綺麗な形を保った木炭に、白く細かな灰と、硝石。
 なんだかいそいそとした様子でそれらを運んで来たアルフォンスに、メシ喰いに行かなきゃなーでも寒いしなーせっかく肩と足の痛みが引いたところだったのに、とスチームの側で窓の外の雪を見ながらぐずぐずとしていたエドワードは怪訝な顔を向けた。
「さっきから何やってんだよ、アル」
「まあ見てて」
 丸テーブルにそれらを並べ、椅子に腰掛けたアルフォンスはその無骨な手からは思いも寄らないほど繊細な、研究者然とした手付きで材料を紙へと包んで行く。伸び上がってそれを見ていたエドワードは、スチームの前から離れてテーブルへと近付いた。
「なにこれ」
 アルフォンスは丁寧に包んだそれを金属の箱へと納め、エドワードへと差し出して見せた。
「懐炉だよ」
「かいろ?」
「うん。先月北方に行ったときに大雪でしばらく街から出れなくなったことがあったでしょ? あのとき宿のおばさんから教えてもらったんだ」
 こうして、とランプの脇に転がされていたマッチを擦り、火の付いたまま箱の中へとぽいと放り込んでアルフォンスはぴたりとした蓋を閉じた。さらに布で包み、興味津々と言った顔で見ているエドワードの懐へと当てる。エドワードは瞬いた。
「……あったけェけど……」
「けど?」
「火傷すんじゃねぇ?」
「そんなに熱くはならないよ、木炭に灰だもん。懐炉灰って言うんだって」
「へえ………」
 こんな民間療法みたいなものをよく仕入れてくるものだ、と感心しながらエドワードは首を傾げた。
「それで? これで手でもあっためながらメシ喰いに行けって?」
 アルフォンスは余った灰と硝石を集める。
「肩の辺りに当てておけば少しはマシじゃない?」
 ああでもそれなら鉄粉で作った方がよかったかなあ、と呟くアルフォンスの声を聞きながら、エドワードはまじまじと懐炉を見つめた。
 肩と足の、金属の塊と接続されている神経が酷く病む。
 そう言って暖かな部屋へと転がり込み暖房の前で唸っていたのは確かに自分なのだが。
「こんなの錬金術で作れるんじゃねえの?」
 思わず毒突くようにぼそりと呟いたエドワードに、アルフォンスは「兄さんてば情緒がないなあ」と笑った。
「大した手間じゃないでしょ」
「いつもならお手軽でいいねーとか言うくせに」
 実のところ作業の簡略化や能率の向上に関してはエドワード以上に機能優先のアルフォンスは、たまにはいいでしょ、と言いながら灰と硝石を集め終えた。
「まだお腹大丈夫? ぺこぺこ?」
「いや、平気だけど」
 何だ何かあるのか、と首を傾げたエドワードに、ちょっと待ってて、と言いおいてアルフォンスはごそごそと買物をして来たという荷物を漁った。エドワードは椅子へと座り、生身と鋼の手で懐炉を包んでみる。
 温かい。
 鋼の義手に熱が伝わる。
 左手で触れてみるとまるで少し体温の低いひとの手のようで、エドワードは外気温に素直に左右される小さな手を思い出した。エドワードよりも背は高いくせに、その手と足はいつまで経ってもエドワードより小さなままで、子供特有の柔らかな肉に包まれてぽかぽかと温かくて、ひんやりと冷たくて。
「これ、床に広げてくれる?」
 義手で懐炉を包み、暖まると左手で触る、という動作を繰り返していたエドワードに、アルフォンスが大きめの紙を寄越した。膝を突いた床には幾つかの瓶とビーカーと薬匙と布が並べられている。エドワードが紙を広げている間にバスルームへ向かったアルフォンスは、すぐに水差しに水を入れて戻った。
「何すんだ?」
「もうひとつ懐炉を作ってみようかと思って」
「これとは別なわけ?」
 うん、とアルフォンスは頷いた。
「鉄粉と、塩水と、……あ、木炭も粉にしなきゃダメか」
 アルフォンスは紙の上に材料を並べてしばらく考えていたが、紙の隅に木炭を移動させるとさらさらと錬成陣を描いた。ばし、と錬成光が走り木炭が砕かれさらさらとした粉になる。
「錬金術使ってんじゃねーかよ」
「だってこっちの方が簡単なんだもん」
