「やらせろ」 ネタが尽きたとかで連絡もなしに突然やって来たエルリック兄弟と一頻り近状報告をして情報交換を済ませ、弟の方は中尉に資料室の整理に駆り出されうっかり渡してしまった分厚い資料に没頭してしまった鋼を置いて去り、ソファに浅く座ったまま活字に眼を落としているチビに仕方がないなと溜息を吐いてさて、と書類に向かい合った途端そんなことを言われた。 ので耳を疑った。 「………なんだって?」 「だから、やらせろって言ってんの」 多分俺は今物凄く変な顔をしている。 確認するまでもないような気はしたが、一応確認はすべきだろうな、と思ったので俺はえーと、と呟いた。 「………何をやらせろって?」 「抱かせろって言ったほうがいい?」 「…………。…それは、」 「抱き締める、とは別の意味」 「………………。……そうですか」 俺は額を抱えて、再びえーと、と呟いた。き、と僅かに義肢の軋む音がして、鋼が立ち上がったのが解る。 「その、何か変だとは思わないか、鋼の」 「変って?」 「いや、性別とか」 「オレ、アンタに好きだって言ったと思うんだけど」 「いやでも、普通同性同士で出来るものでは」 「アンタ馬鹿か。同性で出来なきゃ世の中のホモはどーすんだよ」 「………君のことか」 「ムカツク言い種だがまあ周りから見たらオレたちも世の中の同性愛者と同じだろうな」 「さらっと私を含めるな」 鋼は肩を竦めて唇の片端だけを吊り上げた嫌味な笑みを見せた。どこでそういう笑い方を覚えてくるんだこの子供は。 「アンタオレのこと好きだって言ったじゃんか」 「………気のせいだ」 「それじゃ済まねーよ。オレはアンタを好きなんだって言っただろ」 ゆっくりと歩み寄った鋼は机に両手を突いて俺の顔を覗き込むように首を傾げた。 「なあ、どうなの」 「………年齢的にもだな、君にそういうことをしたりさせたりすると犯罪なんだが」 「合意の上だ、大丈夫だよ。大体訴えてくれる保護者もいない孤児だぜ、オレ」 「………………。……体格的にも相当無理があ」 「誰がチビだと!?」 うっすらと額に青筋を浮かべて頬を引き攣らせ、しかしそれでは話が進まないとでも思ったのか鋼はごほん、とひとつ空咳をしてじっと俺を睨むように見つめた。本当に目付きの悪い子供だ。三白眼なのは大抵の人間を見上げなくてはならないせいで癖が付いたのだろうか、それとも単に大きな眼の割に瞳が小さいのか(多分どちらもだ)。 「だってずっと待ってたのに、アンタ全然手ェ出してくる様子がな」 「ちょっと待て」 俺は片手を上げて遮った。 聞き捨てならないことを聞いた。というかなんだか物凄く気持ち悪いことを言われた。 「なんだ、そのー……君には私が少年を手込めにするような変態に見えていたのか」 「んなこと言ってねーだろ」 いや言ってるだろ。 鋼は不満げに唇を尖らせて俺を睨んだ。 「オレだってヤられるよりはするほうがいいけど、アンタが言うように体格的にちょっと厳しいかなーとも思ったから、まあ1、2年くらいの間は仕方がないかなと思ってたんだけどさ、アンタにその気がないならオレがしてやるべきだろ」 「いやいやいやいや、べきってなんだべきって!?」 「だって恋人同士だろ、オレたち」 眩暈がした。 俺は額を抱えて眩暈を堪える。 「……いつの間にそんな話に、だな……」 「自分で告白しといて忘れてんじゃねーよ無能」 がつ、と右手に体重を掛ける硬い音を立て、鋼は机に乗り上げ俺の胸倉を掴んだ。 「なあ、させてよ」 「あのな、鋼………」 「嫌だとは言わせねーよ。子供の気持ちを弄ぶつもりか?」 