脱ぎ散らかされた軍服からは煙草の臭いがする。ソファで自堕落に転がって顔の上に先程まで読んでいた本を乗せている男(だが多分寝てはいない。ニュースの流れているラジオを聞いているようだ)は喫煙はほぼしないから、今日会った上官がヘビースモーカーだったか、もしくは喫煙室で喫煙者に混じり延々話をしていた(つまり仕事をサボっていた)かのどちらかだろう。
 エドワードは上着の肩を持って広げ、眺めた。今現在の服のサイズは彼と自分はほぼ同じ。骨格の違いで少しばかり自分のほうが肩幅と胸囲と胴囲が広い程度だ。
「なー大佐、」
「将軍」
「軍服着てみていい?」
 即座に入った訂正を無視してそう言うと、ばさり、と本の落ちる音がして続いてソファの背から起き上がった男が顔を覗かせた。不機嫌そうな黒い眼がじっとりとエドワードを睨み付けている。エドワードはああ違う違う、と片手を振った。
「軍人になっていいかとかそういうんじゃなくて、コレ。アンタの軍服。着てみていいか? クリーニング出す前に」
「……変態か?」
「ちげーよ馬鹿。着てみたいだけ。オレって軍服似合うのかなーとか思って」
「似合わない」
 にべもなく言って再びソファに転がったらしく姿の見えなくなった男に肩を竦めて、エドワードはばさりと軍服に袖を通した。煙草の臭いに整髪剤の匂いは掻き消えていたが、微かに香水の匂いは残る。それに混じり、シーツに染み付いているのと同じ、微かな体臭。
 ボタンを留め、エドワードは飾り鏡の前に移動して自らの姿を眺め襟元を正した。
「おー、ぴったり」
「似合わないと言ったろう」
「えー嘘、結構似合うって。軍帽どこだよ、軍帽」
「軍帽まで被る気か」
「エドワード・エルリック准将ってどう」
「どうと言われても」
 ほら見ろって、としつこく促すと、渋々と言った様子で起き上がった男はじっとエドワードを眺めた。
「なあ、どうよ。似合うと思わねえ?」
「似合わない」
 論じる必要もないと言いたげにきっぱりと言って、ロイはひらひらと片手を振り顔を背けた。落とした本を拾い、エドワードに背を向けたままぱらりと開く。
「君に青い色は似合わない」
「……ほー、赤いほうが似合うってか」
 大股で俯き加減の黒髪に歩み寄り、エドワードは背もたれに腕を乗せた。
「感傷的ですねー大佐殿」
「将軍」
「馬鹿だなあ、将軍」
「うるさい」
「可愛いなー」
「気持ちの悪いことを言うな」
 首に腕を回してすりすりと懐くと、しばしして溜息が吐かれた。ぱたん、と本が閉じられる。
「オレはアル置いて戦場なんか行かねーよ、大佐」
「……そうだな」
「絶対行かない」
 少し俯いたままの黒髪から覗く耳の縁に噛み付いて、エドワードはまだ硬質の声を切れ切れに流しているラジオへとちらりと視線を向けた。
 
 
 ラジオは長々と流していた国境の芳しくない戦況をようやく終えて、異国の音楽を流し始めていた。

 

 
 
 

■2006/6/2

すっかり忘れていたペーパー用SS。

初出:1/29ペーパー

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