 情緒はどうした、とからかうエドワードにうるさいなあ、と顔も向けずに答えながら、アルフォンスは小さな布袋に薬匙で材料をさらさらと入れて行く。
「上手く行くかなあ。熱くなり過ぎてたら教えて。次は配分変えるから」
「って、それはオレに火傷しろってことですかアルフォンス君」
「ぬるくても教えてね」
「人体実験はよくねぇぞ!?」
「だってボク解んないんだもん。火が付くことはないから安心してよ」
 ね、と軽く首を傾げるその仕種が憎たらしいほど可愛らしい。エドワードは思い切り顔を顰めて表情筋すべてを使い不満を表現しながら、「はいはい解りましたよアルフォンス君」と答えた。
 アルフォンスは布袋の口を丁寧に折り返して閉じ、両手で挟んで何度か優しく揉んでからはい、とエドワードへ渡した。エドワードは恐る恐るそれを手に取る。
「………お、あったかい」
「熱過ぎない?」
「大丈夫」
「ぬるくない?」
「基準が解んねェけど、ちょうどいいんじゃねェ?」
 言いながら、エドワードはくたくたとした感触の布懐炉を肩へと当ててみた。良い具合に機械鎧の丸みに添う。
「これいいかも」
「そう?」
「うん。重宝しそうだ。どんくらい持つんだこれ」
「うーん、解んないけど……数時間ってところじゃないかなあ。中の鉄がね、急激に酸化して発熱するんだ。だから酸素を断てば発熱しないんだけど、一度酸化が始まっちゃうと再利用はできないみたい」
「んじゃ錬金術で酸素を抜いてやればいいわけだ」
 アルフォンスはああ、と手を打った。
「いいねえ、それ。じゃあもうひとつかふたつくらい作っておけば後は再利用出来るね」
 お手軽だね、とでも言いそうに頷くアルフォンスを見上げ、手の中の鉄の箱と布袋を見下ろし、エドワードはやっぱダメ、と首を振る。
「なにが?」
「やっぱ再利用はしない。お前作れ」
「えー? 毎回は無理だよ。時間と場所がないと。布袋だから空気通すし勝手に酸化しちゃうから作り溜めできないし」
「いいから作れ。たまにでいいから」
「………錬金術で作れるんじゃないのとか言ってたくせに」
「情緒だろ」
 嘯き、エドワードはコートを羽織り懐炉を抱えた。
「じゃ、メシ喰ってくるわ」
「ボクも行こうか?」
「いいよ、雪降ってるから。積もるとお前大変だろ」
 体温のないアルフォンスには雪は溶けることなく降り積もる。それを指して言ったエドワードに、そうだねえ、とアルフォンスはおっとりと頷いた。
「ボクが懐炉になれればいいのにね」
「なんか方法考えてみるか。腹ん中で焚き火とか」
「止めてよ煤けちゃうよ!」
 あははは、と楽しそうに笑うアルフォンスににっと笑い返し、エドワードは行ってきまーすと手を上げていってらっしゃいと手を振る弟に背を向け部屋を出た。
 ポケットの中の箱の懐炉を右手で包む。布の懐炉は左手で肩へと当てておく。
 
 この布袋をそっと両手で挟んだアルフォンスの繊細な手付き。
 無骨な鎧からは想像の付かない、研究者然としたその手付き。
 
 エドワードは外気温に素直に左右される小さな手を思い出す。
 その手と足はいつまで経ってもエドワードより小さなままで、子供特有の柔らかな肉に包まれてぽかぽかと温かくて、ひんやりと冷たくて。
 
 細い骨の詰まる小さな手。これからどんどん大きくなって骨張って青年へと大人へと変貌して行くはずだったその繊細な手。
 
 エドワードは緩く笑った。
 失くしたと思っていたのに、あの鎧の手にはその名残りがしっかりと染み付いている。
 
 
 故郷を後にして、217日目の雪の夜。

 
 
 
 
 

■2004/6/4
エドロイ続きだったせいで最初エドと大佐でやろうとしていたネタ。しかしどう考えてもこれはアルのネタでした。
わーんどうしたんだわたし! 大佐とアルを間違えるなんて…! アルに謝れ−! ←混乱

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