毎日毎日働いて働いて働いて遊んで働いてひとを殺した罪悪感があるのかなんて言われてもそりゃあ戦争だから仕方がないと真顔で答えてそれなりの地位にいるのだし下手を打てば戦犯として銃殺なんてことも充分に有り得るわけでやはりこの国は負けてはならんとまた殺し殺す手段を考えてそれで抱く罪悪感などたかが知れていてメシは喰うし仕事もするし遊ぶし寝るし大した悪夢を見ることもないしああ自分もいい加減軍人なのだなあと思うのはそんなときだが兵卒どものようにどれだけ殺してどれだけ犯したかなど自慢する気にもなれないから国家錬金術師様で士官様になって馬鹿どもと馬鹿な話をする機会が減ったことは喜ばしいことだしインテリだなんだと言われるのは別に構わないがこういうところはまだ軍人ではないのだろうかと思わないでもないがそういえば子供の頃にはすっかり学者になるつもりだったのに何故自分は軍人になどなったのだろうとほんの時折考えてしかしやめるなら今だという機会はとうの昔に失っているから今更他の人生など考えられはしないんだが君はこういうことはどう思うのだ。 |
「…………あのね、大佐」 シャツを剥ぎ終り胸に唇を落していたエドワードは、うんざりと顔を上げてロイを覗き込んだ。 「こういうことしているときに延々だらだら喋ってるっつーのはどういう意図があるんでしょーかねー?」 ロイは不機嫌な顔でそっぽを向いたままつまらなそうに耳を引っ張っている。 「こら、こっち見ろって」 両手で頬を挟んで強引に向かせると、醒めた光彩の濃い黒い瞳が眇められた。エドワードは溜息を吐く。 「すげェ自制心だと誉めたほうがいい?」 「九九でも唱えるか? それとも周期表の暗唱でもするか。歴史がいいなら歴代大総統を暗唱するぞ。各人のプロフィールも入り用か?」 「なんでそんなの暗記してんだよ。いらねぇから」 「じゃあ何がいい。お伽話でもしてやろうか。むかしむかしあるところに」 「やめろって! なんだよもー、怒るなよ−」 「怒るなだと? どの口でそう図々しいことを言うんだね君は?」 ほんの僅かに激高し掛けたロイの白い頬にさっと朱が走る。途端口を噤んだロイは眉を顰めて呼吸を整えている様子だ。多分頭の中で九九だか歴代大総統の名だかを唱えているのだろう。 エドワードは何度目かの溜息を吐いた。 「あのさ、後で気が済むまで怒られるから、今はさせて。てかしないとアンタも辛いんじゃねェ? 早いとこ汗掻いて出したほうがいいって」 「………馬鹿者。この手のアフロディザックは発汗と共に排出はされない。アルコールとは違うんだ、麻薬だぞ」 「そうなの?」 「君も錬金術師なら理解しておきたまえ!」 「いやだってオレ未成年だし」 「薬を盛っておいて今更年齢を盾に取るな…ッ!」 語尾が乱れる。あっという間に体温が上がり鼓動が速まった身体に、幼子か老人なら死ぬぞこれは、とロイは苦しげな息を吐いた。 「絶対に分量を間違えている。多過ぎだ」 「え、嘘。大人の男ならこんなもんだって。あんた見た目の割には筋肉で重たいし、ちゃんと体重比で計算し」 「耐性がないんだ馬鹿者! 私は性行為に関してはノーマルだと以前言わなかったか!?」 「あー、解ったごめん、落ち着いて」 派手に息を乱し苦しげに顔を歪めたロイに慌て、頭を抱いてよしよし、と撫でるとまだ怒りは醒めてはいないのだろうが心拍数と呼吸と体温を落すことが最優先だと考えたのか、腕の中で恋人は大人しくなった。なんて意地っ張りだ、とエドワードは少し呆れる。 この年上の恋人のベッドでのあまりの淡白さが寂しくて、ちょっと乱してやりたくなっただけなのに。 「なあ、ヤりたくなんないの? 