「たまにはさー、逆でやってみる?」
 くったりなどという可愛らしい様子ではなく心底ぐったりと疲れ果ててベッドに沈み込んでいた男の、疲労の滲む顔にふっと湧いた罪悪感のままにそっと提案してみると、嫌そうに眉が寄せられ黒い眼が緩慢にエドワードを見上げた。
「……………。……私が君相手に勃つとでも?」
「いや、それはどうにでもするけど」
「そこが問題だろうが」
「いや、だから、論点はそこじゃなくて」
「どこが論点なんだ」
 ええとだから、とエドワードはぽりぽりと頬を掻いて視線を泳がせた。
「そのほうがアンタに負担にならないかなあ、と」
 ぱち、と漆黒がひとつ瞬く。
 ごろりと俯せていた身を返して、ロイは片腕を枕に横臥した。
「負担を掛けている自覚があったのか」
「アンタの中でどんだけオレは暴君なんだ」
「暴君じゃないのか?」
 にやにやと嗤う顔にむかついてうるせえよ、と耳を引っ張るとくつくつと喉を鳴らしながらロイはその手を払った。
「それで?」
「え?」
「私に抱かれたいわけか? 突っ込まれて喘がされていかされたいのか?」
「そ、そういう風に言われるとなんか違うと思うんだけど……」
 微妙な顔で顎を引きながらエドワードは腕を組んだ。うーんと唸りこの男の腕の中に抱かれている場面をシミュレートする。抱いているときのこの男の、切なげに寄せられた眉や、濡れた眼や、上気した頬や色付いた唇や───堪えきれずに喉を震わす甘い低音を、自分と置き換え考える。
「………げえ、」
 喉を潰されたかのような声で呻き、苦い顔をしたエドワードにさもありなんとロイは頷いた。
「気持ち悪いだろう」
「つうか萎える……」
「客観的に見ても気色が悪いと思うぞ。君に喘がれても嬉しくない」
「ってアンタが言うなよ!! それは傷付くー!」
「では君の乱れて喘ぐ姿が見たいと迫ってくる男がいたら嬉しいか? 君を見て息が荒くなるんだぞ」
「そんな変態はこの世から抹殺されてしまえ!」
「私がそうなったら困るだろうが」
「アンタはいいの恋人だろーが! 男とか女とか関係ねー!」
 我が儘だなあ、と肩を竦め、ロイは頭の下から腕を抜きシーツにぼて、と側頭部を埋めた。
「君を抱くと言ってもなあ……。君の尻に挿れなきゃないのか? それは嫌だな、どうせ挿れるなら女性を抱きたい」
「ヤった直後に浮気宣言すんな馬鹿!」
「君を抱いてもつまらないだろうなあ……」
「しみじみ言うなっつーの! マジ傷付くー!!」
「君がだな、色っぽいとかそそるとかもっと喘げとか言って私を抱いている様も、第三者から見たら相当に気持ちが悪くて変態的なんだぞ」
「………えー」
「不満げな声を出すな、事実だ。……と、言うか、むしろ私のほうが気持ちが悪いんだろうな。大の男が組み敷かれているわけだから」
「アンタは色っぽいけど」
「そう言うのは君だけだ」
「……別にオレの眼が腐ってるだけが理由だとは思わねーけど。ヤってるときのアンタってほんと喰いたいくらいだし。他のヤツなんかに見せたらヤバいよ、襲われるって絶対」
「だから、そう見えているのは君だけだというのに。世間一般の成人男子となんら変わりがないぞ私は。他の男が同じようにしていたとしたら嫌だろう」
「大佐じゃなきゃ嫌だ」
 はあ、と溜息を吐いて、ロイは眼を閉じた。
「………まあ、そうでもなければ私を抱きたいなどとは言い出さないか」
「まあな。でも別に、アンタがオレに勃たないから仕方なく抱いてるとか言うんじゃねえぞ。オレは抱く側しか考えてなかったし」
「それは解っているよ。君だってれっきとした青年なんだし、健全な男子なら欲情すれば抱きたくはなるさ」
 むう、と唇を曲げ、エドワードは横たわる黒髪に合わせて顔を斜めに覗き込んだ。
「つまりなんだ、やっぱりアンタはオレには一切欲情しないと」
「……あまりしたことはないかな」
「あまり、って」
 ぼそ、と寄り添うように横臥して、エドワードは閉じた瞼と伏せた睫をじっと眺める。
「つうことは、たまにはするわけ?」
「……しなきゃ勃つのはともかく、そうそう達しはしないだろう、いくら身体と気持ちが必ずしも一致するものではないとは言え」
 ぱちくり、と瞬いて、エドワードはふむ、と呟き顎を撫でた。
「でもそれってさー……本能、つーか、欲情したときに目の前にあるもんがやけにいいものに見える作用みたいな、そういうのとは違うわけ。色っぽいおねーさん見ると知らないひとでもどきどきするとかさ」
 薄く、瞼が開いた。覗いた漆黒が困ったような、呆れたような視線を向ける。
「君は馬鹿だな」
「なんだよ馬鹿って」
「そこは黙って誤魔化されていれば僅かでも愉しいだろうに。わざわざ事実を追及する必要はないだろう」
「ってやっぱそういうことかよ」
 はあ、と嘆息してエドワードは眉間に皺を寄せたままがりがりと金髪を混ぜた。
