本文サンプル>>> つがい鳥
 
「そう言えば、佐助。お前の目を、正面から覗いた事がないな」
 そうだっけ、と聞こえた声に、幸村は嗚呼、と頷いた。
「戦場で、お前の顔を覗く余裕も無いからな。しかも、こうして戦いが終わればお前は消える。なれば顔を覗く暇など、何処にもあるまい」
 それもそうだね、と納得したらしい佐助の声に頷いて、幸村は踵を返した。大きな怪我は無かったが、些か血を流し過ぎたようで、湿った土から足を上げる度、腿が酷く重怠い。
 足を引き摺る様にして歩きながら、何処かで馬が拾えれば良いがとふと顔を上げた時、ちかりと視界の端に光が掛かった。
 反射的に持ち上げた槍に鉛の弾が弾かれ、衝撃にぐらと揺れた躯を狙い、もう一人の構えた銃口が、綺羅と光る。
「旦那!」
 間に合わぬ、と銃口が火を噴く様を凝視した瞬間、目の前に橙の髪が滑り込んだ。かと思えばどっと胸に痩身がぶつかり、諸とも転げた幸村は直ぐ様痩身を押し遣り飛び退いて、槍を支えに跳躍をした。
「佐助!!」
 着地と共に返す二本の穂先で足軽の首を刎ね、幸村は踵を返し倒れたままの佐助へと駆け寄る。
「佐助!! しっかり致せ!!」
「……ん、平気、大丈夫……ちょ、と、歩けないけど」
 衝撃に外れた腕がだらりと垂れ、その関節ごと肉を浚われた肩からは夥しい出血がある。幸村は佐助の装束に槍を当てて手早く裂き、きつく傷へと巻いた。
「暫し耐えろ! 陣へ戻ればもう少しましな手当ても出来よう」
「うん、あの、俺様烏で帰るから」
「馬鹿者! その躯で空など飛んで、狙い撃ちにでもされたら避けようもあるまい!」
 言いながら、ぐいと引き寄せた躯を乱暴に担ぐ。痛みにか躯を強張らせた佐助は、しかし呻きの一つも上げなかった。
「す、まねえ……ね、旦那」
「それは此方の言う事だ! 未だ戦場にあるというのに、油断するなど、おれは」
 激高のまま自省に顔を歪ませた幸村は、ふと尻窄みに言葉を納めた。装束の感触はそのままに、ゆると姿が失せる。思わずさわ、と手を動かすと物の輪郭は触れるのに、目に映るものと言えば何かを抱えているかのように持ち上げた、己の腕だけだ。
「どうし、たの………旦那」
「い……いや、」
 強張った手付きを不審に思ったか訝しげに問う佐助に、幸村は僅かに逡巡した。それだけで聡い忍びは得心したようだった。