「ウィンリィばあちゃーん!」 「誰がばあちゃんかーッ!」 がん、と投げつけられたスパナを額で綺麗に受け止めて仰け反った悪ガキは、ありゃしまった、と頬を引き攣らせたウィンリィに構わず一拍を置いてひょ、と身を起こしにっと笑った。赤くなった額が見る見る腫れ上がる。 「うわあ、ピーター! ごめん!」 「いいって、いつものことじゃん。それよかばあちゃん」 「ウィンリィさん!」 「ウィンリィ、あのさあ」 ごそごそ、と肩から斜めに掛けた鞄をあさり、少年は何かを掴みだしてん、と差し出す。首の後ろで括った長い金髪がきらきらとして、明るい緑の眼は一見純真だ。 しかしウィンリィは灰掛かる青い眼に瞼を半分被せ、じと、と少年を見下ろした。 「今日はなんなの、寝惚けてるカエル? ミミズの塊? ネズミの死骸? ゴキブリだけは勘弁してよね」 「ちっがあう! 俺がいやがらせばっかしてるみたいに言うなよな!」 「その通りじゃないの」 「なんだよひとがせっかく…! もーいい!」 ぷりぷりとむくれて鞄にしまおうとする少年にああごめんごめん、と笑ってウィンリィは痩せた掌を差し出した。しわしわで皮が硬くて細い指が節榑立った、男のような手だ。 働く手だと言って、目の前の少年は、この色気のない老いた手を綺麗だと撫でる。 好きだばあちゃん、と笑う仕草がどことなく───かつての、あの幼馴染みたちに似て、いて。 ころん、と掌に転がされた捻子を眺め、ウィンリィはひとつ瞬いた。 「あれ………これ、」 「うん、見つけた。ごめんな、ずいぶん掛かったけど」 ごそごそと鞄をあさりさらにころころと捻子を転がして、少年は首を傾げた。 「これで直る? 全部か?」 「………いいのに、」 「だって大事なんだろ、あの機械鎧」 古びた、子供サイズの右腕と左脚の機械鎧を、この悪ガキたちに悪戯半分に盗まれたのは随分と前だ。まさか子供のしたことだとは思わずに血相を変えて探し回っていた普段は威勢のいい近所のクソババアを初めは笑っていた子供たちが戸惑い始めたのは、怒鳴ることも、それどころか笑うことすら忘れてしまったかのようなウィンリィにまったく遊んでもらえなくなってしばらくしてからだった。 半月もしてから恐る恐る右腕と左脚を抱えてやってきたのはこの少年だけで、それも子供達が腹いせのようにばらばらに分解してうっちゃっていたものを拾い集めて持ってきたのだったから、いくつも部品が足りなくて結局復元は出来ずじまいでいたのに。 ウィンリィは手の中の錆の浮いた捻子を握った。 「………ありがとうね、ビーター」 「俺らが悪いのに謝るなんて変だよ、ウィンリィ」 それもそうだ、と笑って、ウィンリィは少年を手招いた。 「おいで。おでこ冷やすから」 「いいよ、仕事の邪魔だろ」 「ちょうどお茶にしようとしてたし、折角だからこれ、」 ウィンリィは捻子を掲げて見せる。 「直して、動かして見せたげるよ」 「え、動くの!? 誰に付けるの!?」 「付けなくても動かせるよ。動作確認用のテスターに繋げばいいんだから」 だからおいで、と誘うと少年は弾むような足取りで付いて来た。その現金な様に小さく笑い、足下にまとわりついて来た老犬の背を撫でてウィンリィは居間へと向かう。 「よ、元気か、デン」 「そこらに座ってて。デンと遊んでなさい」 「うん」 三代目のデンを撫でている少年の声を背に聞きながら煙草をぱくりとくわえてコンロの火を移し、火を落とさないまま水を張ったケトルを掛けた。それからいつでも目に止まる場所に鎮座していた、古い機械鎧を顧みて眼を細める。 ぽかりと空いていた捻子穴に、少年が携えて来た捻子はぴたりと合った。腰に下げていた工具を手慣れた仕草で操って、煙草を二本灰にする間に復元を済ませウィンリィはしゅんしゅんと湯の沸いていたケトルを取ってポットに移す。 