本文サンプル>>> 弱毒性アルカロイド
 
「────ッてえ!」
 ぐい、と力一杯顔を押しやられ、ぐき、と仰け反った首に思わず毒突くが咳き込む総司はそれどころではないようで、顔を背け身を捩り布団に伏した。口元を押さえる骨張った指の、引き攣った関節がやけに目に付く。
「おい、総司」
 せめて背を擦ってやろうと身を近付けようにも、しっかと顔を掴んだままの指の長い手が邪魔をする。
 土方は舌打ちし、繋がりを解こうと腰を引き掛けた。その背にふいに長い足が絡まり、ぐいと押さえ付けた。足の主が苦しげな目で睨む。
 殺気すら感じる鋭い視線に、土方は眉間の皺を深くした。この青年の己が身すら顧みない我が儘は、本当にどうしようもない。
「ちょ……ッと、なに勝手にやめようとしてるんですか……っ」
「あのなあ、そんな場合じゃねえだろう」
「大丈夫です、すぐ、治まります……から」
 そんなに酷くないです、と切れ切れに咳の合間に言って、近付いてこないと判ったか総司は手を引き、腕に絡まる袖を手繰り寄せて口元を覆った。
 断続的に続いていた咳は徐々に落ち着いたかと思うと、すっと波が引くように完全に途切れる。本人の言う通り、さほど酷いものではなかったのだろう。先程からじゃれるように言葉の応酬をしていたせいで胸に少し負担を掛けたのかもしれなかった。
「………も、大丈夫、です」
 痰の絡むような声で、それでも平常を装い言った総司は顔を背けたまま、袖で鼻先から口元までを覆ったままだ。身を捩ったせいでくっきりと肩胛骨の突き出る白い背に、冷ややかな汗を掻いている。
 今顔を近付けては今度は本気で嫌がるはずだ、と経験上知っていたから、土方は何も言わずに肩胛骨のくぼみを撫で、大分乱れて散らばる茶の髪を梳いた。ふと、何を考えるでもなく緩んでいた髪紐を解く。
「ちょっと、止めてくださいよ」
「解けてたんだよ。後で結ってやる」
 袖の下からのくぐもった抗議と心底迷惑そうな視線に土方は望まれていない約束で返した。案の定、総司はますますに目を細めちらと眉間に皺を寄せた。
「そんなの自分でやりますって」
「いいじゃねえか、そんなに不器用でもねえぞ」
「どうせならそういうのは、女の子にしてもらいたいですね。……ともかく」
 まだ腰に絡んでいた足が、ぞんざいに背を蹴る。
「さっさとしてください」
「お前もう少し色気とかねえのか」
「は?」
 心底馬鹿にした声色で言って、総司はこれ見よがしに嘆息した。
「なに言ってるんですか気持ち悪い」
 確かに女のように喘がれても違和感だろうが、しかしこの状況でそれもどうかと土方は思う。
 恋仲というわけでもないのだしそもそも男同士なのだから男女の仲の定義は当て嵌まらないが、しかし時々なんでこんなことになっているのかと怪訝になるほど総司の態度はいつも通りに可愛くない。悪戯者で生意気で反発ばかりの扱い辛い弟のようなものだ。
 土方は溜息を吐き、まだ緩く絡んでいる足をそのままにゆっくりと抜き差しを再開した。そうしながら、絡む足の間のまるで萎えたままの欲に触れてゆるりと掌に握る。途端、総司が顔を顰めた。
「変なとこ触らないでもらえます?」
「うるせえ。黙ってろっつったろう」
「男の股ぐらまさぐるとか、変態ですか土方さん。ほっといてくださいよ」
「この状態でなに言ってんだ。……あのな、総司」
 減らず口に何度目かも判らない溜息をまた吐いて、土方は袖から目元だけを覗かせた総司を見た。