本文サンプル>>> さよならだけが人生だ 黒田と大谷の場合
 
「よう、刑部。飯買って来てやったぞ」
 合い鍵で開け、勝手知ったる部屋へごそごそと靴を脱いで上がり込み居間を覗くと老人のように痩せた男が白目の濁った目を向けた。
「遅いぞのろまめ。そもそも我がいつ飯など買うて来いと言った? 三成の行方は知れたのか」
「手掛かりも少ないのにそんなに早く見付かるものかよ。そもそも小生は忙しいのだと言ってるだろうが。そんなに急くなら己で探せ」
「関東住まいで主と同じ年頃、刃物を使う職業、と手掛かりなど出揃っておろう」
「どこが出揃ってるんだ、どこが! どこかの田舎町だとしても苦労しそうだというのに関東って、広すぎるだろう。まったく、お前さんの占いとやらも役にも立たん……嘘嘘嘘!! 嘘だ!! 大谷大先生の占いは日の本一だ!!」
 だから呪うな、と所狭しと詰まれた本を突き崩しながらがたたんと壁際まで跳び退りべったりと背を付けたままぶんぶんと首を振った大男に、大谷はふん、と鼻を鳴らし痩せ枯れた腕を下ろした。黒田ははああ、と安堵の息を吐いて崩した本を大雑把に積み直しながら、ゆったりとした一人掛けのソファに胡座を掻いている大谷の元へと戻る。
「ああ、見ろ刑部。お前さんのせいで引っ繰り返ったぞ」
「主はまこと暗よな」
「あのなあ、誰のせいだと思ってる。大体お前さん、飯なんか頼んでないとか……あーもういい、なんか作ろう。冷蔵庫空じゃないだろうな」