「いや、だからな……」 「言い訳無用」 「待て待て待て」 唐突に近付いて来た顔を両手で押さえ込んで口付けを免れ、俺はああなんだええと、と嫌な汗を掻いた。 「ああほら、あれだ、ここは職場だしそういうことをするのはだな」 「鍵くらい掛けてやるから」 「そ、そういう問題じゃ」 「後はアンタが声出さなきゃ済むだけの話」 何の声だ何の。 「き…君はまだ子供だろう。そういうのは10年早いんじゃないか」 「10年も待ってられるか」 「………じゃあせめて成人してからもう一度せまってみてくれ」 「5年も待てない」 「さ、3年では」 「駄目。つか、もう大分待った」 鋼は俺の胸倉を掴んだまま俺の耳元に顔を近付けた。子供のすべらかな髪と頬がほんの微かに頬骨の辺りに触れた気がする。 オイルと埃のにおいに混じる若い汗と皮脂のにおいはこの年の少年にしては甘くて、やはり少々発育に問題がありそうだ、と俺はほとんど現実逃避の勢いで考えた。 「オレがここに来るのに電話連絡しなくなったのっていつからか憶えてる?」 「さ、さあ?」 「2年前からだよ」 鋼は耳の穴に息を吹き込むようにして低く続けた。意識しているのか無意識なのかは解らないがこいつは相当な女たらしになるかもしれない、と俺は思う。 「ここのひとたちってさ、電話すると絶対アンタに代わるだろ。中尉に用件伝えてもらおうとしてもすぐにアンタに代わるんだ。なんでかアンタもタイミング悪くオレが連絡する時っているし」 「………私と電話をするのが嫌なのか。嫌われたものだ」 「好きだっつってんだろ。続きがあんだよ」 鋼の生身の左手が俺の手首を無造作に掴み、小さい割にきちんと筋肉の乗った胸に押し当てた。響く鼓動が早い。 「………解る? どきどきしてんの」 「……………」 「オレ、年の割に自制心が強いっつーか、性衝動は弱いほうだと思うんだけどさ」 自分で言うか。 しかし言われてみれば鋼は過ぎるほどストイックな部分がある。まだまだ子供なせいだとばかり思っていたが、そういう質なのだろうか。 「でもアンタの声聞いてると、すぐ勃起すんだよね」 「は!?」 がた、と椅子を鳴らして俺は思わず後ずさった──後ずさろうとした。けれど胸倉を 掴んだままの義手がそれを許さず、鋼はいよいよ耳に唇が付きそうなほど、というか実際ほとんど口付けのように顔を寄せて左手で俺の顔を掴み、変声期途中の独特の低音で囁いた。 「今は大丈夫、我慢してるから。───でも電話で、耳元でアンタのその声聞いてると、立ってらんなくなんの。だから電話しねーんだよ」 「いやいやいやいや、待て鋼の! 君、それはあんまり変態的だぞ!?」 「今更何言ってんだ、バカかアンタ」 耳に掛かる息が熱を増している。俺は酷く狼狽えた。 気持ち悪い、とは思わないが(我ながら不思議だ。相手が子供だからだろうか)、どうやってこの子供をまともな道に返してやればいいのか解らない。 「オレ、抜くときは大抵アンタのこと考えてるよ」 溜息のような息に声が混ぜられる。 「アンタとしかしたくないし、アンタの啼く声とか感じてる顔想像するともう堪んなくなるんだ」 「─────」 僅かに顔を離し、覗き込んだ金の眼がぎらぎらと輝いている。 「…………オレが、どんな風にアンタを好きなのか、解った?」 「……………」 「だからね、大佐」 胸倉を掴んでいた手が弛み、頬から左手が離れその両手が俺の襟を優しい手付きで正す。 「あんまり煽るな、オレを。オレ、もう15だぜ。……アンタが思うほどガキじゃねんだよ」 「………鋼」 「だから、煽るなっつってんだろ。オレに話し掛けんな、笑い掛けんな、無駄口を叩くな。アンタはオレのことは手駒だと思っとけよ。