本文サンプル>>> 反射熱/残響音
 
「おい、アル」
 寄り掛かった扉がぎし、と音を立て、その立て付けの悪さに慌てて身を離し蝶番を確認しながら、兄は続けた。
「また出るってほんとか? もうちょっとゆっくりしてけよ」
「だって週明けには天気崩れそうっていうんだもん」
 晴れてるうちに出たいしジェルゾさんたち待たせてるし、とトランクに荷物を詰めながら背を向けたまま答え、アルフォンスはぽん、と手帳代わりの日記帳を一番上に乗せた。
「よし、っと……オッケー。あ、兄さん」
 振り向き扉の前で仁王立ちをしていた兄を見上げると、エドワードはん、と首を傾げた。前に会ったときよりもまた一段と逞しくなったようにも思えるが、日々の農作業の賜物だろうか。ウィンリィのおなかが目立つようになるより先に旅から帰った兄はそれからずっと、この家で昼は畑を耕し、夜は研究をして過ごしている。
「その扉、直してあげようか」
「いいよ別にそんなもん。後で俺が直しとくっつうの」
「けど、兄さん不器用だからってウィンリィが」
「アイツまた余計なことを……」
 ひく、と口元をひくつかせ、それでもエドワードはびし、と掌を突き出して固辞した。
「こーゆーことに錬金術は使うもんじゃありません!」
 態とらしい生真面目な顔に、アルフォンスは解ったよ、と笑う。
「師匠の真似っこ」
「うっせ」
 むくれた顔にもう一度笑い、アルフォンスは立ち上がった。数年の旅の間にすっかりと頑丈になった手足は、それでも鎧の頃と比べれば貧弱だ。傷が付けば痛いし、打ち所が悪ければ簡単に死んでしまう身体だ。
「………なあ、アル」
「んー?」
 コートを手にし、ポケットの中の財布と手帳を確認しながら返した声に、返事はなかった。アルフォンスは顔を上げる。
「兄さん?」
「……お前、もうちょっと好きに生きてもいいんだぞ」
 不機嫌にも見える兄が、何か酷く心配をしているのを感じる。アルフォンスは瞬いた。
「別に好きに生きてるけど……ていうか好きにし過ぎなくらいじゃない?」
「だから、旅とかさ、もっとゆっくりでいいって」
「だって世の中まだまだ知らないことばっかりなんだよ。ジェルゾさんとザンパノさんだって早く元に戻してあげたいし、時間も有限なんだから」
「生き急ぐなって言ってんの」
「そんな兄さんじゃないんだから」
 懸念されるような生き方はしていない、と呆れた息を吐くと、被せるように溜息を吐いたエドワードは仕方なしに、と言った仕草で頷いた。
「………ま、いいんだけどな、お前がいいなら」
「いいもなにも、好きでやってるんだって」
「つかお前、メイはどうすんだよ」
「はあ? シンにいるけど? 皇女さまなんだから」
 でもまあ今回はシンまで行くから顔は出すけど、と首を傾げるアルフォンスに、エドワードはふうん、と意味ありげに頷いてにやにやとした。