『お前ェは将来絶対親バカになる!』
 士官候補生の立場も酒の推進力でどこかにすっ飛ばしてしまった酔っ払い未成年は空に向かってそう宣言しばったり倒れていびきを掻き出したものだから、ロイはその図体ばかりでかいバカを引きずって寮まで帰らざるを得なくなり、えらく理不尽な気分になったものだった。
 そのバカは先にさっさと結婚を済ませ立派に親バカとなり今はもう墓の下だ。
 なあヒューズ、とロイは僅かに唇を歪めた。
 お前が今の俺を見たなら、ほらみろ言った通りだろう、と高笑いをするんだろうか。
(それともそんなことを憶えているのは俺だけだったんだろうか)
 もういない親友にそれを尋ねることは出来ず、だからロイは、死んだらヒューズに訊くことリストの一番上にそれを乗せた。
 
 
 
 
 
「だああっ! 狡ィぞアルッ!」
「ずるくないもーん」
 きゃらきゃらと甲高い声で笑った鎧の少年は目一杯上に伸ばした手にバスケットボールをひとつ持っている。それに明らかに届かないことが解っていつつぴょんぴょんと飼い主に遊ばれる犬のように飛び付こうと頑張っているのは彼の兄だ。
「ブレダ少尉、パス!」
「う、おおっ!?」
 ぼーっと突っ立っていた部下はぽーんと高く弧を描き投げられたボールを慌てて掴み、両手で抱えたまま及び腰できょろきょろと周囲を見回した。
「寄越せッ、少尉!!」
「お、おおお!?」
「ダメですよ渡しちゃ! ドリブルドリブル!!」
「おおおお……」
 呆然としていたブレダの手から突っ込んだ野猿がボールを奪い、凄い勢いでドリブルをしながらバスケットゴールへと接近する。あれでは芝生が剥げるなあと呑気に考えながら、ロイはベンチに座っていたリザへと近付いた。
「あれはなんだ?」
「大佐、お疲れ様です」
「3on3?」
「いえ、3on2でしょうか」
 確かにアルフォンスとブレダの組にはあとひとりが見当たらない。その反面、エドワードの組にはフュリーとファルマンが突っ立っていた(障害物にしかなっていないようだが)。
「卑怯じゃないか」
「アルフォンス君が大きいから二人分だと言って」
「だが、ブレダが0.5人分だろう」
「五分もありません」
 さらりと吐かれた辛辣な言葉に苦笑して、ロイは兄弟と部下の混合チームを眺めた。
 ぱさ、と軽い音がしてエドワードの放ったボールがゴールを潜り落下する。よっしゃーッ、と喚いてちらりと弟を見た目は挑戦的ににやりと笑んでいて、兄をからかう態度で余裕綽々でいたアルフォンスの鎧の面が、むっと曇ったのが不思議と見て取れた。
 リザがスコアボード代わりらしい手元の小さなホワイトボードに点数を書き足す。五分五分ではあるが、ブレダの息がすっかり上がってしまっているらしい今となっては兄チームが優勢かもしれない。
 弟も兄に負けず劣らず負けず嫌いだしこれではしばらく終わりそうもないなと考えて、ロイはやれやれと肩を竦めてリザの隣に座った。足下の犬がふんふんと鼻を鳴らしてロイの足にじゃれ、軽くブーツの爪先でその顎をくすぐるとぱたぱたと申し訳程度にしっぽを振りリザに寄り添いぺたんと寝転んだ。
「ブレダ少尉、ボール持ったらとにかくドリブルしてよ」
「だが、てんてんとまりつきしてたらすぐに取られ」
「ボール持ちっ放しでいると反則取られるんだよー。それに一歩でも動いてくれないとボクが取りに行く間が稼げないから」
「………そうなのか」
 そうなの、と溜息混じりに頷くアルフォンスとコートを挟んだ反対側では、エドワードが頻りにフュリーに褒められている。ブレダよりは瞬発力がある上器用なフュリーと長身のファルマン、そして天然野生児で運動神経の塊と言って過言のないのエドワードの三人組は、明らかにアルフォンス一人で試合をしている弟チームより有利だ。
 ふむ、と呟いて顎を撫で、ロイは上着を脱いだ。
「大佐?」
「ちょっと息抜き」
 腕捲りをしながらすたすたと近付いて行くと、気付いたでこぼこコンビが顔を上げた。ぜいぜいと息を上げた部下がご苦労様ですと背を丸めたまま敬礼をする。
「こんにちは、大佐………ってあ、会議終わったんですか? ごめんなさい、ちょっと待って。決着付かないと落ち着かないし」
「解ってる。私も仲間に入れてくれ」
「え」
 アルフォンスの眼窩の光が瞬いた。ブレダが三白眼でロイを見上げる。
「大佐、バスケ知ってんですか」
「失礼だな。士官学校にはあるんだぞ、こういう屋外コートが」
「………大佐が学友と和気藹々とバスケを楽しんでる姿というのが想像できないんですがね」
「うるさいな。いいからお前は周りを見やすいところで立ってろ。現状把握に徹してボールが来たら私かアルフォンス、シュートしやすそうな方へパスを寄越せ」
「ッあー!! 何大佐勝手に混じってんだよ!? 卑怯だろ!!」
 作戦会議中だと言うのにコートの向こう側から指をさして怒鳴った最年少国家錬金術師に、ロイは胡散臭い笑顔を振りまいた。
「卑怯とは君のことだろう、鋼の。どう見てもこちらのチームが不利じゃないか」
「アルがボール取ると誰も手ェ出せねーんだぞ!? ハンデだハンデッ!!」
「ほー。ハンデが無くては弟に勝てない、と。ふーん、情けない兄だなあ、鋼の」
 ぐっ、と解りやすく詰まったエドワードににやにやと笑い、ロイはぽんとアルフォンスの腕と部下の肩を叩いた。
「勝つぞ」
「もちろん」
 自信満々に頷く少年にくつくつと笑い、げんなりと丸めているブレダの背をどんと叩いてロイはコート内へと向かった。
 
