本文サンプル>>> ピンクの象のパレード
 
「おーおー、見なよ大将。虎の若子さんってば、笑ってるぜ」
 今日が初陣の愛弟子を指して言った年の変わらぬ忍びが、やるねえ、と楽しげに声を弾ませた。此の若い忍びがこうしたはしゃいだ声を上げるのは、大抵肚の底で眉を顰めているときだ。感情を殺し損ねた唇の端が、僅かに皮肉に歪む。
「さっすが、大将の秘蔵っ子! 真田の旦那も草葉の陰でほっとしてんじゃないの?」
「……ふむ」
 ぶうん、と得物を振り、周囲の敵を吹き飛ばす信玄の、空いた背に向けられた穂先を忍びの未だ幼く細い腕には似合わぬ大手裏剣が持ち手ごと裂く。しゃ、と空を切る音を立てて鎖を引き寄せた忍びは、びゅうと血糊を振り落とし再び信玄の死角へと素早く背を合わせた。振り切る斧の刃の届かぬ、そんな絶妙な位置だ。
 忍びの身の低さでなくては、信玄の背に付く事は出来ぬ。巻き込まれて避け損ねた挙げ句、首を飛ばされるのがおちだ。
「のう、佐助」
「何です。無駄口叩いてると怪我しますよ、っと」
「お主、初陣はどうであった」
 へへ、と佐助は自慢げに笑った。
「俺様優秀ですからね。最初の任務も最初の戦も、そつなくこなしましたよ。流石に笑えちゃねえけどさ」
「そうか」
「………まっ、初めて殺したときは、酷いもんだったけどさ。暫く夢見も悪かったし」
 今でも毒に臥せった時などには夢に見る、と低く言って、佐助はすわと手の先から大手裏剣を飛び立たせた。弧を描く刃の向こう、幾人もの敵兵が崩れ落ちていく。
 そうか、ともう一度答え、それから信玄は僅かに口を噤んだ。
 周囲の敵はほぼ一層出来た。歯向かおうと刃を向けた雑兵も、虎の一睨みでひい、と哀れに声を上げ、ぐると背を向けよたよたと逃げていく。
 その、弱い背を、赤い槍が切り裂いた。
「お館様あ! 幸村、一番駆けにございます!!」
 明るい笑顔で何処ぞの武将のものらしい首級を掴んだまま腕を振り上げ声を上げた幸村に、信玄はうむ、と喉奥で呟く。
「佐助よ」
「はい」
「儂は幸村に、忍隊を与えようと思うておる。あれは元々真田隊を持っておるゆえ、そこに加える形となろう」
「はあ」
「お主、幸村の元へ参れ」
 ちら、と片眉を上げて意図を問いたげな顔をした忍びは、片手を腰に当てたままの不遜な態度で、しかし子細は問わずただ頷いた。
「了解、っと。武田軍真田忍隊、ね」
「長とするよう、幸村へ申し付けておく」
「俺様は構わねえけど、若子さんと年も大して違わねえんだぜ。若過ぎると厭がられませんかね。主の不興を買うなんてな、御免被りますよ」
 そりゃ俺様のがちょっとはお兄さんだけど、と低くなり切らない掠れの残る声で、忍びは戯けた。信玄は何故此程若い忍び一人に背を守らせるのかと不審と嫉妬を露わに噛み付いて来た愛弟子を思い返し、ふ、と笑う。