心拍数が上がるだけ?」 「………こんなもんを使われてヤるくらいなら自分で始末する」 「なんでだよ」 「これでは強姦だ」 「そんなことねェだろ!?」 「そんなことはある。抵抗する術を奪われているも同然だ」 「逃げようと思えばいくらだって逃げられるだろ」 ロイはじろりとエドワードを睨み、辛うじてシャツの絡まる腕を持ち上げ戯れのように少年の肩を押しやった。その手に力は無い。 「この状態でどうやって逃げろって?」 「………力入ンねェの?」 「それどころか起き上がれない。今なら犯し放題だぞ、鋼の」 うわあ、本気で怒ってる。 「ごめんってば」 「ごめんで済むか! 大体何なんだ君は! こうまでして何がしたかったんだ!?」 「いや、あの」 「素面でもちゃんと付き合っているだろうが! 何が不満なんだ!? 大体…ッ」 怒鳴りながらもみるみる乱れて行く息と掠れていく声に困ったなあ、と眺めていたエドワードは、ふいにこぼれた涙にぎょっとした。 「うわ、ちょっと何、ご、ごめんって」 「…………クソ!」 ロイは力の無い手で目を擦る。微かに歯ぎしりの音がして、手の甲で押さえられた目から再び涙が溢れた。 「まったく情けないことこの上ないじゃないか…! 男に抱かれるだけでも相当馬鹿らしいというのに、何が悲しくてこんな」 「ごめんごめんごめん! ほんっとごめん!」 高揚し過ぎるのだ、と気付いたところでもう遅い。 成分的に体質に合わないのかロイの言うように分量が多過ぎるのかは解らないが、とにかく媚薬や催淫剤の類いがどうも性欲だけに直結するわけではないらしい、と今更ながらにエドワードは理解した。 エドワードは黒髪を撫で頬を撫でて、邪魔をする手をそうっと払い、涙が溢れる閉じた瞼を指で拭った。 「ごめん。もう二度とこういうのしないから」 「当たり前だ!」 「うん、ごめん。もう喋んないで」 涙が止まらないから、と囁いて瞼に唇を落すと、僅かに顔を背けるように動いたロイの目許に朱が昇る。前髪を掻き上げてやると額はしっとりと汗で濡れていて、今更ながらによく見れば荒い息に上下する裸の胸や首筋も紅潮し、いつもよりも血と肉の色に近い。 端的に言って、食欲をそそる。舌舐めずりでもしたい気分だ。 うわあ、これはちょっと。 エドワードは頬を引き攣らせた。 オレは後でトイレでもシャワー中でもなんでもいいから、燃やされるの覚悟でこいつだけイかせてやろうと思ってたんだけど。 性少年には厳しい眺めです大佐、と呟いた胸のうちが知れたわけでもないだろうに、ふと瞼を上げた濡れた眼が流された。 「…………鋼の」 「は、はい?」 「後で燃やす」 「はい………」 「………が、今は燃せない、から」 「………オレも強姦するのはちょっと」 ふ、と詰めた喉から控えめに洩れた吐息すらエドワードの暴走気味の理性にはかなり厳しい。 うう、と唸ったエドワードに、ロイは苦笑のような笑みを口許に微かに走らせた。 「同意してやるから」 「………いいの?」 「ああ」 エドワードは眼を輝かせ、ぎゅうと恋人を抱き締めた。 「優しいなー、ロイ」 「いい気になるな馬鹿者」 「はーい、すみません大佐ー」 言って頬に唇を落すと膚が震えたのが解った。エドワードは眼を瞬かせ、そろりと生身の左手で鎖骨を撫でてみる。 掌に細かな震え。 「………感じんの?」 「ぞわぞわする」 「色気がねェ」 「あってたまるか」 「嘘。すげぇ色っぽい」 ロイが眉を顰める。 「気持ちの悪いことを言うな」 「そのはきはきした口調がなきゃもっといいのにー」 言いながら脇腹を撫でるとひゅ、と鋭く息が吸われた。