「テメェの兄貴は今死に物狂いでテメェの肉体の素を掻き集めてる」 目の前で胡座を掻いた10歳のボクの見た目を持つ『そいつ』はそう言って皮肉げに顔を歪めた。 「………まさか兄さんの身体をまた持っていったりはしないよね」 そう念を押すとそいつはひゃひゃひゃ、と厭に甲高い声で嗤う。ボクってこんな声が出るのか。 「テメェらが求めたモンを何だと思ってる。真理に匹敵する、世界の総てに匹敵する、神に匹敵する完全な物質だぞ。俺はもう手が出ない」 「じゃあなんでキミはそこにいるんだよ。それってボクの身体なんでしょう。兄さんが今掻き集めているのはボクだったものではないの?」 「馬鹿だな、錬金術師。ここはテメェの真理だ、兄貴の真理じゃァねェ。『これ』はテメェの意識下で見えている、まあ幻みてェなもんだ。テメェのイメージだ」 ボクは僅かに黙る。 「………つまり、ここは本当の真理ではないの?」 そいつは再び甲高い声で嗤った。 「さあなァ」 「さあな、って」 そいつは立ち上がりボクに近付いて、鼻先に指を突き付けた。 「教えてやる義理はないね。テメェはもう何一つ対価を払うつもりはねェんだろ? 錬金術師」 その突き付けられた指が、ゆるりと分解する。 「ほら、時間だ」 言って、そいつはボクの胸の辺りへ指がほどけた手を当てた。すり抜ける。ボクは自分の姿が無いことに気付いた。 そいつはうっそりと嗤う。 「憶えておけ、錬金術師。再構築したものには何一つ傷はない」 『そいつ』はそう言って両手を広げて見せた。 「今俺に何一つ傷がねェようにな。テメェは新品の肉体と精神と、新品の魂を手に入れる」 ボクはそいつをじっと見た。 「………キミがボクであるというのなら、それはボクの深層からの忠告ととっていいのかな」 そいつは肩を竦め、くるりと踵を返した。その踵から足がほどける。 「世界は完全だが個は不完全だ」 短い髪の毛の先がぱらぱらと崩れて行く。 「全一である賢者の石は世界で個だ。全の内に全が個として存在するのは酷く不自然なことだ」 もう腕はない。脚もない。腰から上へ、肩から胴へと侵食が進む。 そいつはくるりと振り向いた。 「憶えておけ、錬金術師。流れの上に有るものは総て不完全だ」 そいつの金の眼の、その中心が針で穿ったように真っ黒だ。 「だがテメェは全から産まれ直す」 「………賢者の石は一でもあるよ」 「そうだ、完全だ。そして酷く不自然だ。テメェは完全だが同時にこの上なく不完全な存在だ。何一つ傷のない、世界に匹敵する、どの個よりも何もかも欠けた、そういう不自然なものになる。テメェは世界から外れた個だ。個でありながら全一のものから産まれた孤独な存在だ」 頬が欠けて行く。 ボクは眼を眇めてそれを見た。 「ボクは対価を払っていない」 「払う気はねェんだろ?」 「………つまりそれも、ボクの深層からの言葉だと受け取っていいんだね?」 もう喉もないのに、そいつはひゃひゃひゃ、と嗤う。ボクは言い募った。 「それは真理ではないんだね?」 「さあなァ」 もうほとんど何もないそいつが、肩を竦めたような気がした。 「じゃあな、錬金術師」 急激にボクが分解されて行く。 にやり、と嗤ったそいつは透明で、ひとの形に空気の歪んだ化物で、 まるでつい昨日までのボクみたいだと、思った。 |
■2004/6/9 連載。になるかどうか解らない。頭の中にはあるんですが出力できるのか。ここで終わっちゃうかもしれません。うーん。
からっぽちゃんとは毛色の違う人アル話。
ところでわたしまだ7巻までしか読んでいないのでアルが真理と会ったトコ見てません。アル真理もチンピラ属性なんですか。
あ、「Pebble」は透明な石英、もしくは小石の意。
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