恋人はごく稀に気紛れのように積極的になることがあってその乱れた様がエドワードは相当好きではあったのだけれど、実のところ彼が乱れて見せるのは普段は割に柔軟でいい加減な彼の心が何かの重みに酷くたわみ、ほとんど自暴自棄のようなあまり有難くない精神状態であるときなのだと気付いてしまってからは大して好きでもなくなった。 無論若いのでセックスは好きで好きで好きで、恋人と会えば当然したくはなるし滅多に会えない事情もあるので彼の精神状態などそっちのけですることはするのだが(というか抱き締めてやる他に慰め方がよく解らない)、それでもやはり彼としたいのは彼が想い人だからであって、好きな相手が落ち込んでいるのに平気でいられるほど独りよがりの恋はしていない(と、思いたい)。 なので、恋人が積極的に行為に及ぶイコール警戒すべき状態、という図式がエドワードの中では出来上がりつつあるのだが、今日の恋人は特に変わった様子もなくて昼に顔を出した彼の職場も和やかで、自分と喧嘩をしたわけでもなく取りあえずエドワードが知る限りでは彼の精神状態が乱れるような原因は思い当たらず、もともと自家中毒を起こして現実とは切り離された部分で陰々滅々と落ち込むような相手でもないし(というかこいつのような人生を歩んでいたらそれが普通だと思うのだがどうも常人とは心の強度が違うらしい。ていうか鈍いらしい)、となると今こうしてベッドの上で大変積極的にことに及んでくれている原因が思いつかず、よって大変困惑するのだ。 それはもちろん積極的になってくれるのは嬉しい。嬉しいのだが、今のこの状態はちょっと怖い。 何って。 押し倒されている。 オレが。 「……あ、あのね、ロイさん」 「何かね、鋼の」 「オレ、突っ込まれるのは勘弁してほしいんですけど……」 「ほう、気が合うな。私も子供に突っ込む趣味はない。ていうか君に喘がれても勃たない」 「不能かよ」 殴られた。 「んじゃなんなのよ、この体勢は」 押し倒されたエドワードの背中の下には大きな枕。見下ろす先では首筋に顔を埋めて頸動脈に口付ける黒髪が鼻をくすぐる。その大きな骨張った両手は風呂上がりに借りた、エドワードには相当丈の長いカッターシャツのボタンをゆっくりと器用に外して行く。 「なー、説明してくれよ。どしたの。なんかあった?」 「うるさいなあ。気持ちよくしてやるからぐだぐだ言うな」 「はあ?」 「………いや、実地で試したことがないから気持ちいいのかどうかは解らないんだが、まあいいんじゃないかと思う」 「何それ!? 何する気!?」 答えず、するりとシャツの合間から滑り込んだ指が脇腹をかする。 「く、くすぐったいって!」 思わず身を捩って笑うと、気を損ねるでもなくロイは「そうだよなあ」と頷く。 「男の身体というのは女性よりも鈍いよな、やはり。特に君は慣れてないし、そもそも男は性器さえ触っとけば正直他はどうでもいいからなあ」 言いながら鎖骨に下ろされた唇から覗いた舌が、膚をぬるりと舐める。温かいはずの舌はどことなくひんやりとしていて、自分の体温が高いのか、それとも先程まで飲んでいたアイスコーヒーのせいなのか、とどうでもいいことを考えつつ、わざと見せつけているようなその仕草にエドワードの心拍数が上がる。 「……感触よりアンタの顔がやらしい」 「君、視覚に弱いよな」 「聴覚も弱いよ。アンタの声好き」 「ふーん」 呟いて耳元に戻ってきた唇が、ほとんど息ばかりの声を紡いだ。 「………鋼の」 まるで最中のようなその低く掠れたほとんど音にならない声に、ぞっと背筋に何かが走りほんの僅かに腰が浮く。自分の正直さに思わず笑いながらエドワードはロイの背に両手を回した。くっく、と喉を鳴らして笑う声が聞こえる。 「正直者」 「仕方ねーだろ、若いんだ」 軽口を叩きながらも大人の手は胸や背や腹を、今度は指ではなく掌でゆっくりと撫でている。