ほとんど苦痛に耐えるかのようなその顔の、瞳だけがゆるりと潤んでいるのを確認し、ほんと意地っ張りだなあとエドワードは笑う。 「キスしていいですかー」 「……訊かんでいい」 そっけない言葉にはーい、と機嫌よく返事をして、エドワードはそろりと唇を落した。高揚のためかいつもよりもなめらかな唇に気を良くし、舌を差し込み歯列を撫でて角度を変え本格的に口腔内へ侵入する。 キスの仕方は今腕の中にいる恋人から覚えたものだから、多分相当上手くはなっているのだろうしやろうと思えば情熱的なキスを冷静にしてやる自信はあるのだけれど、いつもよりもずっと熱い口の中にもうそれだけで理性が飛びそうだ。ほんとオレって若い、と思いつつ、熱い舌を追う。 「…………、ふ……」 鼻に掛かるような微かな声。 うわ初めて聞いたかも、とぞくぞくと落ち着かない背中を宥め、エドワードは唇を離した。はあっ、と大きく空気を貪ったロイが、無意識なのか強く血の色を移す赤い舌でぬるりと唇を舐める。その見ようによってはグロテスクな、軟体生物のような動きに頭の芯が痺れるようだ。 男が睦言やムードより視覚に煽られるってのは本当なんだな、と思いつつ、エドワードは左手で恋人の膚を撫でながら再び口付けた。細かに震え続けている膚に触れた掌に時折びくびくと強い痙攣を感じる。 これは確かにじいさんなら死にそうだ効き過ぎだ、と思いつつちょっと楽しくなっている自分に気付き、エドワードは自嘲した。 もしこれを自分が呑んでいたとして。 多分こうやって呑気に愛撫などしていられなかっただろうなあ、と思う。 しかし恋人はほとんど喘ぐことも快楽に身を捩ることもしない。 ほんと凄ェ自制心。 軍人ってヤツは、と笑みを息に変えて洩らし、離した唇を胸へと移してエドワードは下肢へと指を伸ばした。 「……あ……ッ!」 きつく閉じられた瞼が震えた。力無く肩へ掛けられていた指に、それでも幾許か力が込められたのが解る。 「…………ッ、…ん………」 「………挿れるとき声上げんの初めて聞いた」 「る……ッさ、い……」 「うん、ごめん」 下肢へと絡む内壁が酷く熱い。こりゃあんま持たないなあ、と大分靄掛かった頭で考えながらエドワードはゆっくりと侵入を続けた。仰け反った喉が白く、嚥下するように蠢く。 その喉へと軽く噛み付くと背を彷徨っていた指が金髪を絡め引いた。しかしその力は弱い。 嫌がっているのを知りながらエドワードはいただきます、とでも言うように更に喉へと噛み付く。 性欲は食欲に近い、と思う。 ほんの時折、このどうも抱かれるという行為を納得し切っていない素振りの恋人が僅かに乱れた姿体を晒したときに思うことがある。 今オレが気が違ったら、多分こいつを喰っちまう。 肉食の獣のように、柔らかな喉を喰い破り、動きを奪い、命を奪い。 それは罪深いことだろうか。 ひとを殺す方法を数式で組み立てて、それを実行してみせるこの男の罪よりも。 深い、のだろうか。 「………なあ、大佐」 「……ん、………ッ、…な、ん……だ」 「さっき、どう思うって言ってたけど」 薄く開かれた眼が何の話だ、と言っている。 しかしエドワードはそれを説明せずに、機械鎧の指を濡れた唇に差し入れ口腔を犯す。整備油の臭いと味が嫌なのか顔を歪めるその苦痛の表情に、疾っくに理性の飛んだ頭の芯が研ぎすまされて行くのを感じる。 エドワードは囁いた。 「………最低だと思うよ」 まるで睦言のように、甘い口調でエドワードは続けた。 「ウィンリィんとこの父さんも母さんも、ルカさんとこの息子も、ディータ−んとこの親父も、キンリー婆さんのとこの孫夫婦も、みんなみんな内乱の爆撃で飛んだんだ。