本文サンプル>>> 動的熱平衡
 
「………佐助」
「はええ、って」
 耳許で強請る声に、佐助は思わず笑ってしまった。散々な男だというのに、声を聞くと弱い。火のような眼差しにも弱い。
 幸村が呼ぶ目と声に、佐助はどうしても折れてしまう。
「駄目か」
 少し前に無茶を強いられたとき、しばらくの間身体を繋げるなど出来ず拒んだことを怒らせたものだと勘違いしたままの幸村は、少しばかり気後れした声を出した。叱られた犬のようだと佐助は思う。
 気持ちの問題ではない、といくら言い聞かせても、幸村には通じない。
 女であるなら多少の無茶は問題がないし気持ちがあれば勝手に濡れて弛むものだが、男では無理だ。大体、女であってもアナルセックスでは無茶はできない。
「……いいよ」
 痛みは出ても怪我まではしないだろう、と充分ではないものの自分で受け容れる準備を整えていた身体に判断して、佐助は仕方がないな、と溜息を吐いた。避妊具を取るよう指示をする。しかし幸村は頭を振った。
「構わん」
「構うっつうの」
「孕むわけでもないだろう」
 孕むなら孕むで嬉々として中出ししてきそうだな、と考えながら、佐助は額を抱えてまた溜息を吐いた。
 互いに病に罹る危険があるのだと何度言っても、性病など持っていない、と聞き入れてくれない。使う場所が違うのだ。性交の病が性病だけだと思っているのなら本当にお目出度いと佐助は思う。
 しかし残念ながらこの男はとことん目出度い質らしい。ぐるりと身体が返されて、押し倒すこともせずに膝を跨がされた。幸村は後背位が好きではない。
 脚の内側から腕が差し込まれ、危うく膝を掬い上げられて佐助は慌てて日々の鍛錬の成果か逞しく太い首へと腕を回した。ふわと腰が浮き、爪先がヘッドボードを掠める。
「俺が女だったら良かった?」
 大きく開かれた脚の合間をじっと見ながら今にも挿入しようとしていた幸村へと何気なく問うと、ぎょろり、と向けられた大きな目が間近で佐助の顔を覗いた。そのまま既に先端の濡れた凶器が、身を割り開く。
「───く、」
「馬鹿を、」
「え?」
 ぐう、と一気に最奥まで貫かれ、それでも足りぬと幾度も擦り付けられる先端に、佐助は声なく喉を逸らす。その喉笛にぬるり、と熱い舌を感じたと思えば鋭く噛み付かれた。
 ひゅ、と瞬間喉を鳴らし、ごり、と軟骨の捩れる音を聞く。そのまま顎に力が込められて、気道が酷く狭まった。
 痛みはさほどないのに、ただひたすらに苦しい。ぱくぱくと勝手に口が開閉して、指が縋った背を掻いた。
 ど、と背がシーツに付いた。同時に牙を納めた幸村は、まだ息も整わない佐助に構わず幾度も深く律動を繰り返す。
 ついていけない早さにぼろぼろと涙だけを零して、佐助は気持ちと身体が切り離されていく様をただ感じた。犯される、というに近い行為に身体は痛むが、気持ちが痛まねば他人事だ。
「何故その様なことを思う」
「───っ、……え、」
 ごほ、と喘ぎも忘れてただ咳をした佐助の怪訝に寄せられた眉間に指を這わせ、幸村は溜息を吐いた。