「………おい、大佐」
 地を這う低音を喉の奥から絞り出しても、相手はまるで気付く様子がない。
 エドワードはすう、と大きく息を吸った。
「ゴラァ!! 寝てんじゃねーぞこの無能!!」
 寝るぞと決めたロイが耳許で怒鳴りつけてもまったく夢の世界から戻って来ない場合があると知ってはいたから、怒鳴りついでにどがんと椅子の座面を蹴り上げてやるとさすがに背もたれにだらしなく凭れていた頭が跳ね起きた。
「………おお、寝ていた」
「寝ていたじゃねー!! 大口開けてよだれ垂らしてんじゃねーよ夢が壊れる!!」
「君は三十男にどんな夢を見ているんだ」
「中尉にでも見られたらどうすんだ。幻滅されんだろーが」
「ご心配痛み入る。彼女は今日は休みでね」
 大欠伸をして自堕落に伸びをする上司に、エドワードは苛々と舌打ちをして大股でソファへと歩み寄り、相変わらず大して座り心地のよくないそれにどっかとふんぞり返った。
「おら、客だぞ客。茶ァぐらい出せよ」
「知っているかね鋼の。アポイントメントも取らずに急にくる君など招かざる客と呼ぶのだよ」
「来たくて来たんじゃねーっての! 中央寄ったときに東方司令部に持ってってくれって未発送書類持たされたんだよ!」
 おや、とぐりぐりと肩を回していたロイは片眉を上げた。
「それは申し訳がなかったね。コーヒーでよければそこから勝手に注いで飲むといい」
 指差されたコーヒーメーカーを見やり、エドワードはうんざりと半眼になりつつ立ち上がった。コーヒーを注ぎ、そのままサーバーを掴んで戻りロイの底に乾いた粉がこびり付いたままのカップへと注ぎ足す。
「おや珍しい。気が利くな」
「うっせ。お疲れ様のおっさんは労らねえとな」
「機嫌を取っても無駄だ。今日は帰れんぞ」
「知ってる。ハボック少尉が大佐は夜勤に備えて休憩中って言ってた」
「なのに起こしたのかね」
「起こされたくなかったら仮眠室で寝てろよ。つうかコーヒーごときで下心疑られんのも心外だ」
 ふん、と鼻を鳴らしながらの反論がどことなく覇気がない。ロイはちらと瞳を細めて湧き過ぎたコーヒーを飲んだ。相変わらず不味い。
「………それで、どうした」
「どうしたって?」
「アルフォンスと喧嘩でもしたか」
「……………」
 むす、とむくれたままがぶりとコーヒーを飲むエドワードに、ロイはやれやれと頬杖を突く。
「解りやす過ぎだろう、君」
「うるせ」
「何をして怒らせた?」
「べっつに、大したことじゃねえよ。ちょっとアルが見たがってた博物館の特別展の存在忘れて、東方行き決めちまっただけ」
「そんなもの、中央にとんぼ返りで済むだろう」
「ところが明日にはここ出発しねえと、俺が見たかった南方図書館の閲禁図書解放日に間に合わない」
「あー………」
 ロイはしみじみと呟いた。
「めんどくさいな」
「正直過ぎんだろ!」
「それで何かね、早いところ弟のところへ戻って謝ってしまえと尻を叩かれに来たのかね。書類はハボックへ渡したのだろう」
「そ……そういうわけじゃねえけど……ちょっと顔くらい見てこうかなって………」
「そうそう毎回私のところで管を巻かれてもうざいんだが」
「あんた今日冷たい!」
 そりゃあなあ、とロイはこれ見よがしにごきりと首を鳴らした。
「疲れ果てて仮眠を取っていたところを叩き起こされてその上下らない愚痴を聞かされたんじゃあなあ」
「………悪かったよ」
 はあ、と溜息を吐き、コーヒーを飲み干してエドワードは立ち上がった。そのままつかつかとロイへと歩み寄り、疲れた顔をぐいと両手で引き寄せて半ば机に乗り上げるようにして一瞬のキスをする。
「んじゃあな、大佐。邪魔したな。ゆっくり寝てくれ。っつか仮眠室でベッドで寝ろ」
「はーがーねーのー」
 ひらと手を振り向けた背に、間延びした声が掛かる。職場でキスをするなと文句が来るかな、とちらと顧みたエドワードに、頬杖を突いてつまらなそうな顔をしたロイはちょい、と親指で電話を示した。
「南方図書館には電話を入れて、鋼の錬金術師が来たら閲禁図書を解放してもらえるよう頼んでおく」
「………え」
「さっさと中央へ戻れ。それから、私の休暇は今週の週末だ」
 エドワードはぱちくりと大きく瞬き、再び背もたれに凭れて腕を組み、目を閉じてしまったロイをまじまじと見た。
「前言撤回」
「なんだ」
「あんたほんっとアルに甘い」
「なんだ、伝わっていないのか。悲しいな」
 ちらと片目を開けてにやりと笑み、ロイは嘯いた。
「私は君にも激甘なんだがね」
「ばっかじゃねーの」
 にやりと嗤い返し、エドワードはもう一度手を振り執務室のドアを開けた。

 

 
 
 
 
 

■2008/11/13

タイトルは全然関係ない。

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