ミンスの親父の左足も、カーターの右耳と右目も」 ザイの両手の指もブラウンさんの両足もジャックの聴覚もアーチ−さんの正気も。 アンタの仲間の軍人の多くも。 「あ…ァ………は……ッ」 縋るように背に回された腕に篭らない力を込めるロイの、仰け反るしなやかな背を撫でる。シーツに突っ張った足ががくがくと大きく震えた。 「なあ、最低だろ……? 軍人なんて最低だ」 密着した膚から感じる鼓動が恐ろしく速い。 熱い身体に気が違いそうになる。 ああ、喰ったらどんな味がするんだろうこいつは。 甘いのか、苦いのか。 けれどどんな味がしたところで、毒には違い無いのだ。 幾百もの怨嗟を負った身体。 自分とは違う罪の絡まる、罪を罪と思わない傲慢な身体。 「………エドワード・エルリック」 快楽を貪り掛けていたエドワードは、小さく名を呼ぶ掠れ声に顔を上げた。薄く開かれた瞼の奥の夜色の眼がひやりと光る。エドワードの頭から血が引いた。 大きな手が最近僅かに肉の落ち始めた、しかしまだ子供の丸みを残す顎を撫でた。 「君も、その最低な軍人の仲間だ」 「…………オレは」 「だが」 深い吐息が震える。瞳の色は真っ暗だ。 両手がエドワードの頭を軽く押さえ、胸に抱いた。 「………君は殺すな」 「たい………」 「君は慣れるな。君には無理だ………」 耐えることを知らない、ただ前へと足を運ぶだけの、それが耐えることだと信じている未だ子供の君には。 苦悩に押し潰され掛けている、愛しい者に縋り付いて生きている君には。 エドワードは腕を払って顔を上げた。表情のない白く血の引いた、額に汗を残す顔を睨む。 「オレはそんなに弱く無い! アルに縋り付いてなんか……! オレは、あいつの」 ───重荷、などでは。 ロイの色の引き始めた唇から震える息が洩らされた。その息だけならまるで嗚咽だ。 「………そうだな、鋼の錬金術師。……失言だ、忘れろ」 宥める声が癪に触る。ことあるごとに子供扱いをするこの男のこういうところが嫌いだ。 対等に扱っているように見せ掛けて、一度たりとも対等な場に立たせてくれたことなどなくて。 けれど一番嫌なのは、自力で対等な場へ上れずにいる今の自分だ。 「………ムカついた」 「お互い様だ」 「喰ってやる」 ロイが喉を震わせ嗤った。 「もう喰われてる」 抱いている身体が冷えて行く。 ああ、高揚を醒ましてしまった。 せっかく綺麗だったのに。 「………血も肉も骨も全部、喰う」 冷ややかな論理も滾る焔も罪も怨嗟も何もかも。 ロイは再び嗤い、僅かに眼を閉じた。再び開いたときにはぎらぎらと強い光がその漆黒を燃やしている。 「猛毒だ」 「知ってる」 「焼き尽すぞ」 「覚悟してる」 「安い覚悟だな」 エドワードは金の瞳に笑みを閃かせた。 「なめてると後悔するぞ」 反論を聞かず、エドワードは再び熱を得るために乱暴に唇を塞いだ。背を狼狽えたように指が彷徨い、熱の落ちた口腔がみるみるうちに熱くなる。 エドワードはにやりと笑い、ふと唇を離してこれ見よがしに舌舐めずりをして見せた。 薬の効果が切れるまで、あと3時間と、少し。 |
■2004/6/7 受っぽいロイにチャレンジ。…しようとしたら薬になってしまいました。何が書きたかったのかもう解らない。うちの大佐はあんまり苦悩しないので、代わりにエドが苦悩してみました。(意味無い)
ところで4時間もやってたら29歳は翌日使い物にならないと思います。あ、催淫・媚薬の正しい発音は多分アフロディジアックです。アフロディーテ(愛と美の女神)から来てるのだろうか? 不明。
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