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「いや、これが大佐なのかと思ったら急に可愛くなって」 「………はあ? 何気持ち悪いこと言ってんだお前」 「気持ち悪いってなー……」 そう言えば大佐って、男に惚れられるなんて夢にも思ってなかったんだよなあ。 ふいに意地悪な気持ちが沸き上がった。 オレはにやりと笑ってロイに顔を近付けた。ロイは僅かに仰け反り距離を取ったが、横たわっているせいでそれ以上逃げられない。 「………なんだよ」 「うん、あのな。14年後のお前の恋人が、オレだっつったらどうする?」 「…………は?」 ぽかん、とオレを見上げ、それからロイは思い切り嫌な顔をした。 「有り得ない」 「んなこと言われても、事実だし」 「絶対嘘だ。つか、お前、ホモ?」 「ホモ言うな」 「寄るな変態」 「るっせーなー。襲うぞテメェ」 「………ッ、本気で退けッ! 気持ち悪い!」 「むかつく」 両の手がオレを押し退けようと頑張っているが、体重を掛けてやると支え切れずに潰れた。 「重い!! このデブ!!」 「機械鎧なんだからしょーがねーだろ」 のし、と思い切り胸の上に乗り上げて顔を突き合わせる。29歳の大佐よりも多分10センチくらいは背の低いロイは貧弱な身体も相まって、オレの身体でも易々と押さえ込めてしまう。それでも軍人の技術があればあっという間にひっくり返されてしまったのだろうが、生憎こいつはただのガキで、戦闘のエキスパートになるための訓練は受けていない。 なんだか新鮮で、オレはちょっと浮かれ、それからふと閃いた。 こいつの素性を確認する方法があった。 「うわ…ッ!? 止せ、バカッ!! 変態!!」 「るせェよ、ちょっと確認するだけだ」 体術のたの字も知らないらしいロイを押さえ込むのは簡単で、じたばたと暴れはするもののまったくオレの下から抜け出せないのをいいことにシャツを捲り上げズボンを僅かに引き下げる。 「なんにもしねェから安心しろ。ガキ犯す気はねーから」 低く囁いてやると抵抗は止んだが、それは安堵と言うよりは恐怖の結果のようだった。酷く強ばった身体を眺める。息が詰められ、不規則に胸が上下している。 見覚えのある傷跡はない。真っさらで綺麗なものだ。ただ一箇所だけ、子供の頃に木から落ちた跡だという小さく薄い傷が、大佐のものよりも大きく濃く腰骨の辺りに見える。それを確認してズボンのウエストを戻し、上半身をじろじろと眺めていくつか黒子を確認してシャツも下ろし、オレはまた薄い胸板の上にのしりと乗り、ロイの顔を眺めた。瞬きも忘れた見開いた黒い眼がオレの視線を迎える。 「怯えちゃって、かーわいーのな、お前」 くっくっと笑いながらからかう口調で言うと、ロイは青醒めた顔にかあっと血を昇らせオレを睨んだ。一文字に結ばれた口から怒声が飛び出ることはないが、ぎり、と歯軋りの音が聞こえる。 大佐も本気で悔しいときはこうするんだっけ、と考えて、オレはまた少し笑った。 「夢なんだろーなあ」 「…………現実であってたまるか!」 「オレ、ガキの大佐と会えるんなら現実でもいいや。なんか面白いし、ちょっと嬉しい。元に戻るの前提じゃなきゃ困るけど」 ふ、と、ロイが黙り込んだ。 「………なあ。さっきの話」 「うん?」 「その、お前が、……29の俺の恋人だって話だけど」 「ああ」 俺は僅かに苦笑して、ロイの額に掛かる黒髪を撫で上げた。機械鎧の感触と温度と臭いに、細い身体がびくりと震えた。 大佐はいつだって平気な顔でこの腕に大事にキスをしたり、冷たいと蹴飛ばしたりするから全然意識していなかったけれど、慣れない者には異様なものなのだ、とオレは改めて気付く。 こんな鉄の塊が自在に動いて額を撫でたら、そりゃあ怖いだろう。 オレは右手を退け、左手でロイの頬を軽くつまんでみた。ロイがほんの僅か、どこか痛むように眉を寄せる。オレは笑う。 「気にすんな。未来のお前のほうが酷いから。蹴飛ばすんだぞ、冷たいっつって」 「……………」 「オレがお前の恋人かって話だっけな」 見上げている黒い眼は薄く水の膜が張ったかのように滑らかで、窓からの光をいくつも映す。湖面のようなこの眼は、一体いつあの深い穴のような真っ暗なものに変わってしまうのだろう、とオレはぼんやりと考えた。 「嘘だよ」 「………は?」 「オレが大佐を好きなだけ。大佐はすげー女ったらしでさー、選り取り見取りなの。オレなんか相手にしなくても充分なの。だから安心しろよ」 ロイは訝しげにオレを見上げた。 「………んじゃ、さっき俺の身体じろじろ見てたのはなんなんだよ。黒子とか傷とかで同一人物かどうかを確認してたんじゃないのか」 オレは内心で舌を打った。さすがに聡い。 