「で、どうだったの?」
「どうって何が」
「だからあ。週末にマスタング大佐とデートしたんでしょ? どうだった?」
 手持ち無沙汰に柱へと寄り掛かっていた兄の肩がぴくり、と不穏に揺らめいたのを感じてアルフォンスは恐る恐る見下ろした。俯き爪先に視線を落としたその顔は見えないが、全身全霊を掛けて聞き耳を立てているのはぴりぴりと尖った周囲の空気で解る。
 恐らくこの周辺だけ体感温度は低いのだろう。温度の解らないアルフォンスですら僅かに寒気を錯覚する。周囲の軍人がさり気なく距離を取って視線を逸らしたのは気のせいではないはずだ。
 そんな柱の裏の空気など気付かずに、受付に座った二人の女性は話を続けている。
「噂に違わずって感じでやっぱそつなかったよ。こっちがお礼にーって誘ったのにすっごい綺麗なレストラン連れてってもらって、お代も大佐が持ってくれて」
「そんなの払わせとけばいいじゃん、それだけ貰ってんだもんあのひと。そうじゃなくてさ」
「誘ったのって金曜のお昼だったのにちゃーんと予約までしてあったよ。常連なのかなあ」
「だからあ」
「あたし知らなかったけど、あのひと話し上手って言うより聞き上手だね。凄いいっぱい話ししちゃったし楽しかった。でも今思うと仕事の話に流れないように誘導されてた気がする」
「まあデートで仕事の話じゃねえ……上官なんだし」
「食事して、そのあと短めのねえ、ほら今掛かってるじゃない、舞台。それ観に連れてってもらって、それからちょっとお酒呑んで」
「それから?」
「日付変わる前に送ってもらって帰った」
「はあ?」
 そっと柱の影から窺うと、デートをしたという受付嬢は頬杖を突いて憂いの濃い瞳を伏せ、ふ、と小さく溜息を吐いたところだった。
「ホテルとかは全然誘ってくれなかったしそういうの言い出す雰囲気でもなかったよ。あたしが彼女だったら別なんだろうけど、なんていうか………思ってたより全然紳士だったし」
「え、でもそれってなんか……あんた嫌がって見せたりしたんじゃないの?」
「そんなつもりないけど。別にそれでもいっかなーって思ってたし。でもほんとに楽しくて、そういう色っぽい話になんなかった、全然」
 へえ、と呟いた受付嬢その2を見もせずに、その1はもう一度溜息を吐く。
「なんかねー……あんなにかっこいいひとだと思わなかった、あたし」
「………あれ、あんた」
「あーでももう彼女いるんだろうなー。ほんとフリーでいること全然ないよねあのひと!」
「しょーがないじゃんもてるんだから」
 きゃあきゃあと言い合いを始めた二人から視線を外してそうっと兄を窺うと、いつの間にか顔を上げていた兄は無表情でぱちり、と一つ瞬いた。
「アル、時間。会議終わったっぽい」
 言われて見遣ると廊下をぞろぞろと重い肩書きを付けた軍人たちが通り過ぎて行くところで、その中に埋もれていた見覚えのある黒髪をちらりと確認してアルフォンスはうん、と頷き歩き出した兄に続いて司令室を目指した。
 
 
 
 
 
「据え膳食わぬは男の恥という言葉を知っているか大佐!」
「藪から棒になんだ」
 ばん、と執務机に両手を突いてまさに藪から棒に口火を切ったエドワードを、ロイは半眼で見上げた。
「報告書」
「デート楽しかった?」
 差し出された手にばしん、と報告書を叩き付け、ついでのように言ったエドワードに眉を顰めて「はあ?」とついでに口も歪めたロイは、僅かに視線を宙に馳せてああ、と呟いた。
「なんだ、受付の子の話か? 吹聴してるのか、仕方のない子だな」
「た、の、し、か、っ、た?」
「楽しかったよ。デートとも言えないとは思うが」
 食事をして酒を飲んで話しただけだ、としれっと返して報告書に視線を落としたロイに、エドワードは半眼になる。
「酒まで呑んどいてホテル誘わないわけ? 女ったらしが」
「女性に煙たがれない秘訣はね、鋼の。がっつかないことだよ。大体彼女は部下だ。仕事上の話で礼をしたいというから二人で話せる場を設けてやっただけだ」
「仕事の延長ってこと?」
「仕事2割にプライベート8割かな。でもその2割が基本だね。部下に手を出すわけにはいかんよ、若い頃ならともかく」
「……………。……若い頃は手ェ出してたんだ」
「若気の至りというやつだ」
 うわサイテー、と顔を歪めるエドワードに、ロイははー、とわざとらしく溜息を吐いて肩を竦めた。
「据え膳云々言い出す君に言われたくないセリフだな」
「でも楽しかったんだ、デート」
「なんだ、随分と蒸し返すな。楽しかったよ、やはり女性と話をするのは楽しいな」
「オレと話ししても楽しくないの」
 ほら来た、と言うようににやりと片頬だけで嫌みに嗤い、ロイは報告書にサインを施しぽんと印を付いた。
「男と話すのはまた別の楽しさだろう? それと」
 ふいに伸びた手がぐいと胸倉を掴み、引き寄せられたエドワードは半ば机に乗り上げる。支えに突いた手の下にあるはずの書類は今はロイの手の中で、磨かれた天板の上を手袋が滑った。
 耳朶に唇が触れる位置で、低く熱い声が囁く。
「………恋人と話すのもな」
「─────、」
 ぱ、と手を離され床に着地したエドワードは動揺そのままによろけてぺたりと座り込んだ。その様を眺めてくつくつと笑ったロイは報告書を差し出す。
「ほら、持って行け。資料室の鍵は中尉に言えば出してくれるから」
「あ、あ、アンタ………」
「早く行け、仕事の邪魔だ」
 慌てて立ち上がり報告書を受け取り、既に別の書類を引き寄せて目を落としている黒髪を見下ろしてエドワードは苦々しく唇を曲げた。
「アンタほんっとたらしだよな」
「褒め言葉だ」
 くつくつと笑いながら扉を指差され、エドワードはぐったりと溜息を吐いて赤い顔を押さえながらのろのろと退室した。

 

 
 
 

■2005/5/11

誘い受け大佐。だと思います。大佐が受けのほうがエドの立場が弱いような…気が…。

初出:2005.5.3

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