本文サンプル>>> スロースローライフ
 
「政宗様。号令を飛ばしたのはこの小十郎、そのように皆へ通達していただきたい」
「……Ah?」
 政宗は不快げに片眉を上げた。
「何言ってんだ、手前」
「事実ではあるでしょう。このような風聞、貴方様の為になりませぬ。これから先の伊達の未来に、影を落とすことにもなりかねない」
「Ha! 俺も馬鹿にされたもんだな」
 やれやれと肩を竦め、政宗は銚子から直接酒を煽った。
「小十郎。手前、家臣だろうが。家臣が先代殺したなんて話になれば、処刑は免れねえ」
 小十郎は頷いた。
「承知の上です」
「小十郎」
 胡座を掻き向き直った今は未だ若さに幾分か細い躯が、ぐ、と伸ばされた。
 振り上げられた手に殴られるかと歯を噛み締めた小十郎の頬を、関節と指の太い、肉の薄い大きな手がざらりと撫でる。
「手前は俺の命に従っただけだ。……命の懸け所、間違えてんじゃねえぜ」
 低く穏やかな囁きに、小十郎は目を瞬かせた。政宗は薄らと蛇の様な目を細めてくうと尖った顎を引き、にやりと嗤う。
「風聞を気にしてんのはうちの連中でも民でもねえ、手前だろう?」
「………政宗様」
「それとも、お袋が怖えか? 連れが死んだんだ、おとなしくなんかしてられねえだろうからな。不穏な噂があれば、こっちに乗り込んで来るくらいはするだろう」
「お東様は、」
「手前がお袋を買ってるのは知ってるよ。不当な言い掛かりは付けては来ねえことも、知ってる。が、手前の旦那が死んだってのに、じっとしてられるような女じゃねえだろう」
 こっちが行かなきゃ問い詰めには来るさ、と政宗はにいと尖った歯を見せて嗤った。
「あれは好い女だろう、小十郎?」
 相変わらずの言い分に、小十郎は溜息を吐いた。
「それに、どう答えろというのです」
 く、と喉を鳴らし、政宗はぽんと小十郎の胸を軽く叩いた。
「生真面目な野郎だぜ」
「申し訳なく」
「悪かねえ。手前はそのままでいな」
 大人びたことを言い、政宗はふいにごろりと横になった。膝に乗った頭と見上げる目に、小十郎は目を丸くする。
「どうなさいました、政宗様。こんな硬い膝ではつまらぬでしょう」
「なんだ、俺の頭を乗せるのは厭か」
「そういうわけではありませんが……」
 く、と漸くに少しばかり笑い、小十郎は放り出されていた眼帯を取り、紐を束ねた。
「まるで童ですな、政宗様」
「Ha……そうかよ」
 呟き、政宗はふと口を閉ざした。小十郎は無言のまま、伏せがちの隻眼を見下ろす。
「………戦には、若い連中を中心に連れていく」
 そうだろう、と内心で頷いて、小十郎は黙ったまま政宗の額へ掛かる髪を払った。片方だけの誰の背を追いもしない目が、小十郎には見ることの出来ない、何処か遠い空を見ている。
「そのために、殉死を止めなかったのですか」
「親父を慕う連中は、俺が何を言おうが親父の影を追うだろう。戦が終われば仇討ちは済んだと、未だ何人かは死ぬだろうな」
「………勝てば、の話です」
「勝つさ。俺が負けるとでも思ってんのか?」
「降伏したなら、どうします」
 ふん、と口元に笑みを浮かべ、政宗は馬鹿にしたように鼻を鳴らした。