「はがねの」
 懐いてくる恋人を肩にまとわりつかせたまま、エドワードは新聞に落とした目を上げもせずに言った。
「昨夜したからダメ」
「………せっかく休みなのに」
「オレこれ読み終わったらアルんとこ行くし」
「えー」
「えーじゃねェ」
「じゃあ私も行こう」
「いや来なくていいから。てかオレとアルの邪魔すんな」
「邪魔……」
 ぽと、と肩へ額を付けて拗ねる黒髪をあーもー邪魔だ、と押し遣り、エドワードは溜息を吐く。
「これが30そこそこで准将で来年かそこらには少将への昇進があるんじゃないかと噂されるほどの切れ者の、今や軍部じゃ知らないヤツなんかいないくらいの有名人マスタング准将だ、とか言われてもオレなら信じない」
「事実なのに」
「物凄く不思議だ。お前上層部のどんな弱み掴んでんだ一体」
「失礼な」
「だって無能じゃん相変わらず。何でそんなに昇進早いんだ。軍功上げてるわけでもないのに」
 エドワードの広い肩へと顎を乗せ、ロイはにんまりと笑った。
「これでも結構有能なんだ」
「どこが?」
「即答しなくても」
「そーいう偉い肩書きついてるオッサンがいつまでも一回り以上年下の男に構ってんじゃねーよ」
「構ってるわけじゃないよ。構って欲しいだけだし」
「余計キモい」
 額を小突くと肩から顔が消え、代わりに背に額が押し付けられて胴へと腕が回された。エドワードは握ると骨の形の解る痩せた腕を軽く叩き、溜息を吐いた。
「あーもー……何なんだ今日は。いやいつもだけど。ウザいよほんと。セックスならしないっつってんだろ」
「………君はもううちに住めばいいのに」
「はあ?」
「部屋数だけはあるし、今も週の半分以上はうちに泊まるし、だったら君の家の管理費分が無駄じゃないか」
「何言ってんの。アルが退院してきたとき家がなかったら困る」
「アルフォンス君もうちに引き取ればいいし」
「やめろ。アルをお前の毒に晒す気はねェ」
「毒って」
「毒だ毒。お前有害だから。お前と暮らしたりしたらアルはお前の心配ばっかりするようになるだろ。勘弁しろ」
「……………」
「あのね、何度でも言うけど、アンタはアルの代わりにはなれないから。つか、オレがアルよりアンタが大事になるなんてことは有り得ないから」
「解ってる」
 拗ねているのかと思ったが答えた声は意外に素面で、エドワードは僅かに黙り絡む腕を解いて振り向いた。
「嘘泣き中?」
「泣いてないよ」
 上げた顔はさっぱりとしていて、僅かに微笑を乗せている。
「………もしかして物凄くショックだったりした?」
「ショック? 何故?」
「何故って」
 ロイはくすくすと笑ってエドワードの鼻の頭へキスをした。
「君がアルフォンス君を大切にしていることはよく解っているし、君たち兄弟がほとんど一心同体のようなものであることもよく承知している。その上で私は君が好きなんだよ」
「………そうなの」
「だからね、はがねの。万が一君がアルフォンス君を見捨てるようなことがあれば、私はとても怒るよ」
 エドワードは目を瞬かせた。
「それは有り得ねェけど、………アンタが怒る? オレに?」
「うん」
「焼き殺しにでもくるわけ」
 冗談めかした言葉にロイは満面で笑い、頷いた。
「うん」
 エドワードは頬を引き攣らせ、ははは、と乾いた笑いを洩らす。
「そりゃ怖ェ」
「だって君はアルフォンス君あってこその君だからね」
 
 彼を欠いて君は君ではないのだし。
 
「君ではなくなった君など、目障りなだけだからね」
 エドワードはまじまじと笑顔の恋人を眺め、身を屈めて額を付けた。
「………あのさ、将軍」
「ん?」
「なんだかとてもしたくなりましたが、体調はいかがなものでしょうか」
 ロイは未だに二十代の若造にしか見えない童顔でにー、と笑い、両腕をエドワードの肩へと絡めた。
「どこもなんともない」
「………嘘吐け。ストレスの塊のくせに」
「朝食もちゃんと取ったじゃないか」
「食わなきゃオレが怒るからな」
「だから君がうちに住めばいいと言っているのに」
「何でお前の生活を管理してやんなきゃないの」
「他に適任者がいない」
 言いながらも忙しなくキスを交わし、エドワードは抱き寄せた痩せた背を撫でる。
 昔よりずっと痩せた気がするが、単に自分が成長しただけかもしれなくて、この男を抱くたびにこんなに小さかっただろうか、これほど軽かっただろうかとなんだか不安になる。だから本当は身体が求めるのとは逆に、心はこの男を抱くのをなんとなく拒否していることが多い。
 それでも手を止められないのはやっぱりオレがこいつに惚れているせいなのかなあ、と考えて、エドワードはうんざりとした。
 
 あークソ、オレは相変わらずバカだ。
 
 どうしてこんなどうしようもない男をいつまでも見捨てられずにいるのだろう。
 ロイがくすくすと笑っている。くすぐったい、と耳元で囁く声が酷く愉しそうで、エドワードはなんだか何もかもどうでもいいような気になって握れそうに細い首をぞろりと舐めた。耳元で吐息が聞こえる。
「……軽くするだけだからな」
「ん……、……どうして?」
「アルの見舞いに行くんだろ、お前も。あんまり疲れると行けなくなる」
 首筋に埋めていた顔を上げて漆黒の目を覗くと、ぱちぱちとそれを瞬かせ、それからロイはゆるりと笑んだ。
「うん、楽しみだ」
「お前、結構アルのこと好きだよな」
「うん。不思議な子だから」
「………アルはお前のほうが不思議だって言うと思うけど」
「そうか。両思いだ」
「意味解んねェ」
 くすくすと笑う年上の恋人に口付け背を支えて押し倒す。伸びて来た腕が首へと絡み、体温を求めるようにきつくしがみついた。
「………はがねの」
「んー?」
 呼気が触れる。
「好きだよ」
「知ってる」
「……そうかな」
「知ってるよ」
 くす、と笑みを混ぜる息が唇をくすぐった。
「うん、……私も君が私を好きなことを知っているよ」
 嫌な顔をしたエドワードに笑い、ロイは軽くキスをした。エドワードは憂鬱な溜息を吐く。
「わけ解んねェ」
「何が?」
「…………オレが、未だにアンタを好きなのが」
 言って黒髪を掻き上げ、エドワードは閉じた瞼を舐め上げて目尻へと唇を付けた。
 恋人はくすくすとまだ笑っている。

 
 
 
>>SSver
 
 
 
 


リクエスト内容
「19歳エドと33歳ロイでエドロイ(お題ver)」

依頼者様
匿名

■2004/8/10
SSverと同じくアルと左足が元に戻ってます。こっちはおまけです。……でも実を言えばリクエストでは「できればお題verで」となっていたのですが…。すすす、すみませ…! お題のエドロイは今と何が違うのだ。みたいなネタしか浮かばず…!
お題大佐が老けてくれないのが悪いんです(責任転嫁)。

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