オレもこれからはどうしても必要なとき以外にはここには寄らないし、仕事の話以外はしないし、アンタと絶対二人きりにはならない」 「鋼の、」 「呼ぶな。……頼むから嫌いになってよ。嘘でもいいから気持ち悪いって言って。嫌いだって言ってくれよ。そうじゃないと辛いんだよ」 鋼の声は淡々としていて、見下ろしてくる顔は無表情だ。 ああ、クソ。 そんなに綺麗な告白をされて、気持ち悪いからもう顔を見せるな、とは言えないに決まってる。鋼はそんなことを全然考えていないことが解ってしまうからまた質が悪い。確信犯ならどれだけ良かったろう。 でもだからと言って、イエスと答えるわけにもいかないことは解っている。 「………鋼の、私は」 「迷うなよ。大人なんだからちょっとくらいの罪悪感は引き受けてくれてもいいだろ。……それに、アンタに好きだって言われなくたって、オレはアンタを好きだったんだ。アンタのせいで予定外に告白しちまったけど、この気持ちは変わりはなかったんだから、アンタが申し訳なく思う必要はないよ」 鋼のいつでも真っ直ぐな硬い蜜色の髪がさらりと音を立てて離れた。子供は机から飛び降りて、ソファへ歩み寄り資料を掴んでそのまま執務室を出て行こうとする。俺は思わず呼び止めた。 「………何」 不機嫌な顔で振り向いた子供に、俺は僅かに息を詰め、それからかなり無理矢理胡散臭く笑って見せた。いつものように指を組み肘を突く。 「来るときには連絡を怠るな」 「……あのな。アンタ、オレの話を」 「またなにか情報があったら取っておいてやるから、定時連絡もしたまえ」 「おい……だから」 「いいじゃないか、少年。部屋に電話のあるホテルを選べば」 「………はあ?」 「別に、電話の向こうで君が何をしていようが用件さえ伝われば私は構わんよ……っておい、大丈夫か」 鋼はがくんと崩れるようにしゃがみ込み頭を抱えた。 「ア、アンタ……って、ほんっと、何、何なの!?」 「若い性衝動に同情してやっただけだが」 「同情!?」 「愛情のほうがいいのか」 じろりと睨み上げた目がほとんど泣いていて、俺は少し笑った。 「泣くほど嬉しいか」 「ちげーよバカ!! ぜってェ電話なんかしねェ! もう二度と会わねェ!!」 「おや、それは寂しいな」 「うっさいバカ! 死ね!!」 立ち上がり身を翻し、扉の向こうに赤いコートの裾が消えた。扉は酷い音を立てて閉じた。 鋼はその後ひと月は全く音沙汰がなかったが、それが過ぎるとふいに何事も無かったかのように定時連絡を入れ始め、2、3ヶ月に一度は顔を見せるようになった。電話の向こうはいつも駅のアナウンスや人混みのざわめきが聞こえていて、俺の声で自慰をしている様子はなかったが、彼なりの自制の方法なのかもしれなかった。 なあ大佐、と鋼は俺を呼ぶ。呼んで笑う。 なんだ、と返すとなんでもない、と言って、子供は幸せそうにまた笑う。 その幸せはほんのひととき、俺と会うときだけのものだと知っていたから、重い枷の嵌められたその子供のために、俺は取り敢えずは何も言わずにおく。 恋はひとを幸せにするが、人生を楽にはしてくれない。 子供はあれから一度も俺に好きだとは言わない。 ので、俺はまた少し、戸惑っている。 |
■2004/9/30 男の子ではなく男で男前のエドが書いてみたかった…んですがうーん? こっそり連作になってますがまた書くかは解りません。何か思い付いたら書きます。なんかこれはこれで楽しい。
ところで前回は意味が解らなかったタイトルがちょっとは意味通るようになったでしょうか。わたしに通ってるだけですかそうですか。
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