眼が醒めるほどのいい天気だったので、午前中に来たホークアイ中尉の定時連絡の電話でついそっちの天気はどうですか、と訊いてしまって少し沈黙された。呆れられたかとちょっと反省したところでとてもいい天気で青空が綺麗だと答えてくれたので、ああそりゃあよかったですね、とハボックは返した。
 中尉はなにが、とは問わずにただそうね、と答えて、細かな指示をして、帰りは今の所予定通りだと報告して、受話器をおいた。相変わらず無駄のない上官だ。
 
 ああでも本当、よかったですね。
 
 これで雨だったりした日には、ただでさえくさくさした気分が余計に落ち込むってもんですよ、ねえ。
 
 仰向けに寝転がって煙草をふかしているものだから、先ほどからぱらぱらと顔に灰が降ってくる。ハボックは頭の下に敷いていた右手を引き抜き、煙草をつまんでぷかりと青空へ煙を吐いてみた。
 
(……天国で)
 
 誰彼構わずたかるんじゃないですよ、中佐。アンタ煙草のみの癖に煙草持ち歩かないから、いつも俺にたかってたけど。
 
 唇を歪めて少し笑い、上手く笑えなかった気がしたので再び煙草をくわえて眼を細める。
 
 もうくれと言われても煙草はやれないんですがね。ちゃんとカートンで持って旅立ったんでしょうね? 神様や美人の天使に迷惑掛けんじゃないですよ。
 天国は禁煙じゃなきゃあいいですね。
 
 いつか俺らや大佐や奥さんや、すっかりおばあちゃんになって天寿を全うした娘さんがそっちに行くまで、煙を楽しんでくださいよ。
 どうせアンタ、娘さんが来たらまた禁煙するんでしょう───。
 
「少尉! ハボック少尉ー」
「おー、こっちだ、フュリー曹長」
 寝転がったまま手をあげると、階段への扉から顔を覗かせた小柄な童顔男がああこんなところに、と弾んだ息を整えながら足早に近付いて来た。
「もう休憩時感は終わりです。少尉がいないと仕事にならないんですから戻ってくださいよ」
「あー、大佐はともかく、中尉がいねーと面倒だなあ、やっぱ」
「大佐と中尉が戻るまでは少尉が代理なんですから、しっかりしてください。中尉が戻ったら叱られますよ、大佐の悪い癖が移ったのかって」
「フュリー曹長」
「なんですか」
 ハボックは空を指差した。
「空が青いな」
「はい、いい天気ですね。今週はずっと晴れるだろうってファルマン准尉がおっしゃってました」
「お前さん、空には何があると思う?」
 フュリーは僅かに黙り、屈み込んでいた身を起こして首を90度曲げて空を見上げた。ハボックはその光を受けて眩しく影になる丸くて小さな顎を眺める。
「………今日、今、言うなら、やっぱり天国があるのかなあと思います」
「そうかぁ」
「はい。……中佐は絶対天国でも元気で娘自慢してるはずです」
 はは、とハボックは笑う。
「んじゃ、俺らが行くときも気合い入れて行かねーとな」
「その前に、ちゃんと天国に行けるように一生懸命生きないと」
「ああ、……行けるのかね、天国」
「行けますよ、少尉なら。それに中尉も、大佐も、みんな」
「お前さんも天国行きだよ」
「有難うございます」
 ハボックはよ、と呟いて身を起こし、立ち上がった。フュリーはまだ空を見上げている。
 
 見下ろした先の眼鏡の奥の黒い眼に、静かな湖のように、微かに揺れる水が満ちている。
 
 ハボックは見なかったふりをして、びし、と姿勢を正した。
「ケイン・フュリー曹長!」
「はっ、はい!?」
「マース・ヒューズ准将にィ、敬礼!」
「は、はッ!」
 西側の、屋上のフェンスの向こうもなだらかに青く空が広がり、その先だって天国なのだ、と、ハボックはしばしその青へと敬意を送った。
「んーじゃ、戻るかあ」
「は、はい」
 のんびりと言って踵を返し、慌てて追い掛けて来たフュリーが歩き出す前に慌てて眼鏡をずらし眼を擦ったのを、やっぱりハボックは気付かないふりをしてやった。
 
 なあ、中佐。
 アンタ幸せもんだよ。
 
 薄暗い建物内へと戻りながら、ハボックは煙を吐く。
 紫煙は酷く喉を焼いた。

 
 
 
 
 

■2004/9/4
ヒューズさん追悼の話をまともに書いたのは初めてです。ヒューズさんは東方司令部面子とも仲がいい雰囲気だったので、お留守番組はどう悼んだのかなー。とか。思ったり。

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