「ピーター! ちょっと取りにきて」 「人使い荒いよばあちゃん」 「ウィンリィさん!」 「ババアはババアじゃんか」 現実から目を逸らしてもいいことないぜ、と生意気なことを言いながら、少年は素直にポットとカップを乗せたトレイを持った。 「二階?」 「うん。テラスに行ってて」 「はあい」 少年を先に行かせて機械鎧を動かすための準備を済ませ、重い鉄の塊をいくつも抱えてウィンリィは階段を上る。 「うわ、手伝うのに、ばあちゃん!」 「平気平気」 「腰やっちまったら困るだろ! 年考えろよもー」 ぶちぶちと言いながらもウィンリィの指示に従ってあちこちと動いていた少年は、さて、とでも言うようにセッティングされた腕の前に屈み込んだ。 「見てなさい」 かちん、とスイッチを入れる。僅かに間があった。 ゆっくりと、くく、と指が曲がる。 一度動けば後は滑らかで、ぎこちないながらもくく、くく、と動く関節に少年は眼を丸くした。 「うっわあ……こんなに古いのに!」 「あたしが十五のときに作ったヤツよ」 「十五!? すっげえ! 俺とふたつしか違わないじゃん!」 「まーね、ロックベルの名は伊達じゃないわよ」 さ、と少年を促してウィンリィは立ち上がった。 「紅茶が冷めるから、先に」 ふっと、言葉が途切れた。 少年が訝しげにウィンリィを見上げる。 「ばあちゃん?」 唇が、震える。 大きな灰青の眼がこぼれるほどに瞠られた。青ざめた顔にさあっと血の気が上り、老いに色褪せていた唇が赤々と色を差す。 その瞬間的に若返ったかのような顔に、少年は大きく瞬いた。 「ばあちゃ……って、ちょっと!」 くるり、と踵を返しばたばたと階段を駆け下りて行ったウィンリィに叫び、少年はなんなんだよもう、とがりがりと頭を掻いてふとテラスから一望できる景色を見た。 ロックベル家へと続く坂道を、金髪が二つ楽しげにやってくる。 ひとりはトランクを肩に担ぎ、もうひとりはコートを片腕に携えて。 肩をぶつけるようにして、くっついたり離れたりしながら時折じゃれるように足を蹴り合う仕草は酷く若いが、けれどその佇まいも背格好も大人のものだ。 その、ふたつの金髪の元へ長いプラチナブロンドを靡かせて駆けて行く───彼女、を。 少年はちらりと背後できしきしと軋みながら動き続けている鋼の腕を見、再び視線を戻した。どっと飛びついた女をトランクを放って支えた右手が、鈍色に輝く。何か喚いている声が聞こえる。 多分、泣いている。 少年はあーあ、と呟いて空を仰ぎ、それからがりがりと頭を掻いた。 金色の髪が好きだと眩しげに見るから伸ばしていたのに、あの男の髪は短い。だから多分、彼女はもう長い金髪は好きじゃない。 破れた初恋に肩を竦め、少年は踵を返して鋼の右腕に近付きぶちぶちと配線を外した。傍らに鎮座していた左脚を左の脇に、右腕を右の脇に抱える。 「ばあちゃーん!!」 喚くと、弾かれたように三人がこちらを見上げた。その表情までは解らず多分こちらの表情も見えてはいないのだけれど、少年は満面で笑って機械鎧の二肢を高々と持ち上げた。 「これ!! 俺にちょうだーい!!」 ウィンリィが何か叫んでいる。少年はぶんぶんと腕を振った。 「じゃーね! 俺帰る!!」 慌てたようにウィンリィがこちらへ駆けてくるのを視界の端に納めながら少年は階段を駆け下り、開け放たれていた窓から逃走して二人の金髪のいる坂道とは逆の方向へと駆けた。 鋼の二肢を、両脇に抱え込んだまま。 このクソガキー! と馴染みのある声が喚くのを背中で聞いて、少年はいひひ、と笑った。 |
■2005/9/19 劇場版ウィンリィがあんまり切なくてどうしようもなかった、という捏造。すみません夢見せさせてくださ い … 。
■NOVELTOP