「前に軍のシャワールーム使ったときに見たのを覚えてたんだよ」 「………シャワールームでじろじろ他人の裸見てんのか、お前」 「しょーがねーだろ、好きな奴の裸なんだから」 「変態!」 「あのねー、その変態に惚れられちゃうんですよ、キミは。ご愁傷様ー」 「……話はぐらかそうとしてんのか? じゃ、もひとつ質問」 オレは首を傾げて「どうぞ?」と言った。それからあ、なんだかこれ大佐の真似みたいだ、と少し可笑しくなる。 なるほど、子供扱いってこういうことか。 「……なんでお前、俺と同じベッドで寝てたんだ」 「そりゃ……大佐の査定の準備手伝ってて、ちょっと寝ようってことになったんだけどベッドがひとつしかなかったから」 「だから抱き合って寝てたのか?」 酷く不快そうな顔で言ったロイに、オレはえーと、と呟く。 「……ほら、大佐ってなんかこう抱え込んで寝るときあるからさ。それでたまたまオレが横にいたから」 「29の俺はお前が俺を好きなことは知らないのか」 「し……知らないんじゃないかなー、とか」 ふーん、とロイは半眼になった。 「鈍いんだな、29の俺は」 「そ、そうだね」 告白するまでまったく気付かなかったんだし、と内心で言い訳がましく付け加えて、オレはロイの上から退いた。細く筋肉が貧弱なせいか大佐よりも体温の低い身体に性欲を覚えることはないが、その僅かに上るにおいがやっぱり大佐と同じように思えて、寝不足の頭で理性を繋ぐのが困難になりつつあったからだ。 男に欲情されたとなれば、この潔癖な若者のプライドをどれだけ傷付けるか解らない。 しかしそんなオレの内心に気付いているのか否か、ロイは重しが退いたことにふー、と大きく安堵の息を吐いた。オレは頬杖を突いて弛緩したロイを眺める。ロイは天井を見ていた。 「なあ、お前……えーと、エドワード」 息が止まるかと思った。 銘ではなく、フルネームでもなく、オレのファーストネームを、29歳の大佐ではないとは言え、大佐が。掠れた声は馴染みのあるバスバリトンではないけれど、それでも大佐が、オレの名を。 「………なに変な顔してんだ」 「う、え!? や、べ、別になんでも!」 動揺するオレを不審げに眺め、はっと気付いたようにずりずりと距離をとって、それからロイは再びオレを見つめた。 「その……腕と足、さ。東部の内乱で?」 「へ?」 「ほら、そろそろさ、イシュヴァールのほうが本格的にヤバそうだって……」 そこまで言って、ロイはふっと口を噤む。 「………あ、そっか。14年だとさすがに鎮圧されてるか?」 「えーと」 オレは記憶を掘り返す。たしかイシュヴァールで本格的に内乱が始まったのは13年前の誤射をきっかけとしているから、こいつの記憶にはまだそれはない。ただいざこざが長引いているな、と、その程度の認識なのだろう。 「……東部の治安は大分回復してる。29のお前の働きで。オレの手足は戦争とかとは無関係」 取り敢えずオレはそれだけを言った。ロイは眼を瞬かせ、「俺?」と首を傾げた。 「そ。東方司令部の司令官なんだ、大佐は」 ロイが大きく眼を瞠り、それからにやりと唇を吊り上げて笑った。 「へーえ、凄いじゃん、俺」 「出世が命のお方ですからー」 「へー……取り敢えず初志貫徹を目指す気概はあるんだな、大人になっても」 オレは首を傾げてロイを眺める。 「お前さ、なんで軍人になろうとしてんの」 「ん?」 ロイはきょとんとオレを見た。 「何でって、この国で手っ取り早く偉くなるなら軍人だろ」 「………は?」 「ちょっと王様になってみようと思って」 「ちょっとって」 ロイはしれっとして両手を開いて見せた。 「面白そうだろ?」 「いや、全然解んねェ」 「なんで」 「オレ出世欲とかないし」 ロイは大袈裟に肩を竦めた。 「つまんない男だなあ」 「つまんねー言うな。テメェのがバカバカしいだろーが。何が王様だ」 「バカって言うな。………ま、お前の知ってる俺が今の俺と同じこと考えてるとは限んないけど、目指すところは同じみたいだな」 よかった、と呟いてぱたりと眼を閉じたロイをしばらく眺め、オレはぼそりとベッドへ伏した。 「………眠くなって来た。大佐に付き合って徹夜だったんだよそう言えば」 「……お前、付き合いがいいな」 「なんつーの……惚れた弱み?」 ロイはくくく、と笑う。 「マジキモい」 「るせェよ、バカ」 「俺もなんか眠くなって来た。多分勉強してる間にそのまま床で寝たんだ。起きたらきっと身体が痛い」 「……子供んときからあんま変わってねーんだな、大佐」 「大佐ねえ」 ロイはまたくく、と喉を鳴らして笑った。伸びて来た手が、オレの機械鎧を恐る恐る撫でる。細めた眼が妙に優しくて、オレはいつもの大佐を思い出して言葉を忘れた。 