くすぐったくはないし、そのさらさらとした感触が心地いい。 ふー、と弛緩した息を吐くと、ロイは僅かに笑った。 「眠そうだ」 「……このまま撫でられてたら寝そう。気持ちいい」 「寝ててもいいぞ」 「やだよ、せっかくアンタと会えたのにもったいない。することしてからじゃなきゃ寝ない」 「そういう宣言をするな」 ちゅ、と音を立てて軽いキスをもらい、エドワードは衣服を剥いでいく手を止めず、されるがままで恋人の行為を観察した。落ち込んでいるわけでもないようだし自分が望まない行為を仕掛けてくる相手でもないので、まあ好きなようにさせてもいいかと寛容に思い直した結果だ。 まあ、なんというか。 気持ちいいのだ。この男の優しげで丁寧な愛撫が。 こいつほんとにセックス巧かったんだな、と考えながら、エドワードはさらりと下腹を撫で緩く耳を食む恋人の背骨に掌を這わせた。耳元で水音がして、首筋が粟立つ。 ゆっくりと下肢へと下った手が肝心の場所を素通りして、内腿を撫でた。 「くすぐってェって……って、ちょっと、おい」 そのまま後ろに回された手にエドワードは僅かに逃げたが、背後が枕な以上は逃げ場はない。 「突っ込まれんのはヤだってば!」 「解ってるよ、うるさいな」 足の間で言いながら、ロイは内腿へと唇を落とした。動脈の上を舌が撫で、濡れた皮膚が揮発によってすうと冷える。普段誰にも触れられることのない部分を掠めるように右手が触れ、左手は生身の右足の指を一本一本辿るように撫でている。足の指の間など誰かに触られることはないから、なんだか不思議な感触だ。 「何、したいんだよ……」 期待と恐怖と微妙な快感で心拍数が上がる。ロイの唇が左腿の、機械鎧との接続部分へと音を立てて吸い付いた。ぞくぞくと快感なのか怖気なのか解らない寒気が全身を走る。 「………ッわ、そこ、なんか」 「怖くていいだろう」 「うん」 「君、動脈も弱いしな」 「アンタもじゃん」 「殺伐としているなあ、お互い」 「意味解んねえ」 「急所が好きだということだよ」 腰骨を抱いて臍へと口付けるロイのシャツが自身に触れる。エドワードは眉を顰めた。 「………ねー」 「うん?」 「アンタ抱きたいんだけど」 「もうちょっと待て」 うう、と焦れたように呻くエドワードに笑って、ロイはふいにサイドテーブルへと腕を伸ばした。追った視線の先にはオイル。 エドワードの頬が引き攣る。 「………あのさ」 うん、と生返事を返しながらロイは掌へとその仄かに麝香の香るオイルを受けてゆっくりと温めるように、膚へと馴染ませるように揉んだ。つう、と手首を伝った滑らかな油性の液体が、折り返した袖口の中へと吸い込まれるように消えた。 よいしょ、とのし掛かるように再びエドワードの上へと戻ったロイにエドワードは思い切り逃げ腰になる。 「マジでヤだって!」 「大丈夫大丈夫」 「子供を虐待するのは良くない!」 「人聞きの悪い」 「痛いのやなんだってぱ!!」 「………そっくりそのまま返したい言葉だなそれは」 僅かに半眼になりつつ、ロイはエドワードのこめかみへとキスをした。 「指一本くらいなら痛くも痒くもないから」 「嘘! アンタすげぇ痛そうじゃん!!」 「………君が乱暴なんだ。というか、二本も三本も突っ込まれればそれは痛いだろうが、当然」 「一本だろうがなんだろうがいーやーだーッ!! ぎゃー助けて犯されるーッ!!」 「うるさい。生娘でもあるまいし喚くな往生際が悪い」 「アンタ処女喚かせてんのかよ」 「あんまり処女を抱く機会はないが、嫌がられるようなことはしないよ」 「なんでオレにはすんだよ!!」 「気持ちよくさせてやりたいから」 殺し文句だ。 うううう、と呻くエドワードににんまりと笑って、ロイは軽く口付けた。 