 
 
 
 
「………………。………あんなに強いとは聞いてない」
「バスケにベースボールにテニスサッカー水泳フェンシング乗馬ボクシング、えーとあとなんだ。まあそのあたりなら一通りそれなりに出来るぞ」
「なんで!?」
「学生の頃は負けず嫌いだったんでね」
 しれっといい加減なことを言うロイにむかつく何なんだそれーッ、と頭を抱えていつものオーバーアクションで怒りに震えるエドワードを尻目に、アルフォンスはへえ、と感心したように頷いた。
「士官学校って軍のこととかばかりするのかと思ってた」
「普通の授業もあるよ、少しだがね。スポーツは色々とやらされたよ。担当の教官の趣味かもしれん」
 ふうん、と頷く様がなんだか楽しげで、ロイは目を細めてその弟と未だに納得がいかないとぶつぶつと文句を言っている兄を見た。
「報告書だが」
「あ、なんか問題あった?」
「いや、ないよ。ご苦労だった」
「そう思うんなら資料室の閲覧許可くれよ」
「ああ、」
「って言いたいとこだけど」
 引き出しを開け掛けたロイを留めてエドワードは肩を竦める。
「これからすぐ出なきゃならないんだ。ひとと会う約束してるから」
「ほう」
「中央から近いとこだからさ、空振りだったら近いうちにまた来るよ。そんときまで貸しにしとく」
「もう私の管轄ではないんだがな、君がどこで騒ぎを起こそうと」
「起こしたわけじゃねーよ収めたの! でもオレらの担当は大佐だろ。報告書はアンタに出すことになってるしさ。東方司令部の新しいヤツ、えーと……」
「ハクロ将軍か」
「ああうん、そのオッサン。そのひとが担当になるのかと思ってたんだけどさ」
「彼は国家錬金術師を好きではないんだ」
 ああそうなの、と何でもないことのように頷いて、エドワードは弟を顧みた。
「んじゃ行くか、アル」
「うん。お邪魔しました、大佐」
「ああ、行っておいで」
 立ち上がり扉へ向かい掛けていた兄弟は、揃ってぴたりと足を止め息を合わせたかのように振り向いた。ロイは瞬く。
「………どうかしたかね」
「え、」
「あ、いえ、………えっと、行ってきます」
「ああ、気を付けて。あまり問題を起こすんじゃないぞ、鋼の。アルフォンス、兄の監視をしっかり頼む」
「余計なお世話だーッ!!」
「解りました、任せてください。でもあんまり期待しないでくださいね」
 兄さん血の気が多いから、とかぶりを振るアルフォンスにエドワードが再び喧しく喚く。その様子をくつくつと喉を鳴らして眺め、ロイはむくれたままの兄とがしゃんと頭を下げた弟に手を振った。
「じゃーなッ、大佐!」
「行ってきまーす!」
 閉じ掛けた扉の向こうで照れを隠すかのような不機嫌顔の兄と、小さく手を振るアルフォンスが消えて、何か騒がしく喚き合う子供たちの声と金属の足音が遠ざかる。ロイは急にしんとなった部屋を眺めた。それから肘を突いた両手で顔を覆って笑う。
 
 ───お前が今の俺を見たなら、ほらみろ言った通りだろう、と高笑いをするんだろう、ヒューズ。
 親バカになる、なんて宣言をされて何を言うんだ俺は厳格な父親になるんだと嘯いて見せたのに、どうもそうなれそうにもない。
 
 こんこんとノックが響いた。
「ホークアイ中尉です」
「入れ」
 書類を抱えて入って来たリザはもうすっかり仕事の顔をしていて、兄弟に見せていた和やかな顔は鉄面皮の下に仕舞い込まれている。ロイは組んだ指に顎を乗せたまま、その整った顔を眺めた。
「なあ、中尉」
「はい」
「子供が欲しいなあ」
「結婚なされたらどうですか。選り取り見取りでしょう」
「金髪がいいなあ」
「黒髪の親では難しいですね」
「養子という手があるぞ」
 リザはふと書類を数えていた手を止め、ロイを見た。まっすぐな視線が射抜くようで、それがとても心地良い。
「エルリック兄弟でしたら、亡くなったお母様の他に母親を欲したりはしないと思いますが」
「だろうな。彼らを養子にしようとは思わないよ」
 
 ただ、それもまた幸せのひとつではないかと、夢想しただけで。
 
「何にしても、未婚のまま女性を孕ませることはやめてください。醜聞になります」
「君はどうしてそう現実的なんだ」
 ばっさりと切って捨てられて溜息を吐き、ロイは頬杖を止めてどんどんと積まれて行く書類に手を伸ばした。

 

 
 
 

■2004/11/30

パドリーノ(儀礼親)/アイハード(儀礼子)というのはスペインとかのインディオの風習で、仮親が実の親子のように仮子の面倒を見る、という、まあ後見人みたいなもののようです。外国だと親同士が親友でその子供の面倒を実の親子のように見る、なんてのはあるようなんで、まあそんなカンジかなーと。大佐だと兄弟よりはエリシアにその傾向はありそうなものですが。

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