最低だ最低だボクの知り合いはみんな最低だ。
 なんで最低かって誰一人子供を残して行かなかった。
 
 ボクは玄関の扉に掛けていたお葬式用の灰色の花輪を外して家の中へ入り、テーブルに置く代わりに投げ付けた。留め具が天板に当たってがしゃんと音がしてはっぱとはなびらが弾けてぱらぱらと散った。
 ボクはそれを片付けずにぷんぷんと怒ったまま台所へ向かって棚に残っていたソーセージを全部ゴミ箱に捨てた。何故ならもう食べるひとなどないからだ。
 
 まったくまったくまったく、ボクの知り合いはみんなバカだ。
 マスタングさんとリザさんはマスタングさんが大総統になったときに結婚したはいいけどそのときにはお互いもう四十を過ぎていて子供なんて作れなかったしマスタングさんだけなら問題はないからとリザさんは愛人を作って跡取りを産ませろと勧めたようだけど(それも凄い話だ)彼はそれを承諾しなくてあんなに派手だった女遊びもぴたりと止めて養子も取らなくて、ハボックさんは二回結婚したけどどっちも奥さんに逃げられて(他の男に取られちゃったらしい。お人好しも大概にしたほうがいいんじゃないかと思ったものだ)フュリーさんはすんごく年上の女のひとに熱烈に惚れられて結婚したけどすんごい年上だったから子供なんかちょっと作れなくてファルマンさんは未婚で唯一普通に五つ年下の女のひとと三十半ばで結婚したブレダさんは結婚してすぐに奥さんに先立たれてそれからずっと独りで、アームストロング将軍はすっごい綺麗な奥さんがいたんだけど子供はいなくて(奥さんの身体が弱くて心配した将軍が子供はいらないと言っていたらしい)ブロッシュさんは遊び人だったけど結局ずっと独り身で(マリアさんを好きだったってボク知ってるんだ)マリアさんは遠い遠いシンの空の下で皇帝に仕えてて、仕事一筋で五十歳になる前に戦いで逝ってしまった。師匠のところは当然子供はいなくて、パニーニャは、ボクの可愛いパニーニャは、ボクを好きだと言ってくれて、ずっとずっとボクと一緒にいてくれて、けれど歳を取って失くした足に付けていた機械鎧が負担になって外してしまって歩けなくなって、そうしたら急に弱ってそれからたった1年で逝ってしまった。
 
 そして肝心の兄さんは結局ウィンリィにプロポーズ出来なくて、七十歳まで兄さんのプロポーズを待っていたウィンリィは、三年前にお墓の下へ。
 
 お陰で、大総統だったマスタングさんや大総統夫人だったリザさん、兄弟がいるひとなんかはいいけど、天涯孤独のひとたちのお葬式はボクが出すハメになっちゃって、ウィンリィのお葬式だってボクが取り仕切った(この目立つ鎧姿で!)。兄さんは全然ダメだった。ウィンリィのときは特にダメだった。気丈にしてようとしてるのは解ったけど凄く肩が落ちていて、凄く悲しくてもうどうしようもなくなっていた。
 ボクは年寄りになればひとが死ぬことは若い頃にひとが死ぬことに出会うのとは違う気持ちになるんだと思っていたけど、兄さんには一緒だったみたいだった。一緒に生きてきたひとたちがどんどん去って逝くのを見るたび、兄さんの背中はどんどん小さくなっていって、つい五日前、たったひとり残された兄さんは、そのひとたちのところへ逝ってしまった。
 ボクは、もちろん、初めて正当に喪主として、お葬式を取り仕切った。
 
 ボクは牛乳をざぶざぶとシンクに流しながら(兄さんは結局死ぬまで牛乳が嫌いだった)、ふうっと溜息みたいな声を出した。すっかり板に付いた。ボクの人生はもうほとんど鎧だった。これからもずっとずっと鎧でいるんだろう。いつか、この身体と魂が齟齬をきたすまで。
 
(…………馬鹿野郎)
 
 本当は、ボクは。
 
(みんな馬鹿だ)
 
 優しかったひとたちが死んで、ウィンリィがいなくなって、兄さんが天国へ逝ったら、この血印を自ら崩して一緒に行こうと思っていたのだった。それが正しいことだと思っていたのだった。何故ならボクはみんなの思い出と兄さんの右腕で出来ていて、だからそのひとたちと兄さんがいなくなった今、一緒にいなくなるのが当たり前のことだと信じていたからだった。
 
 なのに。
 
 ────憶えていてくれ。
 俺を憶えていてくれ。
 あなたが残ることで私たちは次代へと繋がって行く。
 憶えていて。
 好きだよ。
 愛してる。
 ずっと生きていて。
 生きていて。
 元気で。
 元気で。
 
 愛してる。
 あたしを憶えてて。
 
 ずっと憶えてて。
 あたしの可愛いアル。
 
 アルフォンス。
 ───愛してるよアル。
 お前が死ななくて良かった。
 それだけが怖かった。
 ずっと怖かった。
 お前が失われることだけが、この世の闇だとオレは思う。
 
 この世の闇だと。
 
 お前が失われることだけが。
 
 なんて馬鹿なんだろう、とボクは思う。
 みんななんて無責任なんだろう。残されて行くボクの気持ちも知らないで。さっさと身軽になっちゃって。
 いつまでも地面を歩いて行かなくてはいけないボクのことなんて、みんな何も解っちゃいない。
 
 ボクの寂しさなんて。みんな。みんな。
 
「………ボクはレコードじゃないんだぞ」
 タイプライターでもない。分厚い歴史書でもない。誰かの日記でもない。ただここに生きている、年を経て死んでいくことがないだけの、それだけの人間だ。
 誰かの軌跡を記録していく道具なんかじゃけしてない。
 
 だから、これはボクの意思。
 
 みんなのことを憶えていようと。
 誰が忘れても、ボクはずっと憶えていようと。
 出会う子供たちに彼らの話を聞かせてあげようと。
 
 ボクは塵を纏めて焼却炉に運んで火を入れた。それから家に戻って、纏めてあったトランクの中身をもう一度確認をして、ぱたんと閉じた。
 
 ほとんどからっぽになった家を見回す。
 
 これからはずっと、遠く離れていた頃と違って、みんな、優しかった、愛しかったひとたちはみんな、ボクのこのがらんどうの鎧の中に。
 
 思い出の中に。
 
 ボクの魂は愛しいひとと、愛しい世界と繋がっていて、ボクは、だから。
 
 
 
 ────いつか、この鉄の身体と弱い魂が、齟齬をきたして消えるまで。

 
 
 
 
 

■2004/12/06
アルが大好きなんです…。(知ってますから)

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