本文サンプル>>> ピンクの象のパレード
 
「お前は、どうなのだ」
 気になったからには率直に尋ねる。さすれば正解を得るかどうかは兎も角、何らかの応えを得ることは出来る。
 時折相手に厭な顔をさせる方法論だが、幸村は他に遣り方を知らぬ。
 故にそのまま口に出すと、佐助は厭な顔はしなかった。ただ、何を言われているものかとでもいうように、ぽかんと幸村の顔を見た。
「え? 何、まだ今日の話?」
「他に何があるのだ」
 まあそうですけど、と唇を曲げ、佐助は器用に鋼の爪を避け、手甲を嵌めたままの指の平で頬を掻いた。
「ええっとお、どうって、何が?」
「お館様のお言葉に、何か感じるものはなかったかと訊いてるのだ」
「いや、だってあれは、旦那が言われたんでしょ」
「そうだが、お前は何も思わなかったのか」
「えー……」
 しきりに首を捻り、佐助は面倒そうに唇をへの字に曲げはしたが、そそくさと逃げ出しはしなかった。
「そりゃ……うん、さすがはお館様! て感じかな」
 いかにも取って付けたような明るい声に、幸村は眉を顰めた。
「なんだ、それは」
「なんだって……俺様にはさあ、旦那がなんであんなのに竦んでたのか、全然判んなかったんだよね、旦那には悪いんだけど。でも、お館様はすぐにあんたが何を感じたのかって、読み取っただろう」
 なんだそんなことか、と幸村は誇らしげに鼻を鳴らした。
「お館様と比べる方が間違いだぞ、佐助! おれもお前も、お館様と比べるには百年早い!」
「それ、旦那も一生お館様には敵わないってことじゃないの」
 苦笑した佐助に無論、と頷き、幸村は高揚のままに月を見上げた。なんとはなしに、先程よりも目に明るく映る。
「勿論、お館様のご上洛をお助けすべく日々の鍛錬は欠かしてはならぬが、今は未だ未だお館様は大きい。山よりも大きなお方だ。お館様のお目に叶う漢となるには、おれは余りに小さい。……故に迷いもする」
 ふうん、と少しばかり笑って呟き、暫くぶらぶらと足を揺らして、佐助は黙った。つられて黙り込んだ幸村の声が途絶えたせいか、暫しするとちいちいと、再び気の早い虫が鳴き出す。
「……ま、迷うようになったってこと自体が成長の証なんじゃない? お館様のお言葉を思うならさ」
「む?」
「痛みが判るようになったことが成長ってこと。退化したならお館様が、お叱りにならないわけないもんな」
 うんうん、と一人納得したように頷く佐助にそうか、と僅かに頬を緩め、それから幸村はふと、目の前で死んだあの足軽を思い出した。
 怒りと悲しみに満ちた目をして構えた槍は、まるで腰が入っておらず穂先がぐらぐらとぶれていた。普通なら、掠りもしない刃だ。
 その穂先が大きく逸れた、と思ったときには、足軽の目からもう光が失われていた。倒れた背に深々と突き刺さった大手裏剣は、苦しむ暇も与えず一瞬であの者の命と感情を奪い去った。
 佐助の渾身は、迷う間もなく命を奪う。あの大手裏剣は、最後まで幸村の手の裡でその命を骨に響かせる槍と違い、手から飛び立ってしまえば止めるに止まらぬ。
「……佐助は、何故戦うのだ」
「なあに、まだ続き?」
 面倒だなあ、とあからさまに顔に書いたまま、佐助は膝を引き寄せて片胡座を掻いた。頬杖を突く。
「そりゃ、武田の戦で働くことがお仕事ですから」
「それだけか?」
「他になにがあんのよ。食いっぱぐれないように必死なの、俺様も」
 不快な言い方に幸村は眉間に皺を寄せた。
「武田でなくとも、金を出す軍であるならどこでも良いと言っているように聞こえるが」
「え、なにそれ意地悪な言い方だな。旦那らしくもない」