「大人しくしていろ。悪いようにはしないから」 それでも肩を強ばらせ不満げに顔を紅潮させているエドワードにもう一度笑い、ロイは優しく唇を合わせてゆっくりと緩慢な動きで舌を差し入れた。 角度を変える合間にふ、と洩れる息は次第に弛緩し、肩に回された生身と鋼の手がシャツに覆われたままの肩胛骨を撫でている。そっと後ろへと濡れた指を当てると僅かにその手が強ばり、シャツを掴んだ。手加減を知らない鋼の手がシャツと共に皮膚を掴み、ロイは僅かに眉を寄せたが文句は言わずにぬるりと指を進める。 「…………、…あれ」 「どうもしないだろう?」 唇を離して囁くと、エドワードは目元を紅潮させたままうん、と頷く。 「入ってる感触はするけど、ほんと痛くねーや」 「無理をしなければこういうものなんだ」 「………ふーん………ッ、て、あ、ちょ……」 ぴくり、と腰が浮く。 「ここか?」 「あ、そうそこ、何そこ……ちょっと気持ちイイんだけど」 「随分浅い場所にあるなあ」 「ッ、………て、なにが」 「前立腺」 「嘘!」 「こんな嘘を吐いてどうする。というか君、直腸内に他にこれほど感じる部分があるとでも思っているのか」 「だってアンタもっと奥じゃん! 指じゃ届くか届かないかくらい、で、………ッ」 「個人差があるに決まっているだろう。ていうか君の指が短いんだ」 「悪かったな……」 はあ、と大きく吐いた自分の息が熱い。どくどくと脈打つ音は身体に仄かに響いているが、けれどそれでもこめかみを打つほどではなくて、エドワードはロイの胸元へと額をすり寄せた。 ああ、こいつが挿入だけでイけない理由がちょっと解った。 「………なあ」 「んー? 良くないか?」 「いや、すっげぇいいんだけど……それより、アンタに突っ込みたいんだけど」 ロイががくりと肩を落とした。 「……本当に色気がない」 「お互い様だろ」 「いいから一度イっとけ」 「後ろじゃイけねー」 言った側から指が抜かれる。なんだか奇妙な感触だけが残り、落ち着かない顔をしたエドワードの隙を突くように下肢へと下ろされた唇が、半分勃ち上がっていたそこへと触れた。思わず逃げ掛けた腰が抱え込まれる。かあっと顔に血が昇るのを意識しながら、エドワードは慌てて黒髪を掴んだ。 「うわちょっと何!? いーからそんなんしなくてッ!!」 「うるさいなあ」 少し黙れ、と言った口にぬるりと自身が呑まれるのに目眩がする。 ───嘘だろ、こいつが。 傲岸不遜の見本のような男が。 オレのをくわえてる、なんつーのは。 何度か口内の舌で舐め上げ、離して唇で撫で、うーん、とロイは呟く。 「勝手がよく解らんなあ」 ご婦人方は偉大だ、と呟く黒髪をぺしりと叩き、エドワードは唸った。 「オレとしてるときに女のことなんか思い出すなバカ」 上目遣いで見上げた目が笑っている。 「悪かった」 「笑うなっての」 「うん、申し訳ない」 くっく、と笑ながら再び口内へとエドワードを収めるロイの、その息が震えている。笑いながらすんな、と文句を言うとぐっと喉が絞められて、エドワードは眉を顰めた。 苦痛に近い快感を感じる。 勝手がどうの、などと言う割にロイの愛撫は的確で無駄がなく、冷静に考えるならばかなり機械的だとは思うものの、その時折苦しそうに吐かれる息や無意識なのか強く寄せられた眉や襟から覗くほんの僅かに血の上った首筋に目が眩む。 「………っ、あーもー」 「こ、ら、邪魔だ」 思わず背を丸めて両腕に黒髪を抱え込むと邪険に首が振られ抗議の声が上がる。しかしエドワードは構わず抱き込んだ。 「いーから続けて」 「やりにくい」 「もーイきそうだから」 「抱えるものが欲しいなら枕でも抱えていればいいだろうに」 ぶつぶつと文句を言いながら愛撫を再開したロイの口の中は熱くぬめる。