「この腕、怖がって悪かった」 「………いいよ、別に。気にしてないから」 胸が締め付けられるようで、涙が出そうだ、とオレは思った。 ああ、夢じゃなかったらどうしよう。 機械鎧にキスをする、あの大佐に会えなくなったらどうしよう。 ロイの細長い節くれ立った指がオレの鼻を軽く弾いた。 「ベソ掻くなよ、恥ずかしいヤツだな」 「……テメェこそ、散々ビビってた癖に」 「誰がビビってたって?」 「お前だお前」 ロイはむっと眉根を寄せ、ぷいと背中を向けた。オレは笑ってその背に寄り添い腕を回す。 「だからくっつくな! 気持ち悪い!」 「眠い。寝よう」 「寝るな! て言うか離れて寝ろよ!!」 まだ喚いているロイに構わず、オレは眼を閉じた。 「おい、エドワード!!」 「いいからお前も寝ろ。目が醒めたらきっと床の上だから」 そして多分、オレの腕の中にはあの可愛くない大人が。 そんなことを考えて少し笑い、ゆっくりとロイを抱く腕に力を込め首筋に唇を寄せてがり、と噛み付き、引き攣った身体と何すんだ、と非難する尖った口調にまた笑って、オレの意識はすとんと眠りに落ちた。 腕を解かれる感触で目が醒めた。目の前の広い背中が寝返りを打ち、天井を見上げて髪を掻き上げ、なにやら疲労の濃い息で唸る。 「あー………変な夢を見た」 「………どんな夢」 「よく憶えていない。が、物凄く疲れた。寝た気がしない」 ふうん、と呟き、オレは大佐にすり寄ってぽふ、と肩口へと頭を乗せた。大佐のにおいがする。 やっぱり風呂に放り込まなくては、と思いつつ、オレは眼を閉じた。寝た気がしない。 「オレもすげー変な夢見た。……気がする」 「どんな夢だ?」 オレはしばし反芻し、んー、と曖昧に呟いた。 「説明すんのが面倒臭い」 「そうか」 聞くのも面倒臭いらしい大佐のやる気のない返事を聞きつつ、オレはしばらくごろごろと恋人に懐いていたが意を決して身を起こした。 「よし」 「なんだ」 「風呂だ!」 「……行ってらっしゃい」 「何言ってんの、アンタも。つか、むしろアンタが入れ」 「えー」 「えーじゃねェ。ガキかテメェ」 まだ寝たいんだがなあ、とぶつぶつと文句を言う大佐の腕をオレは引いた。 「風呂から上がったらなんか食いに行こう」 「なんでそんなに元気なんだ、君は。眠くないのか」 「眠いよりしたい」 大佐がげんなりと半眼になる。 「風呂も飯のその前準備か?」 「うん」 「そんな子供みたいに素直に頷かれても言ってる内容が可愛くない」 「いーじゃん。査定の準備手伝っただろ。時間が許す限り手伝ってやるから、させて」 「そんな等価交換は嫌だ……」 「等価交換だなんて言ってねーだろ。いーから起きろよ」 まだぶつぶつ言いながら、それでも大佐は起き上がりひとつ欠伸をしてぼりぼりと頭を掻いた。 「オッサンくせーなあ」 「悪かったな」 半眼で言って、大佐はベッドから降り裸足のままドアへと向かう。それを追おうと床へ足を突き、オレはぱちり、とひとつ大きく瞬いた。 「………どうした、鋼の?」 ベッドから動かないオレを不審そうに振り向いた大佐に慌ててなんでもないとかぶりを振り、大人の後からバスルームへ向かいながらオレはその襟足を盗み見るように見上げた。 くっきりと残る、噛み跡。 あと5日の休日の間には消えてしまうだろうから、大佐が中尉にお小言をもらうことはないとは思う。 そんなことを考えながら、オレは軽い酩酊感を眠気のせいにして機械鎧の手を伸ばし、大佐の白いシャツを掴んだ。 整備油が付く、と今更のような文句を言った大人がこの腕を愛してくれていることを、オレは知っている。 なんだかとても安堵して、オレは笑った。 |
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『fall fall fall』はリクエストをくださったあろさまのみお持ち帰り・転載可です。
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リクエスト内容
「今のエド×15〜6才のロイ」依頼者様
あろさま
■2004/8/5 ワンダーランドへようこそ!(解りません)←タイトル意味 いや、色々別の意味も込めてんですけど。結果的に全然関係のないタイトルに。あうあう。
なんだか初めてリクエストを外さずに書けた気がしますよ! ていうかこれで外すようならもうリクなんか受けんなよ! て話ですが! 長くなってしまってすみません!(テンション高)
いやほんとすみません…長くて…終われなくて…。もうちょっと簡潔にまとめる能力が欲しい今日この頃。
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