薄青の空。流れる白い雲の下。 こんな日なら死んでもいいと、兄と二人笑う。 「アル」 「うん」 若草が茂り始めた丘に座り込み空を見上げていた鎧に声を掛けると、子供の声で答えた弟はこっくりと妙に可愛らしく頷き立ち上がった。 「ここでいいか?」 「うん」 「……花、植えてやっからな」 あはは、とアルフォンスは笑う。 「いいよー。野生の花が一杯咲くんだから、ここ」 よいしょ、と可愛い声で呟き、がしゃんと座り込んだ弟を見つめる。もう何十年も変わりのない姿、変わりのない声、いつまでも少年のような仕種と物言い。 自分だけが年を取って行く。 「兄さん、体調がいいうちにリゼンブールに戻りなよ。ウィンリィに手足直してもらわなくちゃ」 「ああ……どうすっかな」 指の動きのぎこちない右腕と歩くたびに軋む左足を指して言うアルフォンスに、エドワードは無精髭の顎を撫でながら答えた。もうすっかり髭が白い。 「どうすっかな、じゃないの。ウィンリィに来てもらうわけには行かないだろ」 「ってもなあ、オレも長旅はちょっと堪えるし」 あんな遠くまで出掛けたら、もうここに戻っては来れないかも知れないし。 アルフォンスが半眼になった、ような気がした。 「まさか兄さん、ここで一生墓守りでもする気じゃないだろうね」 エドワードは苦笑する。 「一生ったって、そう何年も待たせねえよ、アル。若い連中ならともかく、」 エドワードはぎしぎしと軋む、もう何年も整備を怠っている右手を持ち上げた。 「こんなジジィにゃ立派な機械鎧はいらないさ」 アルフォンスは肩を竦め、けれどそれ以上は言わずにエドワードの生身の左手をとった。 「………ウィンリィによろしく言っておいてね」 先日電話で決心を告げたとき、今にもこちらまで駆け付けそうな勢いで反対した幼馴染みを想う。 もし自分が生身だったなら、きっと兄か自分かどちらかが結婚していたに違いない、泣いてしまった愛しい彼女。もう何年も会っていないけれど、どれだけ可愛いおばあちゃんになっているだろう。 「先にいってるからって」 「ああ」 エドワードは近所の子供達に「頑固ジジィ」と呼ばれるいつも不機嫌な鋭い面持ちを笑みに崩した。 「オレたちもいい加減年だ、そう待たせねぇよ。先に母さんに謝っておいてくれ」 父さんにも、とぽつりと付け加えたエドワードに、アルフォンスはあはは、と声を立てて笑った。 「うん、伝えとく」 さて、と呟き、アルフォンスが兜を持ち上げた。関節から光の差す、がらんどうの闇が覗く。 「じゃあな、アル」 「うん」 「すぐ追い掛けるからな」 「あんまり急がなくていいよ。ボク、兄さんと違って気が長いから。ウィンリィにもゆっくりしててって伝えて」 アルフォンスは闇を覗き込んでいる老人に、囁くように続ける。 「あんまり早く来たりしたらただじゃおかないからね」 そもそも天国に逝けると決まったわけではないけれど。 しかし弟は行き先の話はしない。 エドワードはああ、と呟き、関節の硬い右腕を持ち上げ、既に赤味などない黒く変色を遂げた錬成陣にゆっくりと指を伸ばした。 がり、と思いがけず強い音がする。 もう一度、ざり、と。 三度目、指を付けたとき、エドワードは兜を抱えたままの鎧から急激に錆の臭いが上ったことに気付き身を引いた。 錆が浮き、関節も錆に固定されているのか座り込んだ形のまま倒れもしない鎧がいる。 エドワードはしばし無言で眺め、それから抱えられていた兜を無理矢理外して元の位置へと嵌めた。鎧の肩と腕が軋み、落ちる。 エドワードは僅かに思案し、動きのぎこちない右腕とすっかり肉の落ちた灰色じみた肌色の左手を合わせ、鎧に触れた。ばし、と稲妻を散らす、久しぶりに見る錬成反応。 「………よし」 満足げに呟き、倒れぬよう関節の接着された鎧を眺め、ふと空を仰いだ。薄青い中に一番星が光っている。 こんな日なら死んでもいいと、弟が笑ったのはもう随分と以前。 いつか、自分や幼馴染みが死んだ後、ひとりこの世に残るのは辛いから、と。 せめてひとでいたいから、と。 ひとの領分を越えた時を魂のみで生きることを、弟は由とはしなかった。 草がそよぐ。春の風が温度を下げたのに気付き、エドワードはぶるりとひとつ身震いをした。風邪でも引いてぽっくり逝きでもしたら、あの世でアルフォンスにどつかれる。 エドワードは踵を返し、町へと向かった。途中、一度振り返る。 「じゃあな、アル。また明日」 軋む右手を持ち上げる。 「おやすみ」 おやすみ。 |
■2004/4/3
豆×鎧、兄弟→ウィンリィ。豆鎧ではありつつも、兄弟にとってウィンリィが特別であることは変わりないと思います。幼馴染みはいい。
……などとジジィエドに話が流れないようにどうでもいいコメントでお茶を濁してみたり。あだだだ! やめて! 石投げないで!(逃走)
あ、ところで「謝っといて。父さんにも」はですな、お父さんがピナコばっちゃんと飲み仲間でお母さんがとても愛していた、というのを踏まえて(狂人ではあったとしても)ほんとは家族のこと(というかお母さんのこと)を想っていたとかなんとかそういうわたしの脳内妄想がベースなのであまりお気になさらないようお願いします。そっちの話もそのうち書けたら書く。まだ書けません原作での情報がなさ過ぎて。
■NOVELTOP