てがみをにぎって

　アル、お前な。
　大事なこと溜め込んでいきなり吐き出す癖はよせ。吃驚するから。
　
　いいんだぞ、美意識だのなんだの回りくどい言葉使わなくても。エゴだって言ってくれても。
　オレだって解ってる。お前のためじゃない、ほんとにオレのためなんだ、全部。お前を取り戻したいのもお前を連れて旅してたのも。
　オレがそうしたいからそうしてた。
　罪悪感背負って悲劇の主人公のつもりなのかと言われりゃ、まあ他のヤツならぶっとばすけど、お前なら、アルがそう思うんならそうかも、と頷くくらいするよ。だってオレのせいだもんな。
　
　お前はオレがいなければそんな身体になることもなかった。
　オレが人体錬成しようなんて言わなければ、お前は人体錬成をためそうなんて考えもしなかった。
　
　ひとは死んで、土に還り、神の御元へ逝く。
　個人差はあってもせいぜい七、八十年の違いだ、長くてもそのくらいの時間我慢すれば嫌でもあの世で会えるんだ。
　
　お前はそれを知らず知らずのうちに解ってて、受け入れようとしてた。
　
　オレは全然、これっぽっちも解っちゃいなかった。
　
　あまつさえそのお前の覚悟まで踏みにじったんだ。
　最低。
　だから、お前が何と言おうがやっぱりオレのせいだ。それは間違いないんだ。
　
　でもな、アル。
　だからってオレが怒ってねーと思ったら大間違いだ。
　滅茶苦茶怒ってるんだぞ、今。
　なにが元気で、だ。
　だったらお前がオレの面倒見ろよ。ウィンリィなんか持ち出さなくていい。………ていうか結婚てなんだよ馬鹿。
　
　お前な、ウロボロスの連中と接触して無事で済むと思ってんのか？
　オレが悪党と取引きしないのは美意識だのプライドだのじゃねぇ。
　いやそりゃ、ちょっともないのかと言えばそれは違うけど、でもそれが理由なんじゃねぇよ。
　
　お前はひとが好過ぎるんだよ。
　デビルズネストにいた連中とどんな話したのか知らねぇけど、あいつらは善人じゃねーんだぞ。軽々しく信用すんなよ。もしオレがあそこで等価交換を承諾したとして、あいつらがその契約を守る保証はどこにある？
　あの場では守る意志があったとして、あそこにいる連中のうちの誰に、オレが教えるお前の魂の情報を手掛かりに研究出来るヤツがいたんだ？　悪党だからな、手の平くらいいくらでも返すぞ。
　
　仮にそれがお前くらいのレベルだったとすれば、そりゃ可能かもしれないよ。お前自分を過小評価し過ぎてるけど、実力はオレとそう変わんねーんだぞ。オレに国家錬金術師っつー肩書きがあるし、お前の錬成ってなんか地味だからそれであんまし目立たねぇけど、でもお前も天才っつっても差し支えないくらいの頭持ってんだぞ。
　でもな、そうじゃなきゃ無理だね。
　
　で、そのときに、あいつらがお前自身に目を付けたりしないって何で言い切れるんだ？
　馬鹿は理論より目で見ることの出来るものを頼りにするからな。オレの与えた情報を活かし切れなくて、やっぱりお前を解体してみよう、なんつったらどーするつもりなんだよ。解体したってなんにも解んねーだろーけどな、その途中で血印が崩れたら、お前死ぬんだぞ。
　
　それにあのホムンクルスの情報。
　あいつが自分自身を錬成したわけじゃねぇだろ。
　お前がお前の魂の錬成方法を説明出来ないように、あいつだって自分の錬成方法を説明なんかできねぇんじゃねーのか？
　
　お前の言いたいことは解るよ。
　でもな、それは相手が真っ当な手段で取引きを持ち掛けて来た信用出来る相手である場合じゃなきゃ駄目なんだ。デビルズネストのチンピラ相手じゃリスクが高過ぎた。
　お前はリスクを呑むつもりだったのかもしれないけど、身体を取り戻せたとして、そのときお前が死んでたらどーすんだよ。意味ねぇだろ。
　
　なあ、アル。
　焦るのは解るよ。オレだって焦ってる。
　でも焦って事を起こしてお前に危険が及ぶようじゃ意味はないんだ。
　だから、急ぐな。
　生き急ぐな。
　あのウロボロスの連中は、きっとひとを殺すことをなんとも思っちゃいない連中だ。あいつらもあの強欲な黒い男と同じようにホムンクルスなのかは解んねぇけど、妙な身体してたからな、多分そうなんだろう。
　
　でも、だとすれば、あいつらを造ったヤツってのはあいつらにそういうことをさせてて平気なヤツだってことなんだ。
　お前、そんなヤツに頼るのか？
　ホムンクルスが造れても人間の身体が造れるわけじゃない。
　お前の身体やオレの手足をあっち側から引っ張ってこれるわけじゃないんだ。
　ホムンクルスの情報だけを手に入れようとしたところで、相手はとんでもない悪党だぞ。等価交換で済めば儲けもの、ってとこだぞ。
　
　お前、何と交換でその情報を得るつもりなんだ？
　
　………考えるだけでぞっとする。
　
　もし首尾よくそいつに身体を取り戻してもらえたり、お前自身で取り戻すことが出来たとして、そいつはお前に何をさせるんだろうな。
　人殺しの首領に頼って。
　お前、平気なのか。
　オレは嫌だ。
　お前がそんなものになるなんて嫌だ。
　お前にそんなことをさせるなんて嫌だ。
　
　だから、なあ、アル。
　オレが取り戻してやるから。
　ウロボロスどもをどついてホムンクルスの情報を手に入れて、そしてちゃんとお前だけの身体を取り戻してやるから。
　
　………いや、そりゃ、傷の男のときはさ、あのときのことは反省してるよ、うん。
　けどな、オレだってあのときから成長してないわけじゃない。
　オレがあのときお前に教えられたのは、諦めないしぶとさ。
　潔いオレより、しぶとく食い付いて離れないオレのほうがいいんだろ？
　
　探さなくていい？
　怒ってたら二度と顔見せない？
　
　ああ怒ってるよ。無茶苦茶怒ってる。
　探さないわけがあるか、馬鹿。
　絶対探す。
　そんでぶん殴る。
　錆びて動けなくなりでもしたらもう道端で蹲ってるしかないくせに、まったく、お前って冷静なようでいて抜けてるよな。
　
　お前の身体を取り戻すのはオレだ。
　それは誰にも譲らない。
　
　お前とふたりでなけりゃ意味はないんだ。
　機械鎧も。
　銀時計も。
　焼いた家も。
　
　解ってんのか、アル。
　お前の身体を取り戻すのは、お前を生かすためだ。
　
　お前が生きていなくちゃ意味がない。
　
　だから、アル。
　
　
　急ぐな。
　
　
　走るオレの横にいろ。