「まー、解ってたけどな。大体普通にオレに欲情するならアンタたらしなんだし、手ェ出してくんだろ」
「性欲の塊のように言われるのは心外だ」
「いや、どっちかっつーと性欲薄い気はするけど………」
 僅かに言葉を止め、エドワードはまじまじとロイを見詰めた。目尻の鋭い大粒の金眼が、黒い眼を映し込む。
「……なんつうか、大佐ってカノジョにもそんな感じか?」
「そんな、というと?」
「つまりー……付き合ってるからにはそういう関係がアタリマエ、て向こうが思ってるときとか、オレが抱きたがるからさせてくれてるみたいにカノジョのほうが抱かれたいって思っててくれるときにするとか」
「………君は私の性生活の何を知っているんだ。君に別の恋人を紹介したことも会わせたこともないと思ったが?」
「いや、なんかそういう印象っていうか……違うのか? アンタのほうから盛るほう?」
「のべつまくなしに発情する女性と付き合ったことはないが、……まあ、セックスなしの付き合いをする相手もいはするよ。相手がそういう関係を望まないのなら、無理強いはしない」
 だからと言って、とやっぱりなあと納得し掛けたエドワードに釘を刺すようにロイは続けた。
「君が言うほど淡白だとは思わんがね。やはり男として、愛しい相手と抱き合いたいと思うことはあるさ。そこに身体の交わりが加わるかどうかはともかくな」
「オレとは抱き合いたくないの」
「なしならなしで有難いがね」
「む、むかつく……」
 苦笑のように低く笑い、ロイは腕を伸ばしてむくれている子供の肩を軽く抱き寄せた。
「だが、君はそれ抜きではいられないだろう? まだ若いのだし───今が一番興味がある時期だろうしな」
「セックスしたいからアンタを好きだみたいに言われるのは心外だ」
「そういうわけではないさ。これが女性相手なら君の年頃でもあるし、そもそも男には本能的にそういう部分は備わるからな、どちらが先だとは判断し難いところだが、君は同性愛者だと言うことではないようだし」
「まあ、綺麗だとか可愛いとかえろいなーとか思うのは女だよな、アンタ以外なら」
「だから、そこで私を選んだのには他に理由が───」
 ふっと半ばに切られた言葉に、エドワードは間近の顔を覗き込んだ。
「大佐? 理由って」
「………いや、どこがいいのかは解らんがね。まあ、とにかく君の場合は欲情が先にあったわけではないのだろうと思うと、それだけだよ」
 誤魔化すような言い方に軽く眉を顰めながら、エドワードは半ば伏せられた瞼を眺めた。
「………こら、鋼の」
「うーん」
 伸び上がり、その瞼に口付け軽く肩を押し遣ると、仰向けに返されたロイが僅かに咎めるような声を上げる。
「気遣うならきっちり気遣いたまえ」
「そんな文句言えないくらい欲情させてやる」
「……いや、だから、いつもするわけでは」
「たまにはすんだろ? いかせてくれって言わせてやるよ」
 あのなあ、と呆れた声を上げる唇を塞ぎ、足から腰に絡んでいたシーツを乱暴に剥いで本格的に組み敷くと、絡めた舌の合間から溜息が洩れた。重たげに持ち上がった手が、首に掛かる金髪を掻く。
 ふいに、小気味良い炸裂音が鼓膜へと届いた。
「………今日ってなんかあったっけ」
「街中が騒然としていなかったか? パレードがあるんだ、明日から、三日間。……今日は前夜祭だから」
「アル呼んで、後で見に行く? こっちの祭りなら深夜までやってんだろ。下手すりゃ朝方までとか」
「花火は、終わってしまうがね……」
 びり、びりと微かに触れる空気に鼓膜と皮膚とで音を聞きながら、大丈夫、と囁いてエドワードは軽く耳朶を食んだ。
「今日、いつものホテルがいっぱいでさ、駅の近くのほうに取ったんだ。ちょっと高かったけど高層階しか空いてなくてさ。でも窓も運河向きだったし、そっちで上がってんだろ、花火。アルなら窓から見てるって」
「………今すぐ止めてシャワーを浴びて出掛ける、という考えはないのか?」
 無理、と生真面目に言って、エドワードは押し開いた足の合間に硬さを増した下肢を擦り付けた。先程の余韻が残るのか、組み敷いた身体がぴくり、と揺れる。
「イかせてくれる?」
 無邪気を装って首を傾げると、嫌な顔をした大人は可愛くない、と呟いて諦めたように眼を閉じた。その眼の縁がほんのり色を乗せ始めたのを眺め、エドワードはへへ、と笑って力の抜けた身体へと唇を落とした。

 

 
 
 
 
 

■2006/9/12

じゃあ逆でしよう、とは大佐は言わないと知ってるくせに提案する兄さん。攻撃の際存在の主張が激しい鳴る矢。もしくはあるじの手で放たれる鳴き矢(ただし鳴きの悪い不良品)

初出:2006.8.20

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