ゆっくりゆっくりと坂道を登って帰ってくる金髪に目を留め、ウィンリィは取り込んだ洗濯物が山になった籠を抱え直して溜息を吐いた。
「もー、どこ行ってたのよエド! 朝っぱらからずっとさあ」
「悪ィ悪ィ、ほいこれ」
 ばさ、と洗い立てのシーツの山の上に枯れ掛けた蔦で括られた花束が乗せられる。ウィンリィは瞬いた。
「え、花なんかまだ残ってんの? 買ったヤツじゃないよね。まさかどっかの温室からぬす」
「アホ。森の奥の丘にまだ残ってんだよ。日当たりいいからな」
「ってアンタあんなとこまで行って来たの!? 全然帰って来ないと思ったら!」
「だーから悪かったって。で、18歳おめでとうっつーことで」
 ふ、と黙り込みシーツの上の花束に視線を落とした幼馴染みに、エドワードは照れくさそうに明後日の方向へ視線を逃がしてかりかりと耳を掻いた。
「ま、なんだ、安上がりだけど許せ。まだバイト代入んねーから」
「………バイト代って言うか、お駄賃」
「るせーよ」
「アンタ仕事とかどうするか、考えてる?」
「あー……オレ錬金術しか出来ねーし、修理屋とかそういうのかなーとか思ってっけどな……リゼンブールじゃ食っていけるほどの収入にはなりそうにねえんだよなあ」
 言いながらひょいと籠を取り家の中へと促すこのところぐんぐんと背の伸び始めた青年の、短く刈った襟足を眺めながらウィンリィはふうん、と呟いた。
「お前はどーすんの?」
「え?」
「医者か機械鎧技師かさ。どっちにしても、中央なりラッシュバレーなり、どっかに勉強に出るんだろ?」
「んー……でもばっちゃんおいてけないし……」
「連れてけばいいんじゃねえ」
「なに、アンタが家守っててくれるっての?」
「違ぇよオレも行くっつーの。リゼンブールじゃ食ってけねーって言ったろうが」
「この家空にするなんて、ばっちゃんがOK出すわけないじゃない」
 そうかあ、とさほど残念でもなさそうに相槌を打ってどさり、と籠を置いた背中を眺め、ウィンリィは小さく首を傾げた。
「………エド」
「あ?」
「国家錬金術師とかってのになるんじゃないよね?」
「は?」
 ぐるり、と身体ごと振り向いた日焼けした顔が怪訝そうに顰められている。
「なんでオレが軍の狗になんかならねーとねーの?」
「…………。…だってさ、7年前に来たなんとかって軍人さんが、大人になって興味があったら軍に連絡しろってさ……」
「あーオレそれ全然憶えてねーの」
 エドワードははたはたと手を顔の前で振った。
「まだ熱も下がってねーとこで朦朧としてたしさ。ま、たとえ憶えてたにしろそんなもんになる気はねぇよ、師匠に殺されるし、別に興味もねえしな。大体ばっちゃんに聞いたけど、その軍人もあんまり勧めてない感じだったんだろ?」
「………うん。未来ある青少年の取るべき道ではないとか言ってた。錬金術師よ大衆のためにあれ、とか」
「だろ? わざわざそんな釘刺してったってことは、オレが軍に寄っちゃ迷惑掛けんじゃねえ、そいつにもさ。人体錬成のこと、せっかく口噤んでもらったみたいなのに、悪ィよ」
「そっか」
「そう。だから心配すんな」
「ん」
 へへ、と笑った娘に、青年はに、と笑い返してふと背筋を正し、首を傾げた。
「なあ、ウィンリィ」
「ん?」
「オレの足、」
 ごん、と踏み鳴らした左足が硬質の音を立てる。
「お前がずっと診てくれんだろ?」
「んー……機械鎧技師になったらね」
「なれば? 才能あんじゃねえ?」
「てきとーなこと言わないでよ」
 むくれて見せたウィンリィに悪ィ、と笑い、エドワードは笑みに細める金の眼で娘を見つめた。
「なあ、」
「なに?」
「結婚しねえ?」
「……………。……誰と」
「オレと」
「………あたしまだ18になったばっかり」
「オレも18だよ」
「あんた定職無いじゃん」
「これから就くっての」
「リゼンブールじゃ、」
「ラッシュバレーでもどこでもいい」
「ばっちゃんが、」
「連れてく」
「断られたら?」
「帰ってくる」
「だって、」
「ウィンリィ」
 僅かに真摯さを乗せた声に、ウィンリィは口を噤んだ。金の眼が、じっと見下ろしている。
「嫌か?」
「………別に、嫌じゃないけど。でもちょっと早い」
「子供は早く産んどいたほうがいいんだぞ」
「うわやだエドのスケベ」
「なにがスケベだ馬鹿者。子供からしても、母さんが若いほうが嬉しいだろ。ばっちゃんにだって曾孫見せてやれるし」
「………そりゃ、そうだけど……」
 この、金色の幼馴染みが。
 幼い頃に父親に捨てられ、母親を亡くした青年が、その母親を蘇らせようと愚行に走り、その左脚を失った彼が、人一倍家族に憧れを抱いていることをウィンリィは知っていた。
 そして、幼い頃に両親共を戦火で失った自分も、また。
「………アンタがちゃんと仕事に就いて、あたしが機械鎧技師の修行をちゃんと始められるようになったらね」
「うん」
「まずラッシュバレー」
「ああ」
「お金貯めないと」
「だな。……なんならオレ、どっかの研究室とか潜り込んでもいいし」
「だったら中央のがよくない?」
「南にだってあんだろ、錬金術の研究室抱えてる機関は」
「あるかなあ」
「あるって」
 で、とにやりと笑った青年が首を傾げて灰青の瞳を覗き込む。
「返事は?」
 ウィンリィは小さく肩を竦めた。
「アンタと結婚することになるのなんか解ってたわよ」
「へー、初耳」
「アンタだって解ってたでしょ?」
「まーな、他は考えてなかったけど」
 に、と少年のように笑い、娘はふと思いついたように軽く爪先を立て、覗き込んでいた青年にさらりと口付けた。青年は大きく瞬き、ぽかんと娘を見つめる。その金色の眼に、灰青の眼が映り込んでいる。
「おま……、」
「じゃあ、ま、ばっちゃんにお孫さんをくださいって言ってもらいましょーか」
「って、は? そういうの言わなきゃねーの!?」
「あったりまえじゃん」
 うえー、と嫌そうに顔を歪める青年に意地悪く笑って、ウィンリィは洗濯籠を抱えて階段へと足を向けた。

 
 
 
 
 
 
 
 

■2005/6/27

アルフォンスが不在のリゼンブール。

 

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