本文サンプル>>> 朱華の匂う
 
「大まかな報告はされてたと思うんだけど」
「嗚呼、聞いておる。お前の方も、誰も欠けずに済んだ様だな」
「まあね。こんな小競り合いのお飾りに引っ張り出されて真田忍びを減らしたじゃ、あんたにも大将にも合わせる顔がねえや」
 僅かに嫌味を含んだ口調に、先程まで腹を立てていた事も忘れて幸村は苦笑した。
「まあ、そう言ってやるな」
「俺様だけなら良いんですよ。旦那を引っ張り出したってのが、気に入らねえの」
「お館様もご承知であった事だろう」
「ま、ね。だけど、こんなつまんない戦、旦那なら断っても良かったんだよ。大将が何にも言ってこなかったのだって、あんたに任せるって事だったんだろ」
 聞き様によっては信玄に対する不敬とも取れる物言いに、けれど咎めず幸村は笑みを閃かせ、口調ばかりは生真面目に答えた。
「どれだけ規模が小さくとも、武田の戦だ。請われてなお断れば、真田の鬼も如何ほどのものかと、誹りを受けよう。なればそれは、武田の恥だ」
「おーおー、言うねえ」
 歯を剥く様にして笑った佐助に、お前が言ったのだろう、と幸村は笑みを湛えたまま態とむくれて見せた。
「虎の若子と、武田の赤鬼と呼ばれる様になったからには、それなりの振る舞いをせねばならぬと」
「まっ、ね。俺様の主人は、日本一の兵だからね」
 澄まして見せたその自慢げな童の様な仕種に遂に堪え切れなくなり、幸村はくつくつと喉を鳴らして笑った。どちらが先に吹き出すか、と暗黙のうちに勝負の様な気でいたが、けれど此の程度の化かし合いで佐助が先に崩れる事はない。
 そもそも勝負にならなかったか、と不機嫌さの飛んだ気分で一頻り笑えば、佐助はへへ、と衒いの無い顔で笑い返した。
「聞きたい事がない様なら、俺様はお暇しますよ。怪我もしたんだし、疲れてるだろ。早く休んで下さいね」
「佐助、ならぬぞ」
 幸村はふいに笑みを納めて、早々に膝を立てようとした忍びを手招いた。佐助は怪訝に片眉を顰める。
「なあに? 何かあったっけ。もう明日で良いんじゃない?」
「ならぬ。此方へ来い」
「……どうしたの?」
 首を傾げながらやって来た佐助は、片膝を落として手招かれるままに幸村の顔を覗いた。その腰に手を回して引き寄せれば、おっと、と呟き褥へと手を突いて幸村の腕へと凭れ込むのを防ぐ。
「旦那………、」
 眉を寄せ、間近で目を覗いた佐助が困った様に唇を曲げ、それから溜息を吐いた。
「駄目だよ、怪我してるだろう」
「ならぬ、佐助」
「駄目だっての。疲れてるんだから、ゆっくり休みなって。どんだけ激しい戦の後でも、あんた血が滾って寝れないなんて事はねえだろ。横になって目ぇ瞑れば、落ち着くって」
「腑が煮える様だ。どうにかしろ」
「どうにかって……」
 いよいよ呆れた声を上げた佐助を力任せに引き寄せて、下腹を押し付ける様に抱けばその昂りに気付いたか、佐助はちらと目を泳がせた。
「……手か口で、抜いてあげるからさ、」
 譲歩にならぬ譲歩を示した忍びに皆まで言わせず、幸村はその薄い唇をぞろりと舐めた。腿を跨がせ密着した躯が、びくと揺れる。
「んもう、旦那ってば」
「良く動く舌だ」
 呟き、答える間も与えず、大きく開けた口で唇ごと食む様に強引に口腔を犯す。その暴挙に、佐助は喉奥で不満げな呻きを上げた。
 それを無視して舌を絡め、声より余程従順な動きで差し出された赤い肉に、幾分か乱暴に噛み付く。じゅる、と唾液を啜れば、乙女の様に胸に添えられた手が僅かに幸村を押し遣った。しかし拘束が解かれる程ではない。
 許しを得たと解釈し、幸村は忍びを抱えたままぐると膝を返して、浴びた水の余韻で未だ冷ややかな躯を褥へと押し倒した。