるイズミやこの家の主であるシグに似通っていて、南部の血は少なからず混じっているのだろうな、とアルフォンスは内心で頷いた。 (………何をしているひとなんだろう) 知性を感じさせる顔立ちや細い肢体からは暴力のにおいはなくて、学者や教師だと言われればああそうなのかも知れないとも思うが、肘掛けに置かれた手は意外に使い込まれていてごつごつと骨張っている。力仕事をする人間の手だ。もしくは、日頃から身体を鍛えている人間の、手。 そんなことを考えていたアルフォンスをこちらもじっと観察していた客人は、ふっとほろ苦く頬を崩した。 ふいに、胸にちくりと甘い痛み。 「久し振りだな、アルフォンス。と言っても君は憶えてはいないようだが」 胸の疼きに気を取られていたアルフォンスは、ひとつふたつ瞬いて、それから「え、」と小さく呟いた。 「あの……」 「私はロイ・マスタング。アメストリス国軍准将だ」 |
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■2006/3/9 アニメ最終回の最後に残された設定がロイアルするには物凄い萌えなものだったという。ありがとうアニメ。最高だ。昼メロですよ!(笑顔)
初出:2004.11.15