本文サンプル>>> さよならだけが人生だ 黒田と大谷の場合 |
隣で寝ていたはずの家康がむくりと起き出した気配がした。 黙って背を向けたままでいれば、もそもそと頭を掻いたかなにかした少年はふわあ、とひとつ音を立てて欠伸をしてベッドから下り足音を忍ばせるでもなく部屋を出て行く。 三成は寝返りを打ち、もう姿のない家康の軌跡を見た。やや広めのワンルームの仕切りになっている迫り出した壁の向こう、キッチンの据えてある方で水の音がする。 三成はのそりと起き上がり、恋人の後を追った。 「おい」 「うわっ、びっくりした!」 真っ裸のままシンクの方を向いて水を飲んでいた家康は、胸にこぼしたらしい水を掌で拭い慌てて振り向いた。 「何だ、起こしてしまったか」 「水なら冷蔵庫に入っているぞ」 「別に水道水でも気にならんからな、そっちはお前が飲めばいい。というか、三成……」 今生ではひと周り以上も年下の男は、眉尻を下げて頬を掻き苦笑をした。 「そんな格好で歩くな。せめて下は何か穿いてくれ」 「自宅でどんな格好をしようが私の勝手だ。大体、貴様も裸ではないか」 「そうだが、お前がだらしがないとこう……なんだかギャップなあ」 普段きっちりしているからなあ、と笑い、家康はシンクに残った水を空けてグラスを濯ぎ、洗いかごへと引っ繰り返して置いた。三成は背を向けたその頭へと手を伸ばし、指先で髪をすくう。 「伸びてきたな」 「ああ、うん、そろそろ散髪しないとな。ジムでも邪魔になるしな」 「切ってやる」 「頼むよ」 無邪気にもとれるのに明け透けではない笑顔を見せた家康の髪をゆるゆると掻き混ぜ、少しばかり不思議そうに首を傾げた唇へとキスをする。そのままぬるりと舐めるとわずかに開いた口がおっと、と呟き慌てて離れた。 「お、おい、三成。わしは明日も休みだから良いとして、お前は仕事なんじゃなかったか?」 「別に構わん」 「構うだろう。お前を待ってくれている客がいるだろう?」 「貴様といられるなら、そのほうがいい」 「どこがいいんだ、全然良くねぇ」 むう、と唇を尖らせ抱き寄せようと絡ませた腕を躍起になっていなす家康は、時折かつてのこの男とは違う訛りを口にする。奥州の竜とやらなどに言わせれば戦国の、織田に頭を押さえられていた頃の三河の主の口調に近いというが、それは今生のこの男が未だ幼き故のことだろうかとちらと思う。 何も覚えていない今はまだ少年の家康は、三成の知る傲慢で偽善に満ちた仇にはまだ至っていない。 「まったく、お前はときどき極端だな」 それは好いてくれるのは嬉しいが、と付け足して、家康はぱちりと明かりを付けて散らかっていた衣服をあさり下着を穿いた。 |