「明後日13:45からの定例会は出席はせず書類のみで結構ですので、提出書類を本日18:00までに纏めて頂きます」 「あと2時間しかないじゃないか」 「解っています。資料は揃えてありますので、目を通してサインしてくださるだけで結構です。あとはこちらで致します」 「………暗に私には出来ないと言われている気がするな」 「将軍ならば30分もあれば完璧に仕上げてくださるでしょうが、いかんせん他の書類が溜まり過ぎです。少し真面目に片付けて頂かねば本日中には誰も帰宅できません。明日はエルリック兄弟を連れて出掛けるのでしょう。休日を返上するわけにはいかないのですから、きちんと片付けてください」 はい、すみません、と苦笑いを浮かべて答え、予定を読み上げるリザの声を聞きながら、ロイは頬杖を突いて目の前の写真を眺めた。つい溜息が洩れる。 「聞いてらっしゃいますか、将軍」 「聞いてる」 「それはお断りなされるのですか。でしたら書状をお作りしましょうか」 「自分でやるよ。『一応』個人的に勧められたことになっている話だし、定型文じゃ断れないさ」 言いながらまた溜息を吐いたロイに、僅かに黙ったリザがまるで伝染したかのように嘆息した。ロイは頬杖を突いたまま上目遣いに副官を眺める。 「どうした?」 「これをお渡しするのが気の毒になりました」 「………これ?」 これです、と差し出された二つ折りの厚紙は、多分間違いなく、今ロイが眺めている写真と同様の意味を持つ写真が納まったリーフレットだ。ロイはあからさまに嫌な顔をした。 「また見合い写真か……」 「申し訳ありません」 「何故君が謝るんだ」 「断り切れずに押し付けられましたから」 ロイは肩を竦める。 「君の一存で断るわけにはいかないだろう、そんなことをすれば君の評価が下がる。どうせ私に直接話してもその場で誤魔化されてしまうから副官の君を通したということなのだろうし」 はー、と溜息を吐いて受け取ったリーフレットを開きもせずに書類の山のてっぺんへと乗せたロイを見つめ、リザは僅かに首を傾げた。 「……そろそろお受けになってみてはいかがですか」 「何を」 「政略結婚を」 途端ロイの眉間に深く皺が寄る。ロイは微塵も表情を崩さない副官を見た。 「何故」 「相手によっては充分な後ろ盾になります」 ロイは肩を竦めた。 「女の力など借りずとも上り詰めてみせるよ」 「けれど後ろ盾はあったほうが上るのは早くて楽です」 「………君が言うかね」 は、とリザは僅かに首を傾げた。ロイは不機嫌な顔で子供のようにそっぽを向く。 「君だって見合いの話は来ているだろう。断られてばかりで参るとあの世話焼きジジィから愚痴を聞かされたよ。私のほうから説得してみてはくれないかとね」 「………説得なされるおつもりですか」 「まさか」 視線を向けないまま口元に皮肉げな笑みを浮かべ、ロイは肩を竦めた。 「有能な副官をどこの誰とも知らんような男にくれてやる謂われはない。……もっとも、君が結婚したいというなら別だがね」 「以前も言いました通り、私は結婚はしません。そんな暇などありません」 「………子供を作らずに済むのなら、安らぎは得れるんじゃないか。そんな相手はいないのかね。君に心底惚れてくれるような男は」 「仮にそんな相手がいたとして、私はあなたで手一杯ですから夫を持ったとしてもその男に愛情を注いでやる暇がありません」 ロイはぱちり、と目を瞬かせてリザの言葉を反芻するようにしばし固まった。そろり、と視線が向けられる。 「………なあ、大尉」 「はい」 「その……君はもしかしたら、結構本気で私に惚れているんじゃないかと思うんだが」 リザは至極真面目な顔でロイを見つめた。 「ご存知なかったんですか」 「は」 「他にご用は」 「……いや、ないが、その」 「では失礼致します。司令室にいますので、何かありましたらお呼びください」 ぴしり、と隙のない敬礼をして踵を返し執務室を出て行くリザを、ロイはぽかんと見送った。 「…………え、じゃあ、どうしてあんなにきっぱり振られたんだ俺は」 ロイは呆然と天井を仰ぎ、未決済の書類を脇に置いたままもう一度求婚すべきかどうかを真剣に悩んだ。 静かに執務室の扉を閉じ、誰もいない前室のぽつんと飾ってあるカトレアを眺め、リザはふ、と小さく嘆息した。 「………なんのつもりでプロポーズをしたのかしら、あの方は」 まさかこちらの気持ちにも気付かず当たって砕けろ的な気持ちで告白してきたのだろうか、数年前のあの上司は。あれほど女あしらいが上手く、またそれを自慢にしているくせに。 よく解らないひとね、と即断でその求婚を退けた己を棚に上げ、リザは肩を竦めて軽くかぶりを振った。こつこつと軍靴が磨き込まれた床を叩き、きびきびとした歩みに起こる風に、カトレアが軽く揺れた。 |
■2004/8/2
幕間です。拍手にしようかなあ、とも思ったんですが、からっぽちゃんのロイアイはエイジスとかとは違うので、やっぱりからっぽちゃんの幕間にしました。割とらぶらぶだけどいちゃいちゃではなく。三十路カップル。
プリティ・ヴェイカント3はそのうちやろうと思います。大佐とエルリック兄弟が連れ立って出掛ける話(多分)。のーんびりとお待ちいただけると嬉しいです。
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