身体を繋げるのとは違う快感に、エドワードは深く震える息を吐いた。 「……あー、も、イきそ……だから、離し……」 顎に掛けた手が振り払われ、ぐっときつく絞られるように締められた口内にかあっとこめかみに血が上った。思わず黒髪を掴む。 「………ッ、」 髪を掴まれ顔を離したロイがげほ、と噎せるのを見て、エドワードは自分が達したことに気付いた。呆然と息を吐く。どくどくと耳の中で血の巡る音がしている。 「………あ、ごめん、大丈夫?」 離すタイミングが掴めなかったのか噎せ込んでいる頬に手を当て、ぱたぱたと落ちる唾液混じりの精液を拭い取ってやるとロイが大きく息を吐いた。 「なかなか難しいものなんだな、口でするのも」 「いや、でもアンタ巧いんだけど、なんか」 「他でしてもらったこともないくせに」 「でも気持ち良かったし」 「それは良かった。………しかし不味い」 「当たり前だろ……」 呆れた声で返し、エドワードは身を起こして両手で恋人の頬を包み、口付けた。 「………キスが不味い」 ロイが笑う。 「口をすすいでこようか」 「いいよ、別に。そのうち消えるから」 「って、おい、がっつくな」 「あー、アンタ全然勃ってねぇし」 しょーがねーなー、とぶつぶつと言いながら手早くボタンを外す手にロイは溜息を吐く。 「君、一度イったくらいだと全然納まらないな」 「てか、むしろスゲーやる気になっちゃった」 「………なんだか無駄なことをした気分だぞ」 疲れた溜息を吐いたロイに、エドワードはあー、そういうこと、と笑う。 「気持ち良かったし嬉しかったけど、アンタを抱く代わりにはなんないよ」 「……そのようだ」 「でもまたたまにして」 「気が向いたらな。……しかし鋼の。もっと気持ちよくなる方法を教えようか」 にっこりと笑った顔がうさん臭い。というか怖い。 エドワードは窺うようにロイを見た。 「………な、なに?」 笑顔の大人は両手で子供の頬を包み、顔を寄せ額を突き合わせて目を覗いた。 「酒をやめろ」 エドワードの目が泳ぐ。 「………えーと。に、においます?」 「におう」 「ちょっとしか呑んでないんだけど。夕食にグラス一杯だけ付いて来て」 「子供に酒を出す店なんかあるか」 「アルが一緒だったから間違われたんだよ」 「アルフォンス君のせいにするな。呑まなければいいだけだろうが」 「って、アンタだってオレに酒呑ませるじゃん……」 ふん、とロイは鼻を鳴らした。 「信用出来る大人が出す酒以外は呑むな。君が酒に弱くはないことは知ってはいるが、それでもまだ未成年なんだ」 「なんか都合のいいこと言ってるように聞こえる」 「外で呑むなと言っているんだ」 「………アンタと一緒ならいいの?」 「呑みたいならな」 エドワードはほ、と肩を落とした。 「了解しました、大佐」 「解ればいい」 離れた手を追うように顔を寄せ、エドワードは開いたシャツに手を差し入れて肩口に口付ける。 「でもさー、酒入ってたほうが気持ちいいんじゃないの?」 「酔うと感覚が鈍るんだ。泥酔すると勃たなくなるぞ」 「そ、そうなんだ」 「まあ、酔うと大胆になる、という者もいるだろうが、それはまた別の話だからな」 素直に押し倒されながら溜息混じりに答えて、ロイは髪を掻き上げた。 「あー、疲れた」 「これからなんだから疲れんなよ」 「お手柔らかに頼む」 眠いから、と本当に眠そうな声で言った恋人の首筋へと、エドワードは文句代わりに噛み付いた。 |
■2004/7/8 アホだ!(わたしが) どうしてもエロいエロが書けませんな(いいから)。
エドは実験くんですが、大佐だって相当実験くんだと言う話。理系同士のセックスってどないなもんだろ、と思ってみたりしました。
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