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 ふう、と胸郭が膨らむほどではなく、しかし遠慮がちと言うには力強く吹き込まれた息に、眉間の辺りに凝っていた緊張が薄れたのを感じた。
「佐助」
 しっかりしろ、と僅かな焦りを込めた低い声が耳を擽る。佐助は意識が浮上するままに瞼を上げた。
「気が付いたか」
 ほっと表情を緩ませた主が、申し訳なさそうに眉を下げる。
「すまぬ、大丈夫か」
「………あれ、」
 主の額には未だ汗が浮いている。己の身の裡の鼓動は大分緩やかだが、それでも常よりも早く脈打つままだ。
 体内に埋められていた熱は取り除かれているが残る違和感は生々しく、何より僅かに身動いだだけで、脚の合間がぐしゅ、と濡れた音を立てた。よっぽどの粗相をしたのでない限り、自らこんな音を立てる事はないだろう。
 佐助は眉を顰めて、持ち上げた掌で額を覆った。貼り付いていた前髪を剥がし、溜息を吐く。
「もしかして、気絶してた?」
「嗚呼」
 佐助はうわあ、と口の端を引き下げて目を逸らした。
「格好悪いなあ。どのくらい?」
「僅かだ。百数える程も無かったが」
 大丈夫か、と繰り返した幸村にうんと頷くと、幸村はもう一度神妙にすまぬと謝って浮かせていた躯を幾らか佐助に乗せた。しかしほとんど重さは掛からない。
「未だしたいの」
「今宵は、お前がもう無理であろう」
「旦那がしたいんなら、構いませんよ。明日から暫く非番だし、寝てりゃいいし」
 馬鹿者、と耳の横に落とされた頭が動いて耳朶に息が触れる。
「己で気付かぬ訳もあるまい。おれに付き合った翌日は、お前、動きが鈍いぞ」
「え、嘘、見て判んの?」
「おれはな」
 他の者がどうかは知らぬが、と言いながら、触れた熱いままの肌が蛇の擦る様に蠢いて、引き出された掌が腰を撫でた。そのまま腰骨を辿り、腿を伝った手が足の付け根を押さえ、遠慮無く濡れた場所へと潜る。
 佐助はそっと息をし、目を細めた。幸村が感心した様な声を上げた。
「凄いものだな。成る程、此れでは腹も痛めよう」
「いや、全部、旦那のって訳でもねえけど……油下りて来てんだろ。つか、後で自分でしますから、ほっといて良いって」
「させろ」
「………途中で変な気になっても、俺様は知りませんよ。今宵はもう良いって言ったの、あんたなんだからね」
「お前が妙な気になった時にはどうするのだ」
「そんなもん、抜いちまえば済む話じゃねえか」
 女じゃねえんだし、と笑えば、幸村は大真面目に頷いた。
「ならば、おれもそうする」
「旦那に自慰なんか、させられねえなあ」
「お前、おれを何だと思っておるのだ」
 戯けた言葉に呆れた顔をした幸村に笑って、佐助はのし掛かる肩を押し遣り、身を起こした。
 そのまま膝で立ち、何をする気だと半身寝そべったまま動向を眺めている幸村の腿を、にやりと笑い跨ぐ。身を寄せ、ぱさりと落ちた縺れた髪を耳に掛けながら顔を近付けると、何が琴線に触れたのか、絞った明かりの中でもはっきりと判る程、主の顔が赤らんだ。
「なっ、何だ、佐助!」
 声高になった唇をしい、と押さえ、幸村が言葉を呑むのを待って、佐助はその手を取り脚の合間へ導いた。
「後始末、してくれるんだろ……」
「う、うむ! しかし、佐助っ! か、顔が近い……」
「しっかりやって頂戴よ。腹壊して休みを寝て過ごすなんざ、御免なんでね」
 ほら起きた起きた、と腕を掴み身を起こすと、大袈裟に息を吐いて、幸村は胡座を掻いた。やたらと恥ずかしがる割に、手は慣れた風に佐助の腰を引き寄せる。
 戦だけでなく閨の中でも直感的に動くものだなと内心で苦笑しながら、佐助は主の肩へと腕を乗せた。汗で縺れる後ろ髪を手遊びがてら指で梳く